愛する仲間と共に歩んだ4年間
「部員一人ひとりを心から愛することができた」。 激闘のシーズンを終え、早大ラグビー蹴球部・第108代主将を務めた野中健吾(スポ4=東海大大阪仰星)は、静かにそう振り返った。主将という孤独な重責を背負いながらも、決して歩みを止めずチームの先頭を走り続けた彼の4年間を紐解いていく。

4年時、大学選手権・明大戦でキャリーする野中
幼い頃から、心には常に『赤黒』のジャージーがあった。早大への進学の決定打となったのは、2019年度に齋藤組が国立競技場で『荒ぶる』を響かせたあの日。頂きに立つ先輩たちの姿に、野中は「自分もこの場所へ」と魂を揺さぶられる。しかし夢への門は、決して広くはなかった。合格の保証などどこにもないスポーツ科学部の自己推薦入試。そんな厳しい状況の中、多様なバックグラウンドを持つ者が一つの志で結ばれる早大の一員として一緒に戦いたい。「やってみなければ分からない。最善を尽くすだけだった」。不安と隣り合わせの日々の中、伝統の継承者となるべく自分を信じて積み上げた努力が、憧れの地への切符を手繰り寄せた。 入部後、伝統の重みを肌で感じる中で、チャンスは予想よりも早く訪れる。異例の速さで袖を通した『赤黒』。「こんなに早く着れるとは思っていなかった」と驚きはあった。しかし、野中は浮足立つことなく、冷静に己の役割を見つめる。「選ばれたからには役割を全うする。練習でやってきたことを出すだけ」。その謙虚かつ冷静な眼差しが、後の108代主将としての歩みの第一歩となった。

4年時、大学選手権・帝京大戦にてモールの行方を見つめる野中
年月を重ねるごとに、野中は着実にその経験値を積み上げていった。そして迎えたラストイヤー、第108代の舵取りを託すキャプテンを決める際、白羽の矢が立ったのは野中だった。「自分が主将をやるなんて思ってもいなかった」。当時を意外そうに振り返るが、下級生の頃から『赤黒』を背負い、常に世代の先頭を走り続けてきた彼がリーダー候補となるのは、周囲から見れば必然の流れだったのかもしれない。主将という重責を担うことが決まった瞬間、野中の内面には明確な変化が生まれた。「自分が一番しっかりしなければいけない。そして自分がチームを勝利に導かなければならない」。その自覚は、日々の生活すべてを変えた。1日の過ごし方、すべてを「チームのために何ができるか」という一点に集約させた。伝統ある早大の主将という立場は、単なる役職ではなく、野中という1人の人間の生き方を変える覚悟そのものだったのである。

4年時、対抗戦・明大戦でゴールキックを蹴る野中
「自分の気持ちをチームに素直に伝えることが大切」。迷いの中にいた野中の背中を押したのは、同じく早大の主将として重圧を背負った経験を持つ大田尾竜彦監督(平 16 人卒=佐賀工)の言葉だった。その教えを胸に、野中は己の心をさらけ出し、部員一人ひとりと向き合い続けた。言葉が通じ合うたびに、相手の想いが心に流れ込んでくる。気が付けば、「多くの人と繋がり、部員一人ひとりを愛せるようになっていた」。その境地こそが、野中が1年間で辿り着いた主将としての答えだった。そして、そんな野中を支え続けたのは、かけがえのない同期たちだ。彼らの代は、競技力による推薦入学者が一人もいないという異色の世代。それでも、あの過酷な新人練習から始まり、卒部を迎える今日まで、誰一人として去る者はいなかった。「入学当初は、他の代に比べてレベルが高いわけではなかった。でも、誰一人諦めずに最後まで努力し続けられた誇らしい代だと思う」。個性豊かな面々が揃い、語り尽くせない思い出があるほど、横の繋がりはどこよりも強かった。苦しい時、主将という孤独なポジションにいた野中を支えたのは、常に「自慢の同期たち」の存在だった。彼らがいたからこそ、野中は最後までチームの先頭で舵を取ることができたのだ。

4年時、春季大会・帝京大戦で仲間と勝利を喜ぶ野中
そんな野中組は全国大学ラグビーフットボール選手権大会(大学選手権)準決勝で昨年度の王者・帝京大を撃破。昨年の決勝で佐藤組が飲んだ涙の雪辱を果たし、野中組は歴史を塗り替えた。悲願の『荒ぶる』を響かせるべく、辿り着いた決勝の舞台。そこで待っていたのは、今シーズン二度の敗北を喫している宿敵・明大だった。早明戦による決勝。それは、野中が早大を志すきっかけとなった齋藤組と同じ運命のカード。4万人を超える大観衆が埋め尽くした国立競技場は、異様な熱気とプレッシャーに包まれていた。泣いても笑っても、これがラストゲーム。「最後の80分を全員で楽しもう」。野中は震えるような高揚感を抑え、仲間たちとピッチへ駆け出した。しかし、明大のアグレッシブな攻撃に主導権を握られ、思うようなラグビーをさせてもらえない。もがき、抗い続けたが、非情にもノーサイドの笛が鳴り響いた。再び『荒ぶる』を響かせる夢は、あと一歩のところで途絶えた。決勝から日が経った今も、野中は悔しさのあまりその試合映像を振り返ることができずにいる。刻まれた悔恨はそれほどまでに深い。それでも、彼は逃げずに現実を見つめている。 「これもラグビー。勝ち負けがあるのが、この世界の魅力であり厳しさ」。頂点には届かなかった。しかし、決勝の舞台まで這い上がってきた足跡を卑下するつもりはない。ただ、主将としてチームを託してくれた仲間へ、そして背中を押し続けてくれたファンへ。その申し訳なさだけが、胸の奥に残った。

4年時、春季大会・帝京大戦で鋭いランをみせる野中
激動の4年間を終え、野中は次なる舞台へと歩みを進める。新たな目標は日本を代表する選手になること。大学選手権で味わったあの悔しさは、もはや立ち止まる理由ではない。さらなる高みへ飛躍するための、強烈なエネルギーへと変わっている。「負けることが多かった4年間だったかもしれない」。野中はそう振り返るが、その言葉に悲壮感はない。伝統ある組織を主将として率いた日々、そして何より、共に涙し、笑い合ったかけがえのない仲間たちの存在。それらすべてが、これからの彼を支える財産であることを知っているからだ。憧れの『赤黒』を身にまとい、全力で駆け抜けた1,386日。その長い旅路の終着点で、彼は迷いなくこう言い切った。「早稲田に来て、本当によかった」。この場所で磨き上げた不屈の根性と、仲間を愛する心。そのふたつを携え、野中健吾は新たな時代の扉を叩く。
(記事 大林祐太 写真 村上結太、安藤香穂、大林祐太)