第7回は、第6回に引き続き草の根からトップリーグまで日本の女子サッカー界に大きく貢献してきた小林美由紀氏と、現在は指導者として選手の育成を通して女子サッカー界の発展に貢献している福田あや監督の対談です。「女性アスリート」として、また「女性リーダー」として第一線で活躍してきたお二人の思いに迫りました。
※この取材は8月10日にオンラインで行われたものです。
「『ナウキャリア』をもっと深堀りして考えてほしい」(福田)
セカンドキャリアに対する持論を述べる福田監督
――女性アスリートの結婚や出産、復帰などが話題になりますが、以前と比べた時に変化を感じていますか
小林 東京五輪でLGBTーQの選手やママさん選手が出て、少しずつ可能性が広がっていると思っています。ただ、それが注目されるということはまだ珍しいということですね。早稲田の出身でジェフ(ユナイテッド市原・千葉レディース)にいる大滝麻未選手(平23年スポ卒)が妊娠を発表して、子供を産んでも続けたり、(日テレ・東京ヴェルディ)ベレーザの岩清水梓選手もお母さんになったり。当たり前になったらいいなと思っています。それは女性が変わるだけじゃなくて、子育ては男性も女性もやるべきだから役割分担していければ。Jリーガーでは普通にあることなのに、WEリーグでは結婚している選手自体が多くはないので、普通のライフスタイルを築きながらスポーツができるようになったらいいですね。でも(以前と比べて)変わっているのかなとは思います。
福田 「既婚者なんでこんなにいないんだ」って感じですね(笑)。理由、原因がパッと言えないですが、選手もスタッフも未婚の確率がものすごく高い。自分も当事者なので言えないですけど(笑)。結婚がすべてじゃないし、多様性的にも(結婚という価値観を)押し付けるわけじゃないけど、「なんでだろう」とシンプルに思います。でも私の中で「結婚して家事しながらこのスケジューリングでやるのは無理」と無意識的に思って結婚を思いとどまってしまうというのが現実的にありますね。男性が悪いわけではないし、女性が自分たちで自分たちを苦しめている部分もあるかもしれないけど。世の中が変わり始めているので、そこをフラットに、もう少し楽に考えられれば変わってくるかなと思いますね。スポーツ界は男性がどうしても多くて、奥さんに支えてもらって仕事をしている方が多くて、モデルが…(いない)。
小林 男性は結婚しても家事しなきゃとは思わないけど…。
福田 時間はかかるけど、自分自身も考えをニュートラルにしていかなきゃなと思います。
小林 染みついているものはあるけど、そこらへん柔軟にできればいいね。
――選手のセカンドキャリアについても話題になりますが、クラブの支援があるのか、自分自身で道を切り拓いていくのか、どうなんでしょうか
小林 今まではなでしこリーグで仕事をしながらサッカーをしていたので、社会人経験があってそのまま仕事をしたり違う道に行く人もいました。今回サッカーだけでお金を稼げるようになって、選手たちの不安はそれだったんです。サッカーのパフォーマンスのためにはプロが一番いいけれど、プロだと社会人経験はできない。それで、WEリーガー全員にC級のコーチングライセンス(※1)を取らせました。将来的に指導者になるかもしれないというのと、サッカーの理解を深めるため。それだけじゃなくてこれからは経営の講座を開いたり、オフの時に企業のインターン研修をしたいですね。岡島チェア(喜久子氏、昭58年商卒)はファイナンシャルプランナーで、ずっと海外の一流企業に勤めていらっしゃったこともあって。
福田 社会とのつながりは欠かせないところだと思います。例えばマイナビ(ベガルタ仙台)さんとか、クラブを持っている会社がつながりを生かしたり。(キャリアは)敵味方じゃないのでサポートは共創の必須事項だと思っています。ライフデザインは大事な作業である一方で、今を全力で全うするのが今後につながるので、『ナウキャリア』をもっと深堀りして考えてほしいです。どんな仕事をしていても知らないことはたくさん出てきて、違う景色や違う世界が見えてくるのは辛いけど面白いことでもある。サッカー選手に限らず全員が通る道なので、自分の将来を見据えながらもせっかく選手として生きていけるので、ファーストキャリアをどれだけものにしていけるかに注力していくことがセカンドキャリアにつながると思います。そこは忘れてほしくないですね。
――先を見ることだけじゃなくて、今を頑張ることも大切だなと痛感しました(笑)。
小林 今の目の前のことにしっかり工夫して取り組んでいけばネットワークは絶対できるし、見ている人は絶対にいます。自分がどうやってトップパフォーマンスができるか考えることは、どんな仕事でも同じことなので、今のことを100パーセントでやることがセカンドキャリアにつながっていくと思います。
※1)C級のコーチングライセンス・・・日本サッカー協会(JFA)公認の指導者ライセンスで、6段階中下から3番目。アマチュアレベル(子どもから大人)を対象とした指導の基礎を理解している指導者。
「(女性が入ることで)組織自体がいろんな視点で決定ができる」(小林)
にこやかな表情を浮かべる小林氏
――女性リーダーという視点だと、スポーツ界は女性の指導者が少ない印象があります。特にサッカー界で活躍していくためにはどのようなことが必要だと考えていますか
小林 WEリーグには「クラブの意思決定者に必ず女性を入れなければならない」、「スタッフは半分以上女性でなくてはならない」、「コーチングスタッフにも女性を入れなければならない」という参入規定を作りました。自然に増えたらいいけれど、なかなか難しい。ビジネス界でも取締役の30パーセントを女性にするとか、五輪の組織委員会も、まずは規定を作らないとわざわざやらない。私はジェフにいた時に意思決定者だったけど、なるべく女子のコーチを見つけるようにしていました。女性が上に立てば「女性」という視点が加わります。1割だと意見を言えないし、その人がダメだと「やっぱり女はダメだ」になる。でも3割だといろんな女性がくるのでダイバーシティが実現できる。そうすると、組織自体がいろんな視点で決定ができると思います。だからこそ、スポーツ組織で初めてそういう規定を作りました。
