第3回には、4年生の洲﨑一眞(創理4=新潟・長岡)、小幡泰雅(スポ4=山口・宇部)、奥山航平(スポ4=東京・早大学院)が登場。全日本のタイトルを獲るような実力者が少ないからこそ、「自分たちにできることは何か」を模索し、チームのためにひたむきに貢献してきた3人。泣いても笑っても、次が最後のインカレ。それぞれが胸に抱く、今の思いとはーー。
※この取材は8月19日に行われたものです。
4年間ともに過ごしてきた同期

ーー右隣の選手の紹介をお願いします
奥山 小幡泰雅です。同じスポーツ科学部で、1年の頃からずっと一緒に勉強してきました。トレーニングの知識を多く持っています。1人で練習をしたり、筋トレをしたり、自己研鑽をする時間がたくさんあるところが魅力だと思います。かなりスパイシーな性格をしていらっしゃるので、時にぶつかりながら、仲良くやっています。すごく面白い人だと思います。
小幡 創造理工学部4年の洲﨑一眞です。新潟県出身です。麻雀が大好きで、後輩からとても愛されていて、洲﨑が部室に入ると、「洲﨑さん、昨日麻雀勝ったんですか」という感じで、ずっと後輩と戯れています。腕がとても長くて、スマッシュとサーブが強烈です。僕の悩み事の相談を聞いてくれる優しい人です。
洲﨑 奥山航平です。奥山くんは東京都出身で、ずっとペアを組んでもらっています。練習やトレーニングを頑張っていて、みんながやってないオフのシーズンでも一生懸命やっています。僕らが4年生になった時に、最初何をすればいいかよく分からなかったのですが、奥山くんは一番最初に考えて、チームの士気を上げていました。視野も広く、優しくてストイックで真面目な人です。
ーー左隣の選手の初めて会った時と今の相手の印象を教えてください
洲﨑 (小幡は)最初は怖かったですね(笑)。
小幡 最悪や(笑)。
洲﨑 まず目つきがあまり良くなくて(笑)、殺されるかなというふうな第一印象でした。今は、テニスに紳士で真面目ないいやつだと思っています。
小幡 奥山くんの最初の印象は、優しい。1人でテニスの練習をしていて、熱心だと思いました。最初の方は授業を結構一緒に取っていて、テニス以外のことでも分からないことがあれば聞いたら教えてくれて、最初から頼りになる存在でした。今もテニスの一生懸命さは変わらないですし、人が嫌がるような仕事でも積極的にやってくれます。話し合いをする時に行き詰まったら、まとめてくれて、話し合いを次の段階に持っていってくれます。パソコンをいじるのが得意だったり、動画編集や機械体操であったり、テニス以外のところでも多彩な、可愛い子という印象です。
奥山 背が高くてかっこいい人だと最初思いました。洲﨑が入部した時期が、僕や松本(翔太、スポ4=香川・尽誠学園)より遅くて、最初は仕事を教えてあげることが多く、弟みたいに思っていました。4年間ペアをやっているのですが、テニスに行き詰まってる時に試合では結構助けてもらっていて、今はお兄ちゃんみたいな印象に変わりました。
仲間に支えられて

ーー競技はいつ、どのようなきっかけで始めましたか
奥山 中学校1年生の時に、部活でソフトテニスを始めたところがスタートです。すごく熱心な先輩の親御さんがいて、その人に1から10までテニスのことを教えてもらい、面白いと思ったところからソフトテニスにハマりました。
小幡 お兄ちゃんとお姉ちゃんがテニスをやっていて、その迎えによく行っていました。最初は全く興味なかったのですが、だんだん楽しそうだなと思い始め、小学校1年生の時に始めました。ジュニアに入ったのですが最初はテニスをさせてもらえなくて、壁にボールを蹴ってたら怒られた思い出があります(笑)。
