【連載】『令和7年度卒業記念特集』第21回 山﨑葵/女子バレーボール

卒業記念特集記事2026

探し続けたチームのかたち

  どんなに苦しい場面でも、コートの後ろ側から必死にチームを盛り上げる選手がいた。これは厳しいと思ってしまうボールも追いかけ、勝利を最後まで諦めない選手がいた。山﨑葵主将(社4=岡山・就実)だ。キャプテンとしてチームを率いたこの1年間で、彼女は何を思い、どんなチームをつくったのか。彼女のバレーボール人生最終章に迫る。

 山﨑がバレーボールを始めたのは小学3年生の時。ひと足早く競技を始めた姉の姿を見て、自然に自分もバレーボールに引き寄せられた。高校は地元を離れ、岡山県の強豪校・就実高校に進学。もう戻りたくないと笑うほど、バレーボール漬けの日々を送った。大学選びでは、文武両道に力を入れていて、多様な競技経験をもつ仲間とプレーできることに魅力を感じ、早大へ進学した。入学後からそのレシーブ力を買われ、すぐにリベロとしてスタメン出場を果たす。膝の怪我で長期離脱を余儀なくされた時期もあったが、地道にリハビリを続け、約1年かけて試合復帰。安定した守備力は衰えず、チームを後ろから支える要として学年が変わっても活躍を続けた。

 レシーブをする山﨑

 絶対的エースだった秋重若菜前主将(令7スポ卒=トヨタ)らが引退し、代替わりとなったその週、同期での話し合いの末、山﨑が新キャプテンに決まった。最高学年としての1年間を山﨑は「仲間のおかげでやり遂げられた1年だった」と語る。未経験者が多いチームでキャプテンを務めた中学時代とは、訳が違った。「強く指示を出すのがずっと苦手だった」と話す山﨑は、噛み締めるように1年間を振り返った。かつて山﨑が後輩の立場から見ていた歴代キャプテンは、プレーでも精神面でも前に立ち、その背中で引っ張るタイプだったが、「自分はそういう性格ではない」。競技経験も異なり、個性豊かな部員が集まるチームを率いて勝利に導くことは、想像以上に難しかった。キャプテンたるもの、自分が軸をもってチームを引っ張らなければいけない。どうすれば良いチームにできるか、悩みながら練習する日々が続いた。

 そんな中で少しずつ見えてきたもの。それは「応援されるチームになりたい」ということだった。必死に声を出して、最後まで諦めずに勝利を目指す先輩の姿は、山﨑の心に残っていた。自分は背中で引っ張るキャプテンではない。だからこそ、目指すかたちがあった。それぞれの方法で支えてくれる同期や、頼りになる後輩たちと、全員で声を出して、協力しあいながらつくるチーム。常に全力でプレーする姿は、チームメイトだけでなくきっと周囲にも伝わる。「最後まで諦めない姿勢や一本にこだわる姿勢を見てもらいたい」と、いつからか山﨑は軸をもって部活動に熱中できるようになった。結果が伴わず苦しい時期も続いたが、もう迷いはない。秋季リーグ最終戦では、フルセットの大接戦の末惜しくも敗れてしまったが、早大を応援する声が大きく聞こえた時、自分が目指した「応援されるチーム」は確かに形になっていたと実感した。

チームメイトと得点に喜ぶ山﨑

 「多少のことでへこたれずに、努力を続けられるようになった」と、山﨑は最後に語る。2部優勝、1部昇格という目標には届かなかったが、チームは確実に大きく成長し、目標を目指す中で山﨑は多くのことを得た。後輩がプレーしやすいように、まずは自分が自信をもってプレーするということ。敗戦が続いても、勝利を最後まで諦めない心の強さ。今後は競技から離れるが、この1年間はきっとこれからの生活の基盤になるだろう。「目標を立てたら、それがかなうまでやり続けられる人でいたいですね」。はにかみながらそう話す山﨑は、次のステップでも飛躍し続けるに違いない。

(記事、写真 佐藤玲)