【連載】『令和7年度卒業記念特集』第6回 山田蓮/弓道

卒業記念特集記事2026

「学生弓道」ならではの楽しさ

「大学以外では経験できない“学生弓道”ならではの楽しさがある」。こう話したのは昨季主将を務めた山田蓮主将(政経4=東京・早大学院)だ。高校で弓道と出会い、大学では選手として葛藤しながら主将というチームを導く責任も負うようになる。弓道を続けられた原動力には、単なる勝敗を超えた学生弓道ならではの魅力があった。

 山田の弓道との出会いは高校1年生の時。中学生まで野球をしていたが、個人競技に挑戦してみたいという思いを持つ。友人が弓道部に見学へ行くのについて行った先で目にした弓を引く姿に惹かれ入部を決意。高校時代を「空気感も良く、毎日の部活が本当に楽しかった」と振り返るものの、コロナ禍の影響で思うように活動できない時期が続く。不完全燃焼で終わってしまったこともあり、大学でも競技を継続することを決断した。

 練習に積極的に参加し1年生ながらリーグ戦に出場。選手として出場したこの試合を思い出深い試合に挙げる。「この経験があるからこそ試合に出る選手の気持ちがわかる」と語るように、後に主将として選手を支える糧となった。このまま順調に経験を積んでいくかと思われたが、2年生の途中から不調に悩まされる。トラウマから身体を思うように動かすことができず、精神的にも辛い期間を過ごした。3年生になっても治ることはなく、山田は「人生で一番挫折した2年間だった」と振り返る。

 最終学年となり推薦で全会一致の末主将に決まった。「まさか主将をやるとは思っていなかった」と振り返るが、選手として第一線で部員を引っ張るのではなく、マネジメントに注力しまとめていける自負もあったという。こうして部員からの圧倒的な信頼のもと、選手としての目標も抱えながらチームのマネジメントに注力し始めた。同期の河野誠也副将(人4=埼玉・県立浦和)、太田雄野主務(文4=東京・国学院)とは価値観や方向性が一致。「まとまっていた学年だったと思う」と語るように、衝突も起こらず強い一体感のある関係を育んだ。部内の空気感を重視し、全員が一つの目標に向かっていくチーム作りを目指す。全ての試合を次に勝つための原動力にしようとしたが、試合に出場していない立場から的中数を上げ、勝てるようチームを鼓舞することに葛藤も感じていた。

全関東学生弓道選手権大会で介添を務める山田主将

 山田は介添の立場から最後の入替戦と全国大学弓道選抜大会(選抜)を印象深い試合として挙げる。入替戦ではリーグ戦の中でチームとして一番高い的中を達成したにも関わらず、大差での敗北を喫した。「選手として出ていないけれど、自分の力が足りなかったという悔しさを一番感じた試合だった」と語る。一方、選抜の大経大との一本競射で選手全員が詰めた場面も忘れられない瞬間に挙げた。試合に選手として出ずとも介添の立場から選手たちを支え、悔しさと喜びを共有してきたことがよくわかる。

 主将としてチーム作りを進める上で、自身が1年生から3年生だった時に主将を務めていた3人の先輩を参考にしたという。3人とも異なる特徴があり、理想を実現するためにそれぞれの要素を取り込んでいった。大澤暢氏(令和4創理卒)の作るメリハリのついた空気感や、東海枝航平氏(令和5スポ卒)のマルチに活躍しつつマネジメントにも重きを置く姿勢。3年時に主将であった宮﨑滉巳氏(令和6社卒)については、「自分にはなかった射術の面とマネジメントの2軸を一番両立させていて、本当に尊敬している」と振り返った。加えて、高校時代の部活動でも経験した良い空気感の確立を目標に後輩たちとも積極的にコミュニケーションを取る。「全員とうまく話していきたい」という思いのもと関わりを増やし、良好な関係を築くことに成功した。

リーグ戦の明大戦で途中出場した山田主将

 弓道を続ける原動力は高校と大学で異なっていた。高校時代は、矢を的に中てるという根本的な面白さが大きな原動力となっていた一方、大学では「学生弓道にしかない楽しさを享受したい」という思いがあったと語る山田。学生弓道は中てることが当然とされ、社会人の一般弓道とも全く別物と言ってよいほど異なる雰囲気を持つ。ただ楽しむだけでは勝つことができない過酷さがあり、他では経験できない唯一無二の経験を積むことができるのが学生弓道だ。「個人競技だと思って始めたら全く個人競技ではなかった」。個人競技をしたいと思い飛び込んだ弓道の世界は初めの想像と違っていたものの、高校時代を経て、大学では学生弓道ならではの楽しさと特殊な面白さに魅了され、原動力になっていった。

 今後については「すぐには日常的に引くようにならないと思うけれど、2ヶ月弓を引いていない今、すでに引きたい気持ちがある」と語る。主将として部の空気感に気を配りながら学生弓道を楽しむ自身の気持ちも大事にしてきた。葛藤しつつ歩みを止めなかった山田のあり方もまた継承されていくだろう。さらに「純粋に的に中てるという弓道を始めた頃の楽しさも思い出したい」と話すように、学生弓道の魅力とともに自身の原点も忘れない姿があった。

(記事・写真 河野紗矢)