洲﨑 僕は中学生の時に体験入部に行きました。僕は髪の毛がくせ毛なのですが、僕の中学のソフトテニス部は代々くせ毛な人がいて、くせ毛の人がいると勝てる文化があって。
奥山・小幡 (笑)。
洲﨑 本当なんですよ(笑)! 僕が体験入部に行った時に、神様みたいに崇められました。ラケットも握ってないのに、「君はすごい、ぜひ入ってくれ」と言われました。人生でそんなにもてはやされたことがなくて、行くしかないなと思って、入部しました。
奥山 気持ちよくなったんだ(笑)。
ーー今のポジションにはどのような経緯でなりましたか
奥山 高校生までは前衛をやっていました。でも、高校のソフトテニス部は弱くて、前衛が3人、後衛が1人で、誰か1人が後衛に回った方がいいというふうになりました。高校2年生の時に後衛に転向したのが今後衛になっているきっかけです。
小幡 ジュニアの頃に1個下の保育園年長さんの子と組んで、ダブル後衛をしていました。試しで前衛もしましたが、上手くなかったからなのか、後ろに戻されました。その後に、小中高と組んでたペアの子がジュニアに入ってきて、その子が器用だったので前について、僕が後ろに行くというかたちで、後衛になりました。
洲﨑 僕は身長が大きかったので、前衛になりました。
ーー自分の武器や得意なプレーはありますか
奥山 自分では足が速いと思っているので、打った後のフォローなど、粘って1本でも多く返すことが武器です。
小幡 小中高時代から思い切りの良さで勝ってきたので、思い切りのいいプレーが武器だと思います。このコースに打つと決めたら、声を出して確実に打ちます。サーブも少し得意です!
洲﨑 僕はバックボレーが好きなので、バックボレーが得意です。
ーー奥山選手は早大学院を、小幡選手と洲﨑選手は早稲田大学を選んだ理由を教えてください
奥山 早稲田大学の付属校を受けるきっかけになったのは当時通ってた進学塾です。数学の先生に薦められて、実業と学院のどちらも受けました。テニスは実業の方が強かったので実業に行きたかったのですが、落ちてしまったので、学院から早稲田大学に入ろうと決めて入学しました。
小幡 2015年に早稲田が優勝したインカレの映像がYoutubeに上がっているのを見ていました。全身エンジ色で、特に「紺碧の空」をエール交換で歌っているのがかっこよくて、いつかこの大学でテニスをしてみたい、と中学から言い続けていました。高3の時に模試でE判定ばかりだったのですが、どうしても入りたくて、勉強を頑張って、奇跡的に合格できました。きっと早稲田に入る運命でした。
洲﨑 僕は高校が進学校だったのですが、国公立を目指すには勉強量が多くて無理だと思い、私立を目指しました。早慶だったら、テニスのイメージもあり、早稲田の方が好きだったので、早稲田にしました。
ーー4年間で一番印象に残っていることは何ですか
奥山 最後の高知合宿が一番印象的です。春に高知県でOBさんがコートを借りてくれて、合宿をするのですが、今年は僕が経験した3年間と違ったところがありました。練習が終わった後に宿舎でミーティングをするのですが、今年は恒例でやるミーティングとは別にミーティングをしました。今のチームに足りないことをもっとしっかり話し合いなさい、とコーチから言われて、僕たちなりに話し合う機会がありました。寝不足になりながら、話し合いを詰めてやっていき、4年生としてこういう方向性で頑張っていこう、と決めました。昨年の10月に代替わりして、なんとなく4年生になった感覚がありましたが、3月の話し合いは自分たちの代というのを自覚した時間でした。
