第6回を飾るのは、今秋に開幕するWEリーグの理事を務めながら「理念推進部」の部長を担う小林美由紀氏とア式蹴球部女子部の福田あや監督です。日本女子サッカー界における新たな時代のキックオフとなるWEリーグ開幕への思いとは。カテゴリーは違えど、熱い思いを持って女子サッカー界に携わり続けるお二人にお話を伺いました。
※この取材は8月10日にオンラインで行われたものです。
東京五輪を経て見えた女子サッカーの現在地
笑顔で取材に応じる小林氏(右)と福田監督
――東京五輪が終わりました。サッカーは最も盛り上がった競技の一つであったと思います。ご覧になっていかがでしたか
小林 なでしこジャパンは世界一になることを社会から期待されています。その基準だと今回のベスト8という結果は残念というか。SNS上でも批判されていました。でも逆に言えば、話題になるほど期待値が高いんだなと。さらに、五輪の放送がいっぱいある中で、男女ともサッカーの放送枠をとられていることはすごく大きいことだと思います。女子だけを言えば、今ヨーロッパやアメリカはプロが当たり前で、すでにプロとしてサッカーだけで生きている人たちと、今まで仕事をしていてこれからプロになる人たちが同じ土俵にいて。今回結果が出ず、世界の動きに全くついていけていないことが如実になりました。そういった点から、WEリーグはやる意味があると思っています。
福田 期待値が高かった分、失望されてしまって内容の部分でも議論が交わされていたので、心苦しいところはありました。2019年のW杯で女子サッカーの急成長を目の当たりにして、危機感を持ちましたし、レベルが上がっているうれしさもありました。「サッカーとは何か」という議論が全世界で交わされていて、未来に羽ばたく世代を見ている立場としても、水準を高くするきっかけになると思いました。若い選手たちはいろいろな情報を見ているだろうし、指導者や関係者も含め当事者の意識レベルが上がっていることはすごく良いと思います。今回の五輪を経験値としてプラスに変えていけば、女子サッカーもまだまだこれからなんじゃないかなと思いました。
――五輪を観ていても、男子サッカーと女子サッカーの差を感じてしまうことがありました。その差をどのように受け止めていらっしゃいますか
小林 「女子は一生懸命やっていない」だとか「選手が監督を信頼していない」だとかいろいろな意見が出てきたと思いますが、男女の差ではないと思っています。それはうまくいっていないときに出てくる問題であって、例えば今回の男子は五輪前に散々言われていたけれど、結果が出てチームが一つになっていました。女子は今回初めて監督が女性になって、それがベスト8で終わってしまった理由と捉えられてしまう風潮が一番良くないと思っています。選手たちにもそう思ってほしくないですが、メディアの取り上げ方によってもそういう風潮になる傾向があります。男子だったら「この監督だから」と言われますが、女子だと「その監督だから」ではなく「女性だから」となってしまいます。これが一番危惧するところです。
福田 サッカーの試合を観るとなると、一般的には男子サッカーが思い浮かべられますよね。例えば私は、自分が左利きなのに左手でご飯を食べている人を見るとすごく違和感を抱くんですよ。右利きの人をたくさん見ているから、左利きが不自然に見えるんです。それと一緒で、ベースに男子サッカーがあるから、女子サッカーに違和感や物足りなさを感じることはあって当たり前なのではないかと思っています。それを超えているのがアメリカやヨーロッパであり、女子サッカーをエンターテインメント性も含めて魅力あるスポーツとして確立していくためには、男子と同じようなレベルまで自分たちを高めていくという視点が大事だと思います。
――具体的には、どんな視点でしょうか
福田 男女差を受け入れて、差別ではなく区別をする。例えばボールを軽くすると、パススピードが上がったり、もっと迫力のあるシュートが打てたり、ゴールに迫る回数が増えたり、ダイナミックな展開が増えたりといった要素が出てくる。あとは試合時間を変えるとか、合間に休憩を入れるとか。このように、より魅力的なスポーツとして成立させるために、差を認めて何かしら変化をつけてもいいのではないかと思う側面もあるんですよね。平等と区別、どちらの考えも間違っていないと思うし、だからこそ難しい議論だと思います。サッカーの魅力って、大概の人が思い浮かべるのはやっぱりゴール前やシュートシーンで、コアなファンでない人ほどそういった目立つところを面白いと感じると思います。その点でも、男子と区別をつけて改革していくことはあってもいいのではないかと個人的に思っています。
――面白い提言ですね。もしかしたらWEリーグに変化をもたらす一助になるかもしれません
WE(Women Empowerment)リーグ開幕
WEリーグの意義を語る小林氏
――JリーグにはないWEリーグの魅力は何でしょうか。WEリーグにしかない魅力をどのように作っていきたいですか
