こころを通わせて
大学から馬術を始めたにも関わらず、早くから結果を残し、チームの主力として活躍した糸山大樹(政経4=熊本・済々黌)。4年生の時には主将を務め、チーム作りに尽力した。馬と、人とこころを通わせて、向き合い続けた4年間を振り返る。
早稲田大学馬術部は2024年度全日本学生馬術大会・3種目総合で準優勝の成績を収めた。主将として部を率いた糸山は団体戦のメンバーとしても出場し、この勝利に貢献した。糸山は「今まで大学から馬術を始めた人で、全日本の三種目全てに出場した人はいなかったと思う」と話す。馬術の選手は幼いころから競技に慣れ親しんでいる人が多く、大学から始めた選手が結果を残すことは稀なスポーツだ。
他大学の馬術部では初心者の試合の出場機会は限られており、練習量も経験者とは差があることが多い。その一方で、早大馬術部では経験者と初心者の練習量に差をつけない。大学から馬術を始めた人にとっては1番チャンスのある場所だ。こうした環境に魅力を感じ、糸山は早大への入学を決意した。入部後はわからないことだらけだったというが、毎日先輩たちに張り付いて貪欲に学んでいった。毎日上級生に付き添って手伝いをすることは遠回りのようにも思えるが、先輩たちの一挙手一投足まで食い入るように観察した。「試合にでるという意思を強く持つこと、とにかく先輩から吸収することを下級生のころは意識していた」。この意識が糸山の成長の理由だったのかもしれない。早くから多くの試合に出場し、結果を残していく。「4年前の自分では今の姿は全く想像ができなかった」と語る糸山だが、4年生では主将として部の中心を担うまでに至る。
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中障害に臨む糸山と稲嵐。糸山は下級生の時から主力として活躍した
高校までは野球に打ち込んでいた糸山だが、主将は初めての経験だったという。主将として自分が行動を示せば周りはついてくると思っていた。しかし、現実は違った。馬術部は様々なバックグラウンドを持つ部員たちが所属している。馬術に対しての考え方、向き合い方が異なる部員たちに同じ方向を向かせるのは想像以上に困難だった。その中で糸山が感じたのがコミュニケーションの大切さ、難しさだという。実際に言葉にしなければ伝わらないことがある。主将として全員と十分な対話ができるように心を砕いた。チームメイトだけでなく、OB・OGや他校の選手などとも交流する機会が多かったため、人と人とのつながりを強く感じることができたそうだ。糸山は主将としての経験の中で印象的なエピソードを語ってくれた。長期休み中にチームメイトの実家の乗馬クラブで練習していた時の話だ。クラブの指導者から「お前次第だ」と声をかけられたという。今まで身近な人以外に、ここまでの期待をかけられたことは無かった。嬉しい反面、主将として、選手として結果を求められていることは重圧にも思えたという。
糸山が大きな期待をかけられていたことは、総合馬として名高いココドロと2年間コンビを組んでいたことからもうかがえる。名馬のライダーとしても当然のように結果が求められた。そんな中、主将として迎えた春の2024年度全日本ヤング総合馬術大会。前年馬と転倒した苦い思い出のあるこの大会で、糸山はクラス優勝という結果を残し雪辱を果たす。「重圧のある中でもやり切るという経験ができたことはよかった。そして、名馬ココドロに報いることができた」と糸山は安堵の表情を浮かべた。
「やめたいと思ったことは一度もなかった」。4年間を振り返って、糸山は馬たちへの愛情を滲ませた。馬術は、馬という自分以外の生き物と共に行うスポーツだ。ただ練習するだけでなく、馬の世話をし、体調を気にかけなければならない。パートナーのことを24時間考え続けた4年間だった。自分の思い通りにならないこともあったが、馬が助けてくれることもあった。パートナーと心を通わせることができた瞬間は何物にも代えがたい。今までで1番の演技ができたと振り返る全早稲田対全慶應義塾決定戦の馬場馬術競技。演技終了後、糸山は相棒の首筋に抱き着いて今までの感謝を伝えた。
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2024年早慶戦の馬場馬術の演技後の糸山とココドロ
「一つのことに熱中し、考え続ける経験は今後に生きると思う」と糸山は馬術部の経験を踏まえ自身の今後に目を向ける。人と馬と心を通わせて。ここで過ごした日々は未来へつながっている。
(記事 井深真菜、写真 飯田諒、廣野一眞、編集 梶谷里桜)