小幡 1つは2年生の時の六大学個人戦(東京六大学選手権)です。端山(羅行、令7社卒)さんと僕のペアがどちらも前日にダウンしてしまい、僕と端山さんが組むというふうになりました。端山さんは当時からナショナルチームにいたので、こんな人と組んでいいのかと思っていました。準々決勝で、米川(結翔)・池口(季将)組というナショナルチームのペアと対戦しました。試合の前に、洲﨑に「一般人がナショナルチームに勝てるわけない」と言われて。
奥山・洲﨑 (笑)。
洲﨑 俺最悪やん(笑)。
小幡 そうだなと思ったのですが、端山さんが強すぎて勝てて、初めて大学に入って賞状が取れました。端山さんが一緒に戦ってくれたおかげで、まだまだやれると思いながら、ここまで頑張れたので、印象深い大会です。もう1つは、今年の東日本インカレ(東日本学生選手権)ダブルスで、ベスト32に入ればインカレの枠を増やせるというところで、法政の高橋(拓己)・増田(裕介)組と当たった試合です。後衛が特に有名な選手で、前衛も小学生の時に有名な選手だったペアなのですが、番手の下の子がインカレに出られるチャンスを増やせるように絶対勝ちたいと思っていました。結果としては、マッチポイントからまくられて負けてしまったのですが、試合中にたくさんの部員が応援しに来てくれて、やってきて良かったと思える瞬間でした。決めるたびにみんなが喜んでくれるし、後輩の子が「4年生の意地」と叫んでくれて、試合中のサーブの時に泣いたくらい、感動しました。特に洲﨑の応援が良くて、試合中も振り返って洲﨑の目を見ていました。
洲﨑 本当にいっぱいありますが、でも一番はやはり昨年のインカレの一連の流れがすごく好きです。いろいろとハプニングもありながら、みんなで対応して、試合の時は全員で頑張って、終わったらもう遊ぶみたいな流れでした。まるで『ONE PIECE』のような、少年漫画みたいな大会でした。楽しかった思い出が残っています。
ーー洲﨑選手は理系の勉強との両立はいかがでしたか
洲﨑 辛すぎて本当に頭がおかしくなりそうでした。1年生の時は部活にも学校にも慣れていないし、1年生の仕事もあり、記憶がない時期もあります。理系の勉強をさせてもらって、練習に行けない時も、部員のみんなはしっかり理解してくれていました。サボっている、全然来ない、みたいな文句を言われることもなく、むしろ頑張ってるなというスタンスで先輩も同期も来てくれました。すごくありがたかったですし、そのおかげで勉強もテニスも頑張ろう、となれたので、仲間に助けられました。
ーー競技を通して、自分が一番成長したと感じる点は何ですか
奥山 格上しかいない環境でずっとテニスをしていて、必ずしも報われる努力があるわけではないというのは1年生の頃からずっと感じています。たとえ試合で結果が出なくても、そこで腐らないか、自分が試されているのではないかと感じる瞬間が多かったです。実際腐ってしまった時もありますが、それでも自分がひたむきであることが一番大事だと感じました。自分を律する心は、この4年間で鍛えられたと思っています。
小幡 大学に入ってから感謝を感じられるようになったと思います。大学で自由にテニスができているのは親のおかげです。洲﨑と奥山にも感謝しています。3月にケガをして以降全然調子が戻らず、番手も落ち、気持ちが入らない時期がありました。休もうとした時もありましたが、それでも部活に行こうと思えたのは、2人がコートにいるからです。苦しむ中で、試していたプレーが、今のプレーに生きているので、仲間に支えられてました。素直に感謝ができるようになった点で人間的に成長しました。
洲﨑 成長した点は、フォアのローボレーが3本に1回くらい入るようになりました。大成長です(笑)!
