【連載】『令和7年度卒業記念特集』第46回 野澤想大/ラクロス部男子

卒業記念特集記事2026

「学生日本一」。その称号が簡単に手にできるものではないことも、これまで先輩たちが幾度となく涙をのんできたことも知っていた。それでも野澤想大主将(政経=東京・桐朋)は腐ることなく、ただ前を見つめて走り続けた。数々の困難を乗り越え、自らの道を信じた先に待っていたのは、優勝という最高の景色。あの瞬間を振り返り、野澤主将は「初めて心置きなく喜ぶことができた」と語った。

 中学、高校と野球部に所属し、常にスポーツの世界に身を置いていた。そんな野澤がラクロス部に入部を決めた背景には、「大学でも真面目に何かに打ち込みたい」という強い思いがあった。大学から始めることのできるラクロスの面白さと部の雰囲気の良さに惹かれ入部を決意。入部直後はラクロスが上達していく手応えを感じる中で、仲間とも次第に打ち解けていった。

 野澤は1年時から学年キャプテンを務め、チームのまとめ役となっていた。新人戦サマーステージでは劇的優勝を果たし、新人戦ウィンターカップでは3位入賞と確かな結果を残す。チームの上に立つ中で、野澤は背中でも言葉でもチームの進む方向を示すことを目指した。プレー以外でも見えないところでチームを支える姿は、多くの人の目に留まったはずだ。上に立つ存在として、常に努力を怠らない。この2年間を通して、多くの人を見て学び、技術を吸収してきた野澤は、いつしかチーム内でも一目置かれる存在となっていた。

 しかし個人としては、大学という大きな組織でリーダーを務めることに難しさも感じていた。3年時には副将を務め、チームの中心的存在となったが、「最初は全然ダメダメだった」と当時を振り返る。副将として田中組を支え続けたものの、この年もFINAL4で全国への切符を逃す。先輩の引退が懸かった大一番。全員が全力を尽くした末、明学大に敗れた。実力は十分あると感じていたからこそ野澤は、「最後の詰めの甘さが勝敗を分けた」と率直に語る。あと一歩届かなかった悔しさが、チームにも、そして野澤自身にも強く残った。

 4年目のラストチャンス。野澤は主将として、最後の学生日本一への戦いに臨んだ。チームをより良くするため、仲間へ厳しい言葉をかけることもあったと話す。それでも野澤は、誰よりも自分自身に厳しかった。毎日の小さな積み重ねを大切にし、主将として自分にできることをすべてやり切った。その姿が少しづつ組織としての強さを高め、FINAL4の壁を突破し、全国決勝の舞台まで駒を進めた。緊張もあったが野澤は「ただ自分たちのプレーを出し切るだけ」と仲間を鼓舞し続けた。苦しい日々を乗り越え、4年間をかけて戦い抜いた先に待っていた学生日本一という称号。歓喜に包まれたグラウンドで仲間に胴上げされるその瞬間、野澤はただひたすらに喜びを噛み締めていた。

 周りから見たら圧倒的な主将。だがそれは、野澤自身が悩みぬいた末にたどり着いた姿だった。日本代表に選出され、学生日本一をつかみ取った輝かしい栄光の裏で、一人で頑張っているような孤独感に悩んだ時もあったという。それでも四年間を通して、野澤は部活に楽しい以上の意義を見出していた。

 これからは一般企業に就職し、スポーツとは一線を引いた生活になるだろう。だが野澤は、社会人としてのスタートに「この四年間で得たものを超えるような何かを見てみたい。」と前向きな言葉を述べた。学生日本一の主将として駆け抜けた四年間。その歩みは終わっても、野澤の挑戦はこれからも続いていく。

(記事 高津文音)