【連載】『令和7年度卒業記念特集』第29回 竹内隆晟/フェンシング

卒業記念特集記事2026

かけがえのないもの

 同期が1人と、人数が少ないなか早稲田大学フェンシング部を引っ張った主将・竹内隆晟(スポ4=岡山大安寺中教)。どのようにチームをまとめ上げてきたのか

 小学校3年生の時、弟の影響で剣を振りかざしてから竹内のフェンシング人生が始まった。小学校、中学校、高校と、とにかくがむしゃらに練習に励む日々を過ごしていた。チームの主軸となった高校生の頃には努力が実り、全国大会出場を果たす。しかしこの時期はコロナ禍ということもあり、思うようにフェンシングをすることが出来なかった。進路を考える上で、大学では勉強したいという思いを持ちながらも、全国の舞台で対戦した相手が大学で活躍していることを目にしたことや高校でのフェンシングが不完全燃焼で終わってしまったことをきっかけに、大学でも競技を続けて頑張りたいという思いも持つようになった。どちらの志も叶えるため、文武両道な早稲田大学に入学してフェンシング部の門を叩くことを決意した。

 入部して1年目、大学のフェンシングの迫力に圧倒される。フルーレではこの年、王座決定戦で見事優勝を果たした。この時竹内はリザーブメンバーとして試合を見ていた。優勝が決まった時、「こんなすごい人たちと練習をしていたのか」と憧れを抱くと同時に、「自分が試合に出たら流れを壊してしまうのではないか」という悔しさや焦りが芽生えた。この経験を機に自分に足りていないことを模索する中で、自分よりも強い選手や活躍している選手との実践経験が足りていないのではないかというところにたどり着いた。他大の強い選手との対戦を重ね、普段と違った環境に身を置くことを意識して練習を積んでいった。しかしその後の試合では出番がほとんどなく、悔しさが残るシーズンとなった。価値観や自分の立ち位置を客観的に認識し、自分が思っている以上に周りとは差があるのだと実感した1年目。竹内にとってフェンシングを一から理解できた年となった。

 2年生となり、団体戦で活躍したいという目標を立ててシーズンに入った竹内。前シーズンでエースの川村京太(令5スポ卒)が引退となり、明らかに実力に差があると感じていた自分が入って、どう戦っていくのか、練習を通して考えていた。プレッシャーや重圧を感じながらも自分の思い描くフェンシングが出来るよう日々努力を重ね、最初の対外試合、早立戦を迎える。自分の中では合格点の勝ちを表現することが出来き、募っていた不安は少しばかり晴れたという。この試合で自信をつけた竹内は、昨年はリザーブにも入ることが出来なかった関カレに挑んだ。しかしこの大会は竹内にとって大学史上1番と言っても過言ではないほど悔しい経験となった。先輩が良い流れを自分の番に運んできてくれたにも関わらず、1人で慶大から-20点をしてしまった。この時に初めて「戦犯」を経験したという。竹内にとってこの試合は、自分より実力が圧倒的に上だとしても勝ちたいと思い始めた起点となるものだった。その後の団体戦でも全試合に出場し、プレッシャーのかかる場面を乗り越え、自分のフェンシングを確立することが出来た。フィジカルで戦うだけでなく、時間稼ぎや不意を突いた攻撃で勝つという戦い方を理解し、気持ちの面でも競技力の面でも大きく成長することが出来た2年目だった。

 チームを支えてきてくれた先輩方が抜け、厳しいシーズンになるのではないかと考えていた3年目。それでも諦めずに勝負し続け、わずかながら自信も出てきた。1年生の時に見た景色をもう一度という強い思いで、竹内率いるフルーレチームはリーグ戦に臨んだ。しかしチームは2部降格。これまで強い早稲田を見せてくれた先輩方に申し訳ないとただただ思うばかりだった。まだシーズンは始まったばかり。竹内は誰よりも早く気持ちを切り替え立て直そうと、チームの在り方を見直した。他大との試合経験を増やすために練習をしに行ったり、後輩へ関心を向けてより一層指導をしたりと、チームは1歩ずつ前進していた。そして迎えた関カレ。この年に2部で戦っていたチームと接戦になり、「ここまで負け調子だった早稲田のフルーレが、勝利に向かって練習や試合をするということが現実味を帯びた」。チームとしてはメンタルが安定し、皆が強敵相手に真っ向から戦えるようになった。上級生としての自覚が芽生え、自分のことだけでなく、部全体や後輩を気にかけるという竹内の姿勢が団体戦での成長を後押しした。

 そして主将として迎えた大学フェンシングのラストイヤー。後輩を巻き込み、上級生全員で部を回していこうというのが竹内の考え方だった。チームとしての目標は自主性に委ね、各種目はそれぞれのリーダーに任せる。そして主将となった自分は部全体のサポートに回る。各々が主体性を持ってフェンシングに取り組める環境をチームに還元していた。フルーレではチームのリーダーとして団体戦での目先の勝利にこだわった。自分以外は2年生と若く、皆のメンタルを保つのがとても難しかった。そしてリーグ戦での1部昇格は、数年単位で達成させるのが現実的だと考えた竹内は、後輩へのアドバイスを忘れず、チームに足りていないものを強化させる練習に重点を置いた。チームを最大限大きくしていくために、目先のことに注目して日々歩んできた。個人としてもこれまでの努力が実を結んだ瞬間があった。最後の早慶戦、チームとしては点差が開いた状態で竹内に出番が回ってきた。相手は2年生の時の関カレで対戦し、涙をのんだ相手、飯村一輝(慶大)だった。今までやってきたことを出し切り、結果としてはプラスになって帰ってくることができた。最後の最後に全てが報われ、清々しい思いで試合を終えた。12月には早慶戦祝賀会に参加し、代表挨拶も務めた。早稲田スポーツを身近に感じ、伝統ある環境でフェンシングが出来たことへの感謝とともに大学フェンシング人生に幕を下ろした。

 辛くて大変なこともありながら、充実感と満足感で溢れた4年間だった。これまでの先輩のような姿は見せられなかったが、最後まで泥臭く自分らしさを出してやりきることができた。一度フェンシングからは離れることになるが、これまでの感謝と経験を忘れず、早大フェンシング部の更なる飛躍を願って、新たな道へとこれからも進んで行く。

(記事 林朋亜)