小林 WEリーグは「Women Empowerment リーグ」と言っているように、女性活躍や男女平等といった日本が一番足りていないところをフットボールという世界で一番親しまれているスポーツで実現しようとしています。Jリーグも社会的意義や百年構想(※1)がありますが、その点が一番違うところかなと思います。とはいえフットボール自体が魅力的でないと、なかなか人はついていかないので、それをどうやって魅力的にしていくかはこれからの課題です。福ちゃん(福田監督)も言っていたけれど、グラウンドの大きさを変えるといったことを提言することもあるかもしれません。さらに選手とのミーティングを重ねて、研修を全員でやったり、選手がみんなでリーグの行動規範(クレド)を決めて発表したりしています。そのようにWEリーグのクラブ全体でやろうとしているところは(Jリーグと)違うかなと。最初は、仕事と両立しながらなでしこリーグで充実していた選手もいて「なんで今頃やるんだ。セカンドキャリアもあるし、今までの体制で十分じゃないか」という否定的な意見も出ました。でも、岡島チェア(喜久子氏、昭58年商卒)が各クラブとオンラインでミーティングをして理念を伝えるうちに、少しずつ選手の意識が変わってきました。この年齢までサッカーをやってきた選手たちは、比較的恵まれていてそんなに不自由を感じておらず、それこそ男女の差も感じたことがないという選手の方が多い。でも自分なりに課題意識を持って、自分たちが輝くことで社会にちょっとずつ貢献できるということを理解しながらサッカーをやったりWEリーグを始めたりするという点は、Jリーグと違うところかなと思います。
福田 WEリーグは女性活躍や男女平等を謳っていますが、それは子どもたちまでつながっていることだと思います。私はA‐proライセンス(※2)を昨年から取っているのですが、そこで「10年後、少女の夢ランキングでプロサッカー選手をベスト3に入れる」というプレゼンをさせてもらいました。スペインで同じ質問をしたら、ランク外から5位になったというニュースを聞いたときに、めちゃめちゃ羨ましいというか素晴らしいと思いました。今の社会の課題をぶち破るというリーグの理念があって、そしてぶち破った先で子どもたちの将来の夢につながること、女の子がスポーツ選手という夢を掲げるようになったらいいなというのが一番の願いですね。その点について考えたときに、ア女でも『競技力・人間力・社会力・学生力』という4つの柱を掲げていて、学生力を除いた3つはWEリーグにも展望として必要ではないかと思っています。
――例えばどのようなつながりがあるか教えてください
福田 まず『競技力』ですが、Jリーグの創成期のように海外からハイレベルな選手や指導者を招いたり、運営はビジネス界から人を連れてきたり、必要な先行投資をしていいと思います。早稲田のOGでスペインでプレーしている千葉望愛選手(平26スポ卒)が、海外でプレーしている選手を集めて宮城でチャリティーマッチをしたのが面白くて。WEリーグでも、全員外国籍のチームや海外でプレーした人だけの異端なチームが1個くらいあってもいい。外からの風は競技力アップにつながると思います。2つ目の『社会力』については、魅せ方は大事だと思っています。スペインで指導をされている佐伯(夕利子)さんに聞いたら、スペインの女子サッカーは魅せる方にお金を使うと。日本は内部環境を整える方に注力していますが、もっと発信力や話題性がほしいですね。ユニフォームをX-girlというファッションブランドにしたことは良いなと思いました。SNSで違う層にも響くし、かっこいい。各会場にショップを設ければ、若者が集まるきっかけにもなると思います。あとはDAZNと組んだのも良かった。「ハイライトだけでも隙間の時間に観てみよう」となる。最後は『人間力』という部分で、スポーツの素晴らしさの大きな要素って、やっぱり感動だと思うんです。コロナ禍でも五輪が開催されて「やっぱりスポーツって良いね。感動したね。」と。『感じて動く』。極限のプレーを見て感動して、それが動機づけになって行動を起こしたりする。最後は人間と人間の結びつきだと思います。携わっている関係者の人間力をフットボールを通じて磨いて、WEリーグならではのいろんな層の人たちを巻き込むことで『感じて動く』を焚きつけられるような努力や挑戦をしていけたらと思います。
※1)Jリーグ百年構想・・・Jリーグでは理念を訴求するために、「Jリーグ百年構想~スポーツで、もっと、幸せな国へ。」というスローガンを掲げ、「地域に根ざしたスポーツクラブ」を核としたスポーツ文化の振興活動に取り組んでいる。
※2)A‐Proライセンス・・・・「Associate-Pro(A-Pro)ライセンス」。女性指導者育成の突破口として、時限的にS級コーチ(最上級)に準ずる指導者ライセンスが設けられた。取得するとWEリーグ参加チームの指揮が可能となる。(Jリーグで指揮するためにはS級ライセンス取得が必要)
大学サッカー界からプロを目指す環境づくりのために
