【連載】『令和6年度卒業記念特集』第33回 山下天海/女子ホッケー

卒業記念特集記事2025

「ジャイアントキリング」を追い求めて

 山梨学院大が目下59連覇中と圧倒的な強さを見せている関東大学女子リーグ(リーグ戦)。高校までの競技歴がある選手が多くを占める駿河台大と東農大が山梨学院大に続き、「3強」の牙城は高いものとなっていた。そんな中、山下天海(スポ=京都・須知)は3強打倒を目標に掲げ、ラストシーズンには主将として早大を史上初の関東リーグ準優勝に導いた。世代別代表の常連だった逸材は、なぜリーグ戦で4位が定位置となっていた早大で「ジャイアントキリング」に挑んだのか。山下の4年間の軌跡をたどる。

ボールを運ぶ山下

 地元がホッケーが盛んであったこともあり、先に始めていた兄の背中を追って山下は小学校1年からスティックを握った。ポジションは一貫してミッドフィルダー。誰よりもプレーに関わり、チームの攻守を司ることにやりがいを感じ、ますますホッケーにのめりこんでいった。中学3年時には京都府から唯一U16日本代表に選出されると、須知高進学後も2年時の国体優勝をはじめ、U18日本代表選出や全国選抜大会優秀選手2年連続選出といった輝かしい成績を残した。まごうことなき世代のトップランナーだった山下だったが、東西の強豪校からのオファーもあった中、選手主体のチーム作りに魅力を感じ、早大への進学を決めた。「ジャイアントキリングを起こしたいって入試でも話しました」と山下は笑う。関東で上位を占め続ける山梨学院大、駿河台大、東農大といった強豪校では確立された組織、戦術に従って戦うことが多い。そんなチームを自分たちで作り上げたチームで倒すことに山下のチャレンジ精神がかきたてられた。

 希望に胸を膨らませて入学した山下だったが、入学して最初のリーグ戦では山梨学院大に0ー11の惨敗。高校時代には互角に戦っていたはずの相手に全く歯が立たなかった。「あれ、これやばいんじゃないか?」あまりにも高い壁を前に、山下はすっかり自信を失ってしまった。それでも、積み重ねてきた経験と持ち前の展開力で山下は徐々に大学ホッケーにも適応。山下という中盤のダイナモを得た早大はその秋のリーグ戦の3位決定戦でSO戦の末、東農大を下した。早くも3強の一角を倒し、「ちょっとした(残る2校打破への)兆しが見えてきた」と手ごたえを得ることができた。

 しかし、その後のリーグ戦では3強から1勝も挙げることができず、4季連続で4位とその強大な壁に阻まれ続けた。代表活動とのギャップや副将業の重荷も重なり、もどかしい日々が続いたが、山下の希望の灯火が消えることはなかった。チームでも抜きんでた実力を持つ山下への各チームのマークは厳しくなる一方だったが、チームの舵取りを担う立場になっていた山下は自身に頼りすぎないチーム作りに尽力し、虎視眈々とその爪を研ぎ続けた。

相手チームに囲まれる山下

 主将に就任して迎えた最終学年、春季リーグ戦では駿河台大、東農大に連敗し、またしても4位に。秋季リーグ戦の初戦では山梨学院大に早大史上最多となる17失点を喫した。「ジャイアントキリング」に暗雲が垂れ込めつつあったが、「人生何周目?ってくらい達観している」(鈴木悠、スポ4=愛知・向陽)という山下は動じなかった。その後のリーグ戦の試合前には「感情を出すのが苦手な分、プレーで引っ張るから背中を見てほしい」と宣言。「ジャイアントキリング」の最後のチャンスに向けてチームを、そして自分を鼓舞し続けた。そんな山下の背中に引っ張られ、徐々に結束が固まった早大は息を吹き返し、順位決定戦準決勝に進出。「目指すところが1つに絞れていた。4年間で1番チームが一つになっていると感じた」という準決勝ではSO戦を制し、駿河台大をついに撃破した。決勝では3強最大の強敵・山梨学院大相手にリベンジを果たすことはできなかったが、最悪のスタートだった秋季リーグ戦を史上初の準優勝という最高の形で締めくくった。

 取材の間「感情を出すのが苦手」と山下は度々自嘲したが、山下の同期で4年時には副将として山下を支えた鈴木は「感情を出すことは苦手かもしれないけど、言葉で示してくれる。『最後にほしい一言』をくれる」と主将としての山下を評する。ポーカーフェイスの裏に秘める熱い気持ちが溢れ出た言葉にチームメイトが厚い信頼を寄せていたことが窺い知れる。一方で山下も「このままジャイアントキリングできないのではないかと思った時も、同期の勝ちたいという気持ちが伝わってきて自分の中で響いた」と語る。ジャイアントキリングの完遂はならなかったものの、信頼できる最高の仲間たちと高め合い、山下は早大女子ホッケー部の歴史に刻まれる偉業を成し遂げた。

得点を喜ぶ山下

 卒業後は実業団には進まずに一般企業に就職し、ホッケーの最前線から離れるという山下。「これまではホッケーばかりの人生だったから結構不安」と苦笑するが、その言葉とは裏腹に口調は明るい。これまでの人生でも、強豪とはいえない早大への進学や「ジャイアントキリング」が進まない中でのラストシーズンといった逆境を乗り越えてきた。社会の荒波の中でも、山下は飄々としたその表情の下に熱い思いを秘め続け、これから相まみえるであろう新たな巨人を倒していくに違いない。

(記事 星野有哉 写真 星野有哉、大幡拓登、濵嶋彩加)