【連載】『令和7年度卒業記念特集』第53回 鈴木大介/相撲 

卒業記念特集記事2026/相撲特集

継続は力なり

今期、早稲田大学相撲部は東日本学生相撲選手権大会(東日本大会)でAクラスベスト8という輝かしい成績を記録した。その成功には、チームを引っ張る最高学年の存在が欠かせない。その1人であり、大学から相撲を再開して、様々な苦難に直面してきた鈴木大介(法4=埼玉・早大本庄)。周囲の選手との経験の差を乗り越えて、最終学年では常に土俵に立ち続ける。彼にとって、これらの成果は4年間の「成長」を象徴する集大成であった。

兄の影響で小学生の時に相撲を始めて以来、中高では相撲から離れていた鈴木。中学校では高校受験に専念し、勉学に励む日々を送る。また高校では相撲部がなく、代わりにラグビー部に入部した。しかし、大学で鈴木は希望を抱き相撲を再開する。そして、そのきっかけを与えてくれたのは、大学で相撲に励んでいた2つ上の兄である。幼少期から兄は相撲と鈴木を結び付けてくれる存在であり、相撲もまた兄と鈴木を結ぶ架け橋となっていた。実際に、鈴木の兄は兄弟ともに大学生になってからも、弟の相撲をしっかり見届けている。さらに鈴木は大会が終わる度に、兄から技術面に関するアドバイスをもらっていたという。そんな2人が大学相撲の舞台で直接対決することこそなかったが、土俵で相見えれば「お兄ちゃんには勝てる」と冗談を交えた。

相撲部では川副楓馬(スポ4=熊本・文徳)と岸本恵果(人4=鹿児島中央)、2人の同期と出会う。少ない人数ながらも、4年間苦楽を共にし、様々な試練を乗り越えてきた。特に相撲場での交流が最も頻繁で、3人の醸し出す雰囲気は特有なものであったという。さらに、そこではお互いに「なんでも話すことができる関係」であったと鈴木は語った。やがて3年生にして、早くも同期の川副が主将を任される。川副が試合などにおいて主将として部員を引っ張る中で、鈴木は行動で先輩としての在り方を示した。「自身が大学から相撲を始めたことを考慮して、技術面を助言するというよりはチームのサポートに徹しよう」と考える。川副が少しでも統率しやすい環境を整えるために自分なりに努力をしていた。

鈴木にとって東日本大会は特に記憶に残る特別な試合となる。「チーム一丸となれたことで、相撲を純粋に楽しめた」と東日本大会での取り組みについて、過去に一度我々のインタビューで振り返ってくれたことがあった。上下関係が無い、チームの仲の良さが部の一体感を創り出す。普段の稽古中も、それぞれの相撲についてお互いに意見を交わしていた。このようにコミュニケーションがとりやすい環境だったからこそ、試合のようなプレッシャーのかかる状況でも目標を見失わずに全員でまとまることができた。また最後の大会である、第103回全国相撲選手権大会(インカレ)ではリラックスした状態で挑むことができたという鈴木。「今までやってきたことを全て出すだけ」と腹を括っていた。また橋本監督(スポ卒)や家族、マネージャーをはじめとしたサポートしてくれた人々への感謝も決して忘れなかった。その期待に応えて勝つためには、余計な緊張を捨ててやるべきことをやる必要があった。鈴木は緊張すると何もできなくなってしまう傾向があり、極力何も考えずに立ち合いに臨んだ。それでも土俵で徹底すべき項目を作成し、唯一それだけを頭に思い描いた。

大学まで相撲から遠ざかっていた影響で、鈴木は4年間で様々な困難に直面した。早大相撲部を含めた多くの大学相撲部には、高校時代に輝かしい成績を残した選手が全国各地から集まった。もちろん主将の川副もその1人である。そのため彼らと戦っていくために求められるレベルは当然高く、鈴木は稽古についていくのも精いっぱいであった。さらに技術的な面だけでなく、精神的な壁も立ちはだかった。相撲という競技を続ける上で、体が大きい選手との激しい衝突は避けられないものである。時には転がされ、また頭と頭がぶつかることもあった。「最初は相撲をとることが怖くて、しんどかった」と当時の心労を語った鈴木。そんな過酷な環境であったが、先輩や監督の助けが支えとなる。周りの人から教わった自分のレベルにあった練習から始め、鈴木は徐々に実力を上げた。また怪我に苦しんだ際も、橋本監督のアドバイスにより無理に相撲を取らない方針を取り入れる。そして細部の筋力トレーニングを中心に行うことで、復帰後のパワーアップを目指した。長いブランクや怪我といった苦境としっかり向き合い、少しずつできることを積み重ねていく。その結果弱点を克服し、最終学年の1年間は休まずに、第一線で戦い続けることができた。「やるからには、手を抜かずにしっかり最後までやり切る」という鈴木の信念を体現した4年間であった。

最終的に、鈴木はこれまでの早大相撲部での時間を振り返り、「成長」と一言で表した。最初に入部した段階では、なかなか勝利を掴むことができずにいた。何度も相撲部を辞めるのではないかという局面を迎えたが、逃げずに身体をぶつけ続けた。その努力が実り、最終学年ではAクラスの舞台で勝てるまでの選手となった。ようやく結果がついてくるようになったことで、人間としても「成長」を果たした鈴木。「早大相撲部の4年間で学んだことを忘れず、立派な社会人になれるように頑張ります」と述べる。もうじき終わる学生生活に寂しさを感じつつも、これから始まる社会人生活に対して意気込みを見せ、土俵から新たなステージに旅立った。

 

(記事、写真:池田健晟、インタビュー:鳥越隼人)