【連載】『令和2年度卒業記念特集』第51回 阿部直樹/合気道

合気道

強さに憧れて

 軽快な体さばきで自身より大きな相手を圧倒。小刻みな動きで相手の攻撃をかわし、技をかける姿は観るものを魅了する。『力強さ』と『柔らかさ』。その両方を兼ね備えるのは合気道部の主将、阿部直樹(基理=東京・日比谷)である。関東学生新人大会では演武競技(演武)で初めて優勝を果たしチームに貢献。3年時の全日本学生競技大会(インカレ)では男子乱取個人戦で見事優勝し、技術面で自身が大きく成長したことを知らしめた。そして主将としての最後の1年。「強い姿を見せることでリーダーシップを発揮する」という主将像を思い描き、先頭に立ってチームをけん引。早稲田を背負って戦い続けた男の4年間を振り返る。

 「もともと武道に対して興味を持っていた」。早大には武道をする環境がいくつか整っている。その中で阿部は早大合気道部を選んだ。「たまたま同じクラス」であった同期の柏﨑翼(基理=茨城・清真学園)から誘われたのがきっかけであった。理系学部である阿部は学業との両立を強いられることになるが、「忙しい時期があったからこそ時間の使い方や配分を考えられた」と語るように、持ち前の真面目さで部活動にも学業にも全力投球することができた。

男子乱取個人戦で優勝を飾った阿部(左)

  関東学生競技秋季大会(秋関)の乱取個人戦では2年生ながら3位入賞を果たすなど、下級生の頃から実力を発揮していた阿部。準決勝では前主将・山浦良弘(令2文卒)との同門対決で敗れるものの、1点差に迫る戦いぶりを見せた。だが、さらなる飛躍を先輩方に期待されながら臨んだ3年の関東学生競技大会(春関)。阿部は思いがけない挫折を味わう。乱取団体戦の1番手として出場するも、指導を重ね1-3で敗北を喫する。早稲田に勢いをつけることができず団体戦は2位に終わった。前年は団体アベック優勝という華々しい成績を収めていただけに悔しい思いが残る結果に。「なんとなく勝てるだろう」。そういう甘い考えが、意に反する結果につながったと阿部は当時を振り返った。「このままではいけないと自分の練習への意識を変えるきっかけになりました」。

 春関での失敗を通じて阿部が特に重要視したのは「一つ一つの練習に目的意識を持つ」こと。これまで練習に参加することが目的になっていたことを反省し、「それぞれの練習に何の意味があるのか」を突き詰めて考えることに意識を向けた。そんな阿部の心の指針となったのは「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という格言。順調であっても決しておごらず自分に足りないことは素直に反省。阿部の「技のそれぞれにはかかる理論があって、かからないのには理由があるはず」という考え方はこの格言から得られた知見であろう。また春関では短刀突きの正確性という弱点が浮き彫りに。技術面に重点を置いて鍛錬する日々が続いた。このような彼の辛酸をなめる努力が後に実を結ぶこととなる。

 「絶対優勝してやる」という気持ちで挑んだインカレ。「特に尊敬している先輩の中の一人」である小池雄登(平31先理卒)が3年時のインカレで乱取個人戦優勝を果たしていたので、阿部の勝利への思いはより一層強まった。「先輩のように自分もなりたい」――。乱取個人戦では積極的な突きで攻めの姿勢を崩すことなく勝利を重ね、決勝へ。決勝戦では木下凛(東大)相手に指導を誘い、悲願の優勝を遂げた。だが阿部の快進撃はこれだけにとどまらない。男子乱取団体戦では1番手として出場すると、短刀突有を5回も決め、見事早稲田の優勝を導いた。「自分の勝利が早稲田の勝利につながり、非常に誇らしい気持ち」であったと語るように、自身の地道な努力が報われた瞬間であった。インカレは阿部にとって忘れられない大会となった。さらに早慶定期競技会(早慶戦)では、審査制乱取稽古(乱取稽古)で副将として技有を連続で取り快勝。他の大会と比べ優れた審査員がいると言われる早慶戦で、間合いの取り方についての講評を受けた。「今までやってきたことが間違ってなかった」。その頃から阿部は自身の合気道について「こうすればもっと強くなれるのでは」という思いが芽生えていた。

 初めて主将としてチームを引っ張る立場となった秋関。合気道における「心・技・体」を見る演武で早稲田が表彰台を独占するなど、幸先の良いスタートを切った。阿部が目指したのは「(部員の)それぞれが一目置かれる」チーム。そこには「(部員の)一人一人が得意とする技を持つことが自信につながり、その結果お互いを尊重し高めあうことで強いチーム」になってほしいという主将ならではの思いがあった。そのために実践練習がメインであった従来の稽古を改め、反復練習の割合を増加。また稽古中に引き締まった雰囲気づくりをすることで、オンとオフの切り替えを徹底した。コロナウイルスの影響によるインカレ中止には複雑な思いをにじませた阿部であったが、「自分自身ここまでこられたのはさまざまな人の助けがあったから」と語るように、コロナという厄災の中でより一層多くの人に支えられていることを実感した。ブランクを経ての初の公式戦である早慶戦では乱取稽古で大将として活躍し、早稲田は堂々の4年連続優賞。阿部の部活人生は大団円を迎えた。

 競技に対し真剣に向き合ってきた阿部は、この春卒業する。卒業後も「今までに自分が得たもの」を後輩たちに引き継ぐため、道場に足を運びたいという阿部。「技、勝ち方、演武など自分が目指したいものを見つけてほしい」という後輩への一言は、「強い姿」に憧れた男が、たゆまぬ努力を重ねて『最強』になるまでの過程を思えば合点がいく。阿部の不屈の精神はこれからも早大合気道部に生き続ける。

(記事、写真 榎本紗凡)