【連載】『令和7年度卒業記念特集』第8回 松田藍青/競泳

卒業記念特集2026

悔しさ乗り越えた意地の泳ぎ

今年度早大水泳部の主将を務めた松田藍青(スポ4=愛知)。先輩たちが引き継いできた歴史ある襷を受け、楽しんでチャレンジするチームを目指した。早大の数少ない平泳ぎのスイマーとして、そして主将として、競技とチームに向き合った4年間に迫る。

5歳で水泳を始め、小学生から水泳1本に絞って続けてきた。中学から高校にかけて専門種目を自由形長距離から平泳ぎに変更。「理想の泳ぎの最終地点」だと松田が語る、平泳ぎの選手だった恩師にマンツーマンで指導を受け、みるみるその力を伸ばしていった。高校3年のときに初めて出場した全国高校総体では、100メートル平泳ぎで優勝、200メートル平泳ぎで準優勝という輝かしい成績を収めた。

そんな松田が選んだのが、渡辺一平(平31スポ卒=トヨタ自動車)、平川楓(令5スポ卒)ら平泳ぎのトップスイマーを輩出する早大だ。「日本一を目指してやってみたい」とその門をたたいた。1年生の時、メンバーとして加わったメドレーリレーで日本学生新記録を樹立。「メンバーの中では足を引っ張るようなタイム」だったと語ったが、1年生ながら歴史に名を刻む活躍を見せた。

しかし大学では、泳ぎを変えても自己ベストが出ない、苦しい時期が続いた。高校時代より遅いタイムで泳ぐこともあり、努力と体感が見合わなかった。4年生が抜けてからは平泳ぎを専門とする男子選手は松田のみとなり、プレッシャーも大きかった。「多分どこかでやめることもできた」という。しかし松田にとって生活の一部になっていた水泳を、とにかくやるしかないという気持ちが強かった。3年生になって受け継いだ主将の襷は重く、大きな責任を伴うものだった。主将という立場になって、部員の小さな問題にも責任を負い一緒に考えていくことが多くなり、先輩たちのすごさを身に染みて感じた。そんな松田がチームをつくるうえで大事にしたのは土台の仲の良さだという。松田自身の部員が好きという思い、そして本当の意味で互いを応援しあえることがインカレの結果につながると信じていた。部員のチャレンジを応援し、試合ではポジティブにみんなを送り出す。そんな日々の積み重ねを大切にした。

早慶戦のレースを泳ぐ松田

主将として迎えた最後の日本学生選手権(インカレ)。調子が良かったというほどでもなく、ベストタイムが出るか出ないかわからない状況だった。しかし100メートル平泳ぎで長年出ていなかった自己ベストを更新し決勝に進出。「初決勝は夢物語みたいで、気持ちが高ぶっていた」と振り返る。決勝ではさらにタイムを上げ、銅メダルを獲得する活躍を見せた。泳ぎを大きくは変えず、自分の泳ぎを追求し磨き上げたことで、インカレで最大限の力を発揮した。「集大成として、後輩や動機たちに流れをつくるレースができた」と振り返る。しかし4年生を中心に組んだメドレーリレーでは悔しさが残った。3番以内を狙ったものの、結果は5位。表彰台に乗ることができなかったことが唯一の心残りだという。ただ松田にとってやりきったと思えるインカレだった。後輩に「このチームで良かった」と言ってもらえたことが1番嬉しく報われたと思えた。「4年生の泳ぎ、そしてチームで闘う姿勢を見て、後輩たちが今年のインカレに向けて気持ちを高めてくれたらうれしい」と語る。

仲間の応援を受け、インカレの決勝レースに向かう松田

競泳の好きなところは、結果が一瞬で決まってしまう派手さ。日々の長く厳しい練習に耐え抜き、タイムが出た時の報われた感じがすごくあるという。また結果が目に見えてわかるところも競泳の魅力だ。本当にすごい選手にならない限りは大学で競泳をやめると決めていた。競技を引退し、今後は応援する側として後輩の姿を見に行きたいと笑顔で語った。

(取材、編集 神田夏希)