奥山 (ペアとして)苦しめられました(笑)。
洲﨑 強くて仕事があるような部活でテニスをしたことがなかったので、1年生の仕事が厳しいところなど、社会勉強と言いますか、人としてどうあるべきかといったことは部活動を通して学ばせてもらったと思います。年齢が1・2個上の人に叱ってもらえることは僕の人生であまりなかったですし、理不尽な怒り方ではなく、真摯に僕の気持ちを汲んでくれながら注意してくださったので、人間的に成長できました。テニスも、いろいろな人に教えてもらい、いろいろなプレーを見て、大学のサークルでやっているよりは絶対に上手くなれたと思います。
チームのために

ーー昨年のインカレを振り返っていかがですか
奥山 朝、練習が始まる前に走るトレーニングを昨年から新しくインカレに向けて取り組んでいました。そのおかげで、暑さで体力がバテそうになった時に足が動くように選手全員がなったと感じました。決勝で戦った法政の橋場(柊一郎)は力尽きているような印象でした。走るトレーニングを積み重ねたことが生きてたので、走っていて良かったという印象が強いです。
小幡 矢野(颯人、令7社卒)さんと優勝できて嬉しかったです。僕が最終的に早稲田を選んだ理由は、矢野さんが早稲田を選んだから、でした。高知合宿で主務主将と3人でのミーティングがあるのですが、今年絶対優勝したいと泣きながら矢野さんと話していました。昨年のインカレは準々決勝あたりから応援もプレイヤーもものすごい熱量で、狂気を感じるぐらいの熱さだったのが印象的です。準々決勝で矢野さんが相手に負けかけた時に、僕は応援で泣いていたのですが、泣けるぐらい熱い大会でした。決勝は準々決勝、準決勝で出してたものの倍以上の熱気が出ていたので、「早稲田の狂気」と名付けたいぐらいの大会でしたね。
洲﨑 僕の1個上の人たちはテニスももちろんですが、自分の役割をそれぞれしっかり果たすイメージがあり、だからこそ結果につながったのかなと思います。そういうチームだったからこそ、インカレの期間中は盛り上がって試合ができましたし、最高の大会でした。
奥山 決勝の円陣もすごかったですね。
洲﨑 端山さんが「俺についてこい」と言って、矢野さんが「俺に任せろ」と言ったの、結構やばくないですか!?
小幡 あれはえぐいです!あの円陣は決勝でしかできないので、今年も決勝に進んでやりたいです!
ーー続いて、今シーズンの関東学生春リーグ(春リーグ)、東日本大学対抗(東カレ)の振り返りをお願いします
奥山 僕は試合に出ていないのでおこがましいですが、苦しいシーズンだと思います。今年はやはり厳しいというのを突きつけられるような結果が連続しています。一番苦しいのは松本(翔太、スポ4=香川・尽誠学園)だと思います。最後は払拭してみんなで優勝したいと僕は思っています。
小幡 結果は前例にないくらい苦しいですが、あまりマイナスには捉えていないです。部員はベストを出してやってくれているし、手を抜いてるわけではないです。でも、力を出し切れていたら、このような結果にはならないと思っています。東カレはAチームの試合を遠目から見ていて、出し切れていない感じがしました。逆に、Bチームは雰囲気が良くて、苦しい展開で頑張って耐えて勝ち切れたので、マイナスに思うような試合結果ではないと僕は思いました。インカレはこの不調をひっくり返してくれると思います。
洲﨑 結果が以前と比べると出ていないのは、高校時代に全日本を獲った選手が少なくなってきているのが原因だと思います。でも、それを今年のチーム自体が自覚しているので、その分、トレーニングや練習の量が僕が見てきた中で一番レベルに多いチームです。結果は出ていませんが、もっとこうすればよかったのにという後悔はあまり思いつかず、結果が出ていないだけという印象です。
ーー同期から見て、松本主将はどのような主将ですか
奥山 めちゃくちゃ頑張り屋さんです。高地合宿の時のミーティングは、浅見(竣一郎、スポ2=宮城・東北)・安達(宣、スポ2=奈良・高田商)と4年生だったり、2年生でミーティングして、話した内容を僕たちに共有してもらうみたいな、いろいろな組み合わせで行いました。その時に、松本に思っていることがある選手もいて、それを松本に伝えた時に、松本はショック気味ではありましたが、真摯に受け止めていました。そこから、行動がガラッと切り替わりました。自分的には頑張っているつもりだったけれど、後輩はこういうところを頑張ってほしかったというのを知った瞬間に、実行に移せるところが松本のすごさです。今のチームに必要なことは何かを考えつつ、指摘されたことは素直に受け止めて、それをしっかりやっていくっていう部分で、頑張っていると僕は思います。
