守り続けた伝統を未来へ繋ぐ
2019年度に全国の頂点に立った早大ラグビー部の姿に憧れ、過酷な新人練習を乗り越えてその一員となった谷口宗太郎主務(人4=福岡・修猷館)。やがて同期や首脳陣からの信頼を受けて、選手からスタッフへの転向を決意した。その後は主務としてチームの先頭に立ち、グラウンド外で働き続ける。『荒ぶる』を成し遂げるため、全部員一丸となり戦ってきた4年間は彼にとって「夢のような時間」であった。その軌跡を振り返る。

4年時、大学選手権・明大戦のノーサイド後に仲間の勇姿を最後まで見届ける谷口
谷口とってラグビーの物語の始まりは小学生時代にまで遡る。それまでスポーツ経験は一切無かったものの、父親にクラブチームへ連れられ、楕円球と出会った。幼少期から選手としてプレーする中で、「体をぶつけることに快感を覚えていた」と言う。それから勉強とラグビーを両立させるために進学した修猷館高では最終学年時に主将を務め、後に早大で同期となる糸瀬真周(スポ4=福岡・修猷館)や福島秀法(スポ4=福岡・修猷館)といった精鋭達を上手くまとめ上げた。FLとして、先頭に立って体を張る姿はまさに修猷館のキャプテンそのものであった。その後の大学への進路については、2019年度の全国大学ラグビーフットボール選手権大会(大学選手権)決勝が彼の大きな転機となる。父親が明大ラグビー部出身者であった影響で、当時は彼自身も明大を応援していた。タレント揃いの明大に対して果敢に挑戦した早大。短期間での修正に成功し、見事に優勝を成し遂げる。強敵に対しても知恵を絞り、立ち向かう早大のスタイルが母校である修猷館高と重なり、谷口の印象に深く刻みこまれた。それ以降は志望校を早大の一本に絞り、晴れて合格を掴み取る。そしてハードな新人練習を乗り越え、ようやく選手として早大ラグビー部の一員となった。

4年時、春季大会・大東大戦で試合をマネジメントする谷口
入部後は憧れの早大ラグビー部の一員となれた嬉しさというよりも、新人練習のようなこれから待ち受けるであろう過酷な練習に対して不安を抱いていた谷口。また全国から集まった優秀な選手たちとの激しいポジション争いは、彼の不安をより一層大きくした。「『赤黒』ジャージーを着て『荒ぶる』を達成するという目標も漠然としていた」と当時を振り返る。その後は怪我にも苦しみ、長いリハビリ生活を余儀なくされた。そんな中、3年時の副務決めの際に同期から多くの票を集め、グラウンドを退くという選択肢がよぎる。選手としてのキャリアに終止符を打つことに後ろめたさを抱えつつも、同期から推薦理由を聞く中で徐々に気持ちが揺らいでいく。最終的には、大田尾竜彦監督(平 16 人卒=佐賀工)からの信頼が決め手となり、スタッフとして裏から選手を支える覚悟を決める。そして4年時には主務を任された。

4年時、大学選手権・明大戦で試合の行手を見守る谷口
「選手がグラウンド上で結果を出す一方で、スタッフは彼らのプレーする環境を整える。そして主務はグラウンド外における全ての責任を負う」という谷口のクラブに対する真摯な姿勢。特に規律面においては部内のルールを徹底的に守り、主務として、また最上級生としての姿を後輩に示し続けた。しかし選手とスタッフという立場の違いは時に対立を生みかねない。それを乗り越える糸口は「『荒ぶる』という共通の目標を掲げる者同士による対話である」と語る谷口。それぞれのラグビーに関する考え方の違いを対話により共有し、互いの価値観を認め合う。そしてその対話において重要なのが『荒ぶる』に懸ける思いであり、早大ラグビー部の伝統、そして強みなのだ。『荒ぶる』を成し遂げるために、『赤黒』を着ることのできないの4年生が最後の一年に懸ける執念はプレーに強く現れ、チームにも影響を与える。「彼らの足掻きが優勝へ近づける」と谷口は語った。ただこの強い思いを持っているのは選手だけではない。谷口自身も主務になってから、クラブに費やす時間が増えるにつれて、『荒ぶる』への思いも増していく。しかしその思いが強すぎたからこそ、谷口は大学選手権決勝での敗戦を激しく悔やんだ。そして幼少期から自身とも繋がりがあった明大に負けたということにも意味があるのかもしれない。「当日は父親も早大を応援してくれていたので、最後に優勝する姿を見せられなくて申し訳ない」。最後の大会が終わり業務がなくなると、上井草のグラウンドにも部員がいないという光景を目の当たりにし、ようやく引退を実感するようになった。

4年時、春季大会・明大戦で校歌斉唱をする谷口
この4年間、誠実な働きぶりにより谷口は多くの人々から信頼を獲得してきた。シーズンが深まるにつれて、同期やコーチ陣から感謝を伝えられる機会も増える。特に「お前がチームで一番頑張っている」と野中健吾主将(スポ4=東海大大阪仰星)から直接本音を伝えられ、嬉しかったと笑顔で話した谷口。主務としての仕事は表舞台に立つものではない。しかし、その献身的な働きは仲間たちから深く感謝されていた。最終的には、早大ラグビー部での4年間を「夢のような時間」と谷口は振り返る。雲の上のような存在だと思っていた組織で、主務としてチーム運営を任され、そこから見えた景色もあった。「これ以上の経験は今後あるか分からない」と、夢のような時間をただ懸命に駆け抜けたのだ。「OBになっても早大ラグビー部に貢献したいという気持ちは全く変わらない」。これらの財産は社会人になっても彼を支え続け、理不尽を乗り越える原動力となるだろう。
(記事 池田健晟、写真 村上結太、安藤香穂、大林祐太)