【連載】『令和7年度卒業記念特集』第20回 後藤誉雄/ボクシング

卒業記念特集記事2026

強くなりたい、その一心から始まった4年間

 「迷わず行けよ 行けばわかるさ」早大ボクシング部での4年間をそう振り返る後藤誉雄主将(法4=東京・早大学院)。大学からボクシングを始めた後藤主将にとってこの4年間は決して順風満帆ではなかった。貧血による不調、主将としての責任、その中で仲間と戦い続けた日々。伝統ある早大ボクシングでの経験が彼になにをもたらしたのか。1人の選手として、そして主将として駆け抜けた日々を振り返ってもらった。

関東大学トーナメントに臨む後藤主将

 大学入学後にボクシングを始めた後藤主将。もともと格闘技を観戦することが好きで、強くなりたいという思いを胸に1年時のゴールデンウィーク明けに体験へ足を運んだことがきっかけだった。入部を決めた背景には岩崎仁(平13教卒=東京・錦城)監督から受けた丁寧な指導がある。入部当初は同期が1人しかいなかったこともあり、ほぼマンツーマンで基礎から学んだ経験は大きかった。一人一人に向き合う指導体制こそが、この部の魅力だと感じたという。

 100年近い歴史を持つ早大ボクシング部。オリンピック選手やプロの世界王者を輩出してきた伝統ある環境の中で、後藤は主将も務めた。4年間を表す言葉として挙げたのは、「迷わずいけよ 行けばわかるさ」。その言葉通り、果敢に挑戦した4年間は決して平坦な道のりではなかった。

現役最後の試合に臨む後藤主将

 最も苦しかったのは3年春。練習を重ねるほど体に力が入らず、実戦でも思うような動きができない状態が続いた。のちに貧血と判明するが、原因が分かるまではもどかしさと焦りに苦しんだ。診断後は3週間練習を休み、治療に専念。完治後は練習量を増やし、内容や結果も徐々に上向いたことで、自然と壁を乗り越えていった。

 主将就任が決まった当初は、その重責に戸惑いもあった。これまでリーダー経験がなかったこともあり、自身が務めるとは想像していなかったという。歴代主将の姿を意識しながらも、同じ形にこだわる必要はないと気づき、自分なりの在り方を模索した。少人数のチームだからこそ、学年に関係なく発言できる雰囲気を大切にし続けた。

現役最後の早慶戦で敢闘賞を受賞した後藤主将

 4年間で最も印象に残っているのは、4年時の関東学生トーナメント準決勝。敗戦という結果ではあったが、強豪校出身の選手からダウンを奪った一戦だった。普段は好戦的なタイプではない中で、その試合では自ら積極的に攻め続けた。勝利した試合以上に記憶に残る特別な一戦となっている。

 報われないかもしれない場所で努力を続ける難しさと、その大切さを学んだ4年間。伝統ある部の主将として過ごした時間は、確かな糧となった。次なる目標はファンドマネージャー。リングで培った粘り強さを武器に、新たな舞台へ歩みを進めていく。

                          (取材・編集 西塚奏琉)