【連載】『令和7年度卒業記念特集』第11回 井上舞/水球女子

卒業記念特集2026

「努力が報われた瞬間はたくさんある」

2025年度、女子水球はリーグ戦・インカレでいずれも3位に入り、メダル獲得という成果を手にした。さらに日本選手権では、関東予選を創部史上初の1位通過で突破し、最終予選でもシード権を獲得する快挙を成し遂げた。その波に乗るチームを、持ち前のリーダーシップで率いたのが女子キャプテンの井上舞(スポ4=京都・鴨沂)だ。「チームみんなで1点守って、1点取りにいってる瞬間が大好きです」と語ったその言葉には、仲間とともに戦ってきた日々の重みがにじむ。

インカレ二回戦での井上

 井上が水球を始めたのは、小学5年生のとき。3歳から家族で通っていた京都のスイミングスクール「京都踏水会」で、兄が水球コースに入ったことがきっかけだった。父は高校で水球を、母は競泳をしていたという“水泳一家”の環境の中で育ち、水球を始めたのは自然な選択だった。中学では女子選手の人数が少なかったこともあり、1年生から試合に出場する機会を得た。試合経験を重ねる中で競技への理解が深まり、「ああしたい、こうしたい」という欲が芽生えたとき、初めて水球の楽しさを実感したという。中学3年時にはキャプテンとして全国大会の夏・春連覇を達成。勝利をつかむためにチームをまとめる責任と喜びを知った。高校は、地元京都で水球を続けるなら最も強いチームだと感じていた鴨沂高校へ進学した。京都踏水会の先輩たちが進む“ルート”でもあり、迷いはなかった。

高校でもキャプテンを務め、「人間的に成長できた時間だった」と振り返る。人前で話し、チームに対して積極的に意見を出すようになったことで、言葉と行動の両面からリーダーシップを発揮する力を磨き、キャプテンに就任。チームをまたも全国優勝に導いた。早稲田大学を選んだ理由の一つは、アジア大会で早稲田の先輩と出会った縁。そして競技と勉強を両立できる環境にあった。「スポーツだけでなく、勉強も将来大事になると思った」と語る井上は、文武両道を掲げて進学を決めた。

 順風満帆にみえる井上の水球人生にも辛い時期はあったという。大学1年の冬、自身の成長が見えず焦り苦しんだ。「高校のときより実力が落ちているのではないか」と感じ、一度短期間ではあったが水球から少し離れてリフレッシュする時間をつくった。それでも再びプールへ戻り、同期や先輩に素直に悩みを打ち明け、練習に付き合ってもらうことで少しずつ感覚を取り戻していった。

 4年次には女子水球部キャプテンに就任する。実は2年生の頃から冗談混じりに「やりたい」と自ら口にしていたという。同期の後押しもあり、正式にチームを率いる立場となった。キャプテンとして臨んだ最初の大会では目標設定に悩みながらも「思い切っていこう」と挑み、優勝を果たす。練習内容にも変化を加えた。例年行っていたゴーグル着用の競泳中心の練習を減らし、顔を上げて泳ぐ水球の動きに重点を置いた。「ゴーグルは水球にはいらない」と、実戦を意識した内容へとシフトさせたことが大きかったという。週6日の練習に加え、朝練やウエイト、夜練を重ね、量と質の両面からチームを鍛え上げた。大会では、勝利を優先するか、経験の少ない選手にも出場機会を与えるかという判断に悩む場面もあった。それでも「勝ちにはこだわりつつ、みんなが試合に出られる方がいい」とチーム全体を思う姿勢を貫いた。インカレ、リーグ戦はいずれも3位。「もっと上に行けた」という悔しさと、「やりきれた」という充実感が半分ずつ残る結果だったという。それでも練習内容を変え、仲間とともに積み上げた時間は「チームの最大限を出せた」と胸を張る。

リーグ戦3位決定戦を終えて(最前列左が井上)

 これまでの水球人生で「努力が報われた瞬間は何度もあった」。中学3年、高校3年での全国大会優勝、そして大学4年のインカレ。「結果に結びつかなかったとしても、楽しく頑張れたこと自体が報われた瞬間だった」と語る。水球の魅力を問われると、「チームみんなで1点守って、1点取りにいってる瞬間が大好き」と即答する。キーパーを含めた7人が同じ目標と意図を持ち、それがかみ合ったときに生まれる1点。その瞬間こそが、水球というチームスポーツの醍醐味だ。

 社会人チームからの誘いもあったが、現時点で続ける予定はないという。それでも後輩の人数が足りないときには今でも練習に参加することもあると笑顔を見せる。「関東予選で初めて1位通過し、最終予選でシードを取れたのは大きなステップアップだった。本戦では悔しい思いもしたが、これからの早稲田に期待してほしい」とエールを送る。

 仲間とともに積み上げた4年間。その歩みは確かな歴史として刻まれ、次の世代へと受け継がれていく。

(取材・編集 長濱愛里咲)