小幡 翔太はとにかく一生懸命で、芯がある人です。意見をただ受け入れるのではなくて、自分の芯がしっかりある状態で検討して、違うと思ったら取り入れない、という取捨選択ができる人です。今シーズンめちゃくちゃ苦しくて、悩んでいると思うし、自信をなくしていっている姿を見るときもあります。でも、翔太は悩みがなければないほど強いです。吹っ切れた時ほど強い男です。インカレの会場では今後のチームのことを考える必要がないので、一番強い松本がインカレの舞台では見れると僕は信じています。
洲﨑 すごく頑張り屋で努力家です。キャプテンになってから今までにないくらい練習をするようになったり、声を出したりしていて、これが中高と日本一を獲ってきたチームにいたキャプテンなんだ、と思わされることが多々あります。監督さんやOBさんとの付き合いでも感じていて、そういうことをしているから応援されるチームにつながっていくのを松本は分かっているのだなと思います。自分には持ってない感覚を持っているので、すごいと思いますし、尊敬しています。
ーー最後のインカレになりますが、ご自身にとってインカレはどのような大会ですか
奥山 インカレは最終目標という部分で、そこで出てくるパフォーマンスが全てなので、今まで自分たちがやってきたことがどのようなかたちで出るのかはすごく楽しみです。でも、やはり少し怖いです。早く来てほしい気持ちと、まだ来ないでほしい気持ちが入り混じったような、イメージのある大会です。
小幡 関東リーグも東カレも重要な大会ですが、インカレは早稲田にとって別格です。今までの大会の結果なんて関係ないような特別な大会だと思っています。昨年の熱狂を知っているからなのか、東カレも関東リーグもどこかやりきれない感を感じました。日本で一番熱くなれる大会ですし、感動する大会です。
洲﨑 僕自身はインカレの試合に出られるような実力はないです。でも、団体戦では毎年後ろで応援して、一員として試合に出ているような気分でいます。一緒に日本一に挑戦できるなんて夢のようで、ありがたいです。本来は日本一を口にできるような人間ではないし、これまでは周りが認めてくれるような立ち位置にいなかったのですが、早稲田に来て、日本一を獲りたい、と胸を張って言えるようになりました。インカレは僕にとって、夢のような、ありがたい大会です。
ーーどの選手がキーマンになると思いますか
奥山 試合に出てない人が殲滅戦は意外とキーマンになっていると思います。試合が終わって陣地に戻った時に、例えば氷で氷嚢をつくったり、飲み物を入れたり、次の試合までにどれだけ回復に向かえるかが、殲滅戦は勝負になります。選手は戦い切って疲弊しているので、本当に自分のことを自分でできない状態になります。それをどれだけサポートできるかが、パフォーマンスに直結するので、試合に出てない人の動きが重要だと思います。
小幡 試合に出ている選手は早稲田を背負ってくれるような取り組みをしてくれているので、言うまでもなく全員キーマンだと思います。そのうえで、僕は奥山と洲﨑が要だと思います。奥山はサポーター的な役割もできるし、応援も盛り上げてくれます。緊迫した場面では、洲﨑が一言声をかけてあげることで和むと思います。スーパースター集団ではなくなった、僕らが1年生のときからの早稲田のチームは、バックの強さが武器のチームが続いています。熱い人らがより熱く周りの人を鼓舞して、サポートをしていければ優勝が見えてくると思います。
洲﨑 バックの重要性は同意見です。選手から名前を挙げるなら、髙田(淳貴、政経3=東京・早実)・松本組です。2人ともストイックで、根性があります。なおかつ、チームのことを背負ってやってくれている感があり、嬉しく思います。インカレは、そういう選手が報われる大会のような気がします。真摯に努力してきた人が勝つ印象があるので、もし今年早稲田が勝つ時は、彼らが無双している時ではないか、と思います。
ーー支えて下さっているご家族に、メッセージをお願いします
奥山 いつも試合会場に来てくれていて、経口補水液などの差し入れもしてくれて、僕たち以上に選手のコンディションを気遣ってくれています。母にはものすごく感謝を伝えたいです。ありがとうございます。
小幡 お母さんはあまり試合を見に来れないですが、僕が勝った時はすごい喜んでくれます。逆に、もうテニスが嫌だなと相談した時も、楽しんでやればいいんだよ、と声をかけてくれます。本当にありがとう、という気持ちです。おばあちゃんも、早稲田に入学した時に一番喜んでくれました。まだ自分の手でいい結果を見せられていないので、僕たちの代でインカレを獲って、おばあちゃんにプレゼントしたいです。ありがとうという気持ちでいっぱいです。
洲﨑 今までバイトもせずに、わがままを言って部活をやらさせてもらってきたので、本当にありがとうございます。お仕事お疲れ様と言いたいです。いつか必ず恩返しします。
ーー最後にインカレへの目標、意気込みをお願いします
奥山 絶対に優勝します!