ジェスチャーを交えて熱く語る福田監督
――大学サッカー界からWEリーグを目指す選手が増えるために、WEリーグが目指したくなる場所となるために、何が必要であるとお考えでしょうか
小林 今のなでしこジャパンに大学の卒業生はいないんですよ。大学のサッカー界は、もう少しレベルを上げなければいけないのが事実。競技力が高くてもサッカーをやめてしまう選手もいるので、仕事としてちゃんとできるようにWEリーグを確立したものにしなければいけないです。そして、WEリーグに入ってもその後の将来が見つからないというのは一番良くないと思うので、セカンドキャリア(が確立できることを)をちゃんと見せて、魅力的なものにしていかないといけない。大学を経てWEリーガーになるという土壌を作らなければいけないですね。高校生からWEリーガーになることもあるけれど、わざわざ大学に行くという選択肢があっても良いと思います。競技者としてしっかりやった後、サッカーの普及をしたり指導者になったりといった道を、WEリーグだけではなくサッカー界全体で準備しておかなければいけないなと思いますね。
――今のお話を受けて、福田さんは選手を送り出す側としてどのような視点でプロ選手を育成していこうと考えていらっしゃいますか
福田 環境をセッティングすることも大事なのですが、選手のマインドを設定して送り出すことも重要だと思っています。サッカー選手という面だけではなく社会人としても最低限そこだけは持った状態で世に羽ばたかせることが、大学が担っている責務であると思います。プロになることの意味についても、これからの子たちが1ページ目になるので、何をどこまで伝えきれるか分からないですが、大事な時期の選手たちを預かっている身として伝える責任があると思いますね。大学スポーツの意義は、自分たちでチームを作っていくという当事者意識を身につけるとか、試行錯誤を重ねながら解決能力をつけて己を形成するというところだと思います。あえて大学進学を選ぶことを遠回りと思う人も当然いるだろうし、思ってもいいと考えています。でも、そういった時間がこの先のキャリアや選手としての成長にプラスになるんだと、そのような価値を見出して大学進学を選択し、自分の道を意志を持って進むというところまで、大学サッカーをちゃんと確立していく必要があると思います。
――一人の大学生として身が引き締まる思いです。最後に、WEリーグの1年目はどうなれば成功と言えるのでしょうか
小林 WEリーグは平均観客数5000人を目指していますが、コロナがあるので難しいなと思っています。2年前なでしこリーグは1300人くらいでした。そして、プロの契約をしたからといってマインド的にプロ選手になれるかどうかは難しいところだと思います。選手たちが自らエンパワーする、自分たちの良いところを見つけてそれを活かせるようになることで、一人一人が輝き、年齢問わず多くの人が元気になったり自信を持ったりするということがまず一つかなと。特に女性は自分のことを低く見たり自信がなかったり、夢が限られていたりすることがあるので、選手たちは男女平等をあまり意識していなかったと思うけれども、そういう使命を分かった上で魅せていくこと。さらに、サッカーの世界は性の表現や容姿のダイバーシティが認められている世界であり、みんながそれぞれ輝いているということを見せられたら、それで勇気をもらえる人がいるかなと思うので、そこを目指したいです。
福田 シンプルに、スポーツニュースやテレビ番組で5分でも毎週枠があること。1年経ったときに、それが定着していたら成功かなと思います。
――ありがとうございました!次回は「女性」という視点からお話を伺います!
(取材、編集 早稲田スポーツ新聞会 手代木慶、大滝佐和)
(ア式蹴球部女子部 菊池朋香)
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◆小林美由紀(こばやし・みゆき)(※写真右)
WEリーグ理事兼リーグと選手の調整を行う「理念推進部」の部長。スポーツ科学部非常勤講師。筑波大学4年次に茨城県初の女子サッカーチームとなる「筑波大学女子サッカークラブ」を設立。在学中にアメリカ留学を経験し、日本の女子サッカー界が発展途上であることを実感。帰国後は関東大学女子サッカーリーグや社会人チームである「つくばFC」を設立した。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのマネージャーを務めるなど様々な立場で女子サッカー界の発展に貢献している。
◆福田あや(ふくだ・あや)
2008(平20)年スポーツ科学部卒業。神奈川・湘南白百合学園出身。ア式蹴球部女子部コーチとして指導者の道に。インカレ2連覇達成後、益城ルネサンス熊本FC監督を経てノジマステラ神奈川相模原アカデミー監督就任。さらに同トップチームコーチとしてなでしこ1部昇格、皇后杯優勝に貢献。合同会社Wetanz代表をしながら2020年度からア式蹴球部女子部監督を務める。