福田 (サッカー界の)女性の指導者の割合が3パーセントしかいなくて、S級(ライセンス取得者)(※2)だと0.06パーセントが実情なんです。気になって調べた時に、オリンピックだと選手は男女比が1対1だけど、指導者は女性が16パーセントしかいないって分かって、まだまだ少ない。アメリカのビジネス界でも重役についている女性は1割に満たない。世界でも(差は)あって、考え方を変えていくことは大変だからこそ、枠組みから変えていかないといけないのが現在の社会情勢のリアルです。
――福田監督は現在ア女で指導をされていますが、女性指導者の一人としてどう感じていますか
福田 私は自分のことを第3世代って呼んでるんですけど、第1世代の方々はジャンヌダルクのように逆境に逆らってでもマンパワーで開拓してきたと思います。そのエネルギーはすごくて、その光があったからこそ今がある。今は第2世代の方々が矢面に立っていて、シンボリックなリーダーを立てようとしているけど、(現状を)一人で変えることはできないので、違う意味できつい部分があるのかな。もっとチームとしてやっていくように改善できればなと思いますね。じゃあ私は第2と第3世代にかかっているのか(笑)。苦しいところを分かりつつも次世代を巻き込むところ、仲間を増やして共存する、踏ん張りどころなのかなと思いますね。能力も環境も、自分磨きもする必要があって、WEリーグをきっかけにできればいいですね。
小林 枠を作っちゃうと「能力がないのに女だからって」と言われるけど、役職が人を育てることもある。でも女性だからと(いう理由で)いきなり連れてこられて、誰もサポートしてくれずに「やっぱり女はダメだ」と言われるケースもあります。だから(役職に就いた)本人が力をつけなきゃいけないけど、チームとしても全力でサポートしていってほしいですね。男の人、女の人に関わらず。
――具体的に何か取り組んでいることはありますか
小林 今回AーPro(ライセンス取得者)(※3)は福ちゃん(福田監督)を含めて13人いて、男性のトップコーチがメンターについています。彼らも逆に刺激を受けていて、「ここまでやるんだ」、「こんな思いがあるんだ」と知る。それは大きいので、いい制度だなと思います。WEリーグとしてサポートをしていきたいですね。
――それでは最後に、これから社会を引っ張っていきたいと考えている女子学生に向けてメッセージをお願いします
小林 とてもいい質問だと思います(笑)。でも、女性としてというよりは、自分がやりたいことに真摯に向き合って関係を作っていることが大切なんじゃないかと思いますね。性別にとらわれず。女性はリーダーになりたがらない場合も多いので、志を持つことはいいことだと思うし、頼もしいですね。リーダーというよりも「一緒にやっていこう」ということ。自分の良さを分かって、自分なりのリーダーシップを見つけていけばいいんじゃないかなと思います。
福田 私も未だに苦悩します(笑)。リーダー的な存在になりたいと思ったときに、周りのリーダーが目に留まるようになります。「あの人は能力がある」「あの人は○○がある」とか考えてしまうけど、自分なりのリーダー像があるはず。その人しか持っていないものを見つけてほしいというのが一番の思いですね。私は隣の芝生が青く見えちゃうので、思うところはたくさんあるけどね。「人を惹きつける力がある」という数値化されないオーラ、「太陽みたいだね」というパーソナルな部分を持っているって言ってもらえることがあるんですけど、それは自分じゃわからない。でもそれが自分の軸だから、責任が伴うと忘れがちだけど見失わないようにしたいですね。こんな私でも「頑張っているよ、できるんだよ」っていう姿を少しでも見せられるように頑張ります(笑)。
――ありがとうございました!
※2)S級コーチングライセンス・・・日本サッカー協会(JFA)公認の指導者ライセンスで、6段階中最高位。プロフェッショナルレベルを対象に指導ができる。
※3)A‐Proライセンス・・・・「Associate-Pro(A-Pro)ライセンス」。女性指導者育成の突破口として、時限的にS級コーチ(最上級)に準ずる指導者ライセンスが設けられた。取得するとWEリーグ参加チームの指揮が可能となる。(Jリーグで指揮するためにはS級ライセンス取得が必要)
(取材、編集 早稲田スポーツ新聞会 手代木慶、大滝佐和)
(ア式蹴球部女子部 菊池朋香)
関連記事
◆小林美由紀(こばやし・みゆき)(※写真右)
WEリーグ理事兼リーグと選手の調整を行う「理念推進部」の部長。スポーツ科学部非常勤講師。筑波大学4年次に茨城県初の女子サッカーチームとなる「筑波大学女子サッカークラブ」を設立。在学中にアメリカ留学を経験し、日本の女子サッカー界が発展途上であることを実感。帰国後は関東大学女子サッカーリーグや社会人チームである「つくばFC」を設立した。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのマネージャーを務めるなど様々な立場で女子サッカー界の発展に貢献している。
◆福田あや(ふくだ・あや)
2008(平20)年スポーツ科学部卒業。神奈川・湘南白百合学園出身。ア式蹴球部女子部コーチとして指導者の道に。インカレ2連覇達成後、益城ルネサンス熊本FC監督を経てノジマステラ神奈川相模原アカデミー監督就任。さらに同トップチームコーチとしてなでしこ1部昇格、皇后杯優勝に貢献。合同会社Wetanz代表をしながら2020年度からア式蹴球部女子部監督を務める。