小幡 ダブルスでは、チームのためではありながら、自分のために、早稲田に入ってきてこれだけ成長できたというのを親や支えてくれた人に見せられるように、ペアの大澤(真紗斗、社1=宮城・東北)にいい結果を持たせてあげられるように、とにかく気持ちで頑張ります。団体は、日本一を獲りたいです。早稲田もここまで落ちてしまったか、と書かれることもありますが、周りの言葉なんて関係なく、全員で日本一を獲りに行きたいと思います。嬉しい涙を流したいと思います!
洲﨑 僕らの1年から4年の全部をぶつけて優勝したいと思います!
ーーありがとうございました!
(取材・編集 佐藤結)

意気込みを書いていただきました!
◆奥山 航平(おくやま・こうへい)(※写真右)
2003(平15)年5月16日生まれ。162センチ。東京・早大学院高出身。スポーツ科学部4年。後衛。サウナや温泉巡りをしてオフを過ごすという奥山選手。アニメ鑑賞も好きなようで、『ハイキュー!!』や『進撃の巨人』を観るのだそう! そんな奥山選手は先輩・後輩問わず慕われる優しい心の持ち主であり、頑張りすぎだと言われるほどの努力家。この4年間、格上しかいない環境のなかでも、腐らずにチームの力となってきました。インカレに向けては「早稲田のエンジが会場全体を『喰らい尽くす』ところをお見せします!」と力強く意気込みを語ってくれました。早稲田が波に乗っているときにも、沈んでいるときにも、コートに必ず響く奥山選手の声。チームを何度も救ってきたその声が、きっと今回も、早稲田をさらに上へと導いてくれるはずです!
◆小幡 泰雅(おばた・たいが)(※写真中央)
2003(平15)年9月24日生まれ。170センチ。山口・宇部高出身。スポーツ科学部4年。後衛。好きなアーティストにMr.Childrenを挙げる小幡選手。なかでも『ひびき』と『声』がお気に入りなんだとか。オフの日には「世界一美味しいサムゲタン」に出会うべく、サムゲタン巡りをしているそう! 色紙の言葉には「4年間の早稲田での経験、嬉しさ、悔しさ、など全てを出して最高の結果を出したい」という強い決意が込められています。小学1年生から競技を始めた小幡選手ですが、これまで幾度となく苦しい瞬間もあったことでしょう。それでも、ただ上を目指して大好きなテニスを続けてきました。最後のインカレ。小幡選手らしい、笑顔と気迫あふれるプレーで、1試合でも多く勝ち切ってくれることを願っています!
◆洲﨑 一眞(すざき・かずま)
2004(平16)年2月18日生まれ。180センチ。新潟・長岡高出身。創造理工学部4年。前衛。好きなアーティストにラッパーのJJJを挙げ、『Changes』という楽曲がお気に入りだと教えてくれた洲﨑選手。宝物は「母が買ってくれたラケット」だそう。これから挑戦したいことには、「工学やITなどの勉強」と、理系らしい答えを返してくれました! 色紙に記した「恩返し」という言葉には「最後はどんなかたちであれチームに何か返したい」。そんな思いが詰まっています。「先輩、後輩、同期にはたくさん助けられてきた」と語る洲﨑選手ですが、洲﨑選手の声かけも、同期や後輩を間違いなく助けてきました。今年のインカレ、早稲田が勝ち上がるには、熱く優しくサポートする洲﨑選手の存在が欠かせません!