【連載】『令和7年度卒業記念特集』第28回 高田和幸/男子バスケットボール 

卒業記念特集記事2026

バスケ人生最終戦に見せた「奇跡の2分間」

 57年ぶりのリーグ優勝を果たし、大学バスケ界に「早稲田旋風」を巻き起こした昨年の早大男子バスケットボール部。選手一人一人が強烈に個の力を発揮するチームの中で、高田和幸(商4=京都・洛南)は堅実なディフェンスと3Pシュートで快進撃を支えた。そして、日本一を懸けた全日本大学選手権(インカレ)決勝。高田は劣勢の場面で起死回生の大活躍を見せる。バスケ人生最終試合に見せたその勇姿は、まさに「奇跡の2分間」。それは早大を支える「名脇役」が、まごうことなき「主人公」となった瞬間だった。

 「色々なことを勉強したかった」。当初は高校でバスケを辞めるつもりだったと語る高田。早大への進学が決まった高校3年の秋頃には、その決意が9割ほどに固まっていた。しかし、同じく早大に進学する高校時代からのチームメイト、岩屋頼(スポ4=京都・洛南)と共にバスケ部の話を聞くと、いつの間にか2人で寮生活をすることが決定。競技続行の話が自然と固まった末、「一旦入って辞めればいいや」との気持ちで早大バスケ部の門を叩いた。

 入学後の高田は、1年目からプレータイムを獲得。さらに2年時からはシュート力とディフェンス力を買われ、スターターを務めた。しかしこの年、チームは5勝14敗で2部降格を喫する。

 「試合には長く出てるけど、何もできないという無力感が強かったです。降格が決まった時は、同期でこのままバスケを続けていいのかという話をしました。特に彼らはプロを目指していた中で、2部となると日の目を浴びるチャンスも少なくなる。このままバスケだけでいいのかという無力感を感じていた下級生の頃でした。」

2年時の高田

 高田の同期は岩屋、堀陽稀(スポ4=京都・洛南)、堀田尚秀(スポ4=京都・東山)らが名を連ねる、「黄金世代」。下級生時から多くの出場機会を得ていた分、結果への重圧は大きかった。

 それでも翌年、早大は2部優勝と入れ替え戦勝利を果たし、最短での1部復帰を達成。上級生としての責任感を同期全体で持ち続けたことが、最高の結果につながった。昇格が決定した瞬間は「そこまでのバスケ人生で一番嬉しかった」と高田。1年間悩まされ続けた重圧から解放されたことは大きな喜びだった。

1部昇格を喜ぶ選手たち(写真中央、背番号3が高田)

 関東最高峰の舞台へ返り咲き、満を持して迎えた最後の関東大学リーグ戦(リーグ戦)、早大は信じられないような快進撃を見せた。開幕戦で前年2位の白鷗大に大金星を挙げると、その後も勢いは止まらず前半戦は10勝1敗で首位ターン。歴史上類を見ない攻撃的なバスケットは観客に大きな衝撃を与えた。一方で、この結果は選手たちにとって「全くの予想外」だったと語る。

 「最初はシュートや走りが中心の練習がどう試合に生きるか分からない状況で、夏頃の練習試合でようやく自分たちの武器を実感できました。けれど、(チームを離れていた)岩屋と堀が帰ってきたリーグ戦直前の試合が全然ダメでした。ひどい試合になるかもしれない、試合が成り立たないかもしれないという不安を抱えてリーグ戦を開幕したので、あの結果は全くの予想外でした。」

 高田自身も3P成功率40%台と好調をキープ。後半戦は自身のシュートが入らない苦しい日々が続いたが、堅実なディフェンスでチームを支えた。中でも優勝のかかった明大戦では、試合終盤に相手エースの針間大知(4年)とマッチアップ。懸命なディフェンスで勝利に貢献し、試合後は人生初の胴上げを経験した。

 優勝の直後、「こんな結果になるなんて夢にも思ってなかった」とリーグ戦を振り返った高田。充足感に満ちたその表情は、2年前の悔しさと対照的なものだった。

優勝を果たした明大戦後の高田

 そしてインカレでも早大は勝ち進み、迎えた白鷗大との決勝戦。試合は相手の高さに苦しみ、中盤から劣勢の展開となる。徐々にリードを広げられ、第3Qには11点のビハインドを背負った。それでも、この流れを変えたのが高田和幸。第3Q残り約5分から、奇跡の2分間が始まった。

 高田は左サイドから1本目の3Pを決めると、今度はややディープな位置から2本目の3Pを成功。その直後にはさらに深い位置から3本目の3Pを沈め、3連続3Pシュートで逆転に成功した。この高田の活躍に、会場はまさにお祭り騒ぎ。止まない大歓声に大田区総合体育館が揺れた。

 「シュートを決めた瞬間の記憶はぼやっとしてあんまり覚えてないんですけど、すごく楽しかったという思い出です。普段は自分だけが注目されるということはないですけれど、あの瞬間だけは自分だけの時間でした」

インカレ決勝白鷗大戦で3Pシュートを放つ高田

 試合は第4Qに突き放され、早大は2位で終了。それでも試合後に多くの報道陣に囲まれ、インタビューを受ける高田の姿は満足げだった。

 「最後の試合をこのようなかたちで終われて、本当にラッキーだと思います。普通の大学生の楽しいことを4年間犠牲にしてバスケをやってきて、それが最後に報われました」

 バスケ人生をこれ以上ないかたちで締めくくった最後の勇姿。それは2025年の大学バスケ界を震撼させた「早稲田旋風」のラストゲームに相応しいものであったに違いない。

自信のシュートに沸く観客席を見る高田

 卒業後は地元・愛知県の一般企業に就職。会社にバスケチームはなく、本格的な競技人生は引退となる。「これまで支えられた分、これからは支える側に」。春からは一社会人として生きていく中、今後の展望を語った。高田和幸という選手のバスケ人生はこれで一区切りを迎える。それでも最後に見せた最高の輝きは、これからも色あせることはないだろう。

(記事 石澤直幸、写真 石澤直幸、濵嶋彩加、権藤彩乃)