【連載】『令和7年度卒業記念特集』第10回 加納凪人/水球男子

卒業記念特集記事2026

全員を主役に

「自分が目立つチームではなく、チーム全員が輝くチームを作りたい」。主将・加納凪人(スポ4=三重・四日市中央工)は、ことあるごとにそう口にした。その言葉通り、彼の4年間は早稲田のゴールを守るという重責を背負いながら、常に仲間の可能性を信じ抜く日々だった。

 加納の水球人生は、小学6年生の時に届いた一枚の葉書から始まった。約8年続けた競泳から転向し、三重WPS(ウォーターポロスターズ)で水球の基礎を叩き込む。進学した四日市中央工業高校では、厳しい練習環境の中で、インターハイ優勝や全日本ジュニア(U17)水球競技選手権大会優勝など、輝かしい実績を積み上げた。高校時代に経験した早稲田大学との練習試合は、加納にとって大きな転機となる。整った環境とプールサイドで目にした臙脂(えんじ)色のガウン。その光景に心奪われ、強い憧れを抱いた加納は、早大水球部の門を叩いた。

日本学生選手権大会(インカレ)成蹊大戦

 大学入学後、加納は「自由」という名の新たな壁に直面する。選手主体で運営される早稲田の環境は、高校までの指導とは一線を画していた。「自由であるがゆえに伴う責任の大きさ」に難しさを痛感する日々。2年生になり、正GK(ゴールキーパー)の座を巡る同期との激しい争いの中でも、悩みもがきながら勝利のために「自分たちがどうあるべきか」を自らに問い続けていた。

関東水球学生リーグ戦・日大戦

 主将に就任し、迎えたラストイヤー。「自分がリーダーとして君臨するのではなく、全員を輝かせる」加納は、少数精鋭の早稲田が勝つために「個の能力が最大値として発揮されるチーム」「選手全員がリーダーとして自覚を持つチーム」を目標に掲げた。

 しかし、その理想は関東水球学生リーグ戦での開幕4連敗という現実によって打ち砕かれそうになる。「自分のやり方は合っているのか」結果が出ない日々に悩み、「一番辛かった時期」と振り返る。それでも加納は、仲間の力を信じることをやめなかった。立て直しを図ったチームは後半戦で3連勝。そして、4年ぶりとなる日本選手権本戦への切符を掴み取る。

圧巻のセーブと声がけでチームを勝利に導いた早慶戦

 4年ぶりの王座奪還を目指して臨んだ早慶戦は、加納にとって特別な一戦だった。入学以来3連敗、前年には残り4秒で勝利を逃した因縁の相手。幾度となく悔し涙を流した大会だ。多くの観客が見守る中でプレーできる喜びと、主将としての重圧。伝統という名のプレッシャーは、眠りの中まで追いかけてきたという。しかし、当日プールにいたのは、孤軍奮闘する主将ではなかった。加納が引き出した「個々の力」を武器に全員が自覚を持って戦う理想としたチームの姿がそこにはあった。「腕がちぎれるぐらいまで全身全霊をかけてプレーします」宣言通り、鬼気迫る覚悟でゴールを守り、幾度となく跳ね返す。守護神として、そして主将として、加納はチームを鼓舞しながら全力で戦い抜いた。

 試合終了のブザーと同時に、チームメイト全員が真っ先に加納のもとへ駆け寄った。悲願の勝利。仲間のためにゴールを守り続けた主将が、誰よりも輝いていた。

高校時代に憧れた臙脂のガウンを身にまとい、学生最後のインカレに臨む加納 

 しかし、引退の時は突然訪れた。「メダル獲得」を目標に挑んだ日本学生選手権大会(インカレ)。初戦を無事突破し、迎えた準々決勝は、中央大との激闘だった。終始拮抗(きっこう)した緊張感の中、残り30秒で痛恨の失点。14ー15でまさかの敗北。 1点差に泣いたその瞬間、加納の競技人生は幕を閉じた。「メダルを取らせたかった」 最後まで仲間を思い、涙を呑んだ加納。「早稲田で過ごした4年間は、何にも変えられない時間です」試合後加納は悔しさを噛み締めながらも「本当に良いチームだった」とチームへの感謝の言葉を切実に述べていた。

日本学生選手権大会(インカレ)準々決勝・中大戦

 仲間を信じ、自分を信じ、そして強い早稲田を創る。スローガン『信充創栄』を掲げ、4年ぶりの早慶戦優勝と日本選手権出場という快挙を成し遂げた激動の一年。そんな「強い早稲田の基盤」を創り上げた主将・加納は、卒業後には一般企業へ就職する。「醍醐監督のような、かっこいい大人になりたい」加納は、憧れの人として醍醐裕也(平22年度卒=埼玉栄)の名を挙げた。「人間性、考え方、そして言葉の伝え方。そのすべてが素敵なんです」。「今後も醍醐監督のように、早稲田の水球部に貢献したい」と語る加納の背中は、これからも後輩たちを導く確かな「道標」となり、早大水球部の歴史の中で生き続けていくだろう。

(取材・編集 指出華歩)