【特集】野球部初の女子マネジャー・藤田南 切り拓いた伝統をつなげる最後の早慶戦へ

野球特集

 野球部史上初の女子マネジャー・藤田南(人4=埼玉・開智)に卒業の時が近づいている。入部以来、新たな風を吹き込み、伝統をつくり上げてきた藤田。大学生活最後の早慶戦を前に、早大を目指す原動力となったその原体験、野球部で活動する際に抱いた葛藤、4年間の活動を終えつつある今思う事などについて伺った。

タッチの浅倉南ちゃんから南

――自己紹介をお願いします

藤田南です。出身は埼玉県で、開智高校出身です。小学校から開智で小中高と計12年間ずっと通っていました。開智は少し特殊な学校で、小1から高3までの12年間、普通だったら 6年、3年、3年と別れているかと思うのですが、開智では各カテゴリー4年ずつという不思議な別れ方をしていました。同じ学校に12年間いたので、小1から高3までメンバーはほぼ同じで、中3の時に中学受験で入ってきた子たちと合流するんですけど、それ以外は同じという不思議な学校に通っていました。なので、早稲田が2つ目の学校みたいな感じです。好きな食べ物は火の通ってないものが大好きです。お魚もお肉もできるだけ火が通ってないものが好きですね。一番好きなのは馬刺しです。

――おすすめのお店はありますか

田無に住んでいるんですけど、田無の「毎日ホルモン」という焼肉屋さんがおいしいです。そこのハツ刺しはおすすめですね。他に田無だったら「喫茶、」というお店にも行きます。ケーキとかが美味しくておすすめです。

――お名前の由来は何ですか

いろいろあるんですけど、父がずっと野球に携わっているので、女の子には南ちゃんがいいと父が思っていたみたいです。タッチの浅倉南ちゃんから南をつけてもらいました。

――タッチを読まれたことはありますか

持っていますね。小学生低学年ぐらいの時に読みました。

――好きなキャラクターはいらっしゃいますか

タッチ自体が涙あり感動ありといった感じで、登場人物は全体的に好きです。その中でも、柏葉英二郎というすごく厳しいコーチが出てくるんですけど、そのコーチも最初は意地悪なのかなと思って読み進めていくと、全然そうじゃなくて、結構本当に熱いコーチで。登場人物の全員が憎めない人っていうところが自分の好きなところです。

野球が好き

――オフの時間は何をされてるのでしょうか

チームのオフの日は月曜なのですが、リーグ戦期間だと試合があったら神宮球場に行かなければならないので、オフ自体があまりないです(笑)。ただ、オフの日は今は家族と離れて自分も寮生活をしているので、家族と過ごすことが多いです。弟が高校2年生で野球をやっているので、弟の練習や試合を見に行くことがあります。弟は専大松戸という千葉の学校で野球をしているんですけど、ZOZOマリン(ZOZOマリンスタジアム)とかにも行きますし、この前は習志野高校まで弟の試合を見に行きました。弟の試合を見に行くときは、父と母と見に行ったりします。

――やはり野球が大好きなんですね

野球が好きだからというのもあります。ただ、弟が5個下で一緒に住んでいた時は喧嘩ばっかりだったんですけど、 離れているとやっぱりお互い、みたいな(笑)。モチベーションになりますし、「今日頑張れよ」みたいな連絡を送りあったりしています。普段は連絡してもあんま返ってこないんですけど、私がリーグ戦で弟は試合でとかだと、早い時間で弟も向かってる途中だと連絡がつくので、お互いに「今日頑張ってね」みたいな、「あなたもね」みたいなやり取りはをしています。

――実家が埼玉県ということで、最初は通いで安部球場にいらしていたかと思います。両親の方々はどのような反応をされていましたか

やっぱり朝早くて夜遅い生活はしんどかったです。2時間かけて通っていました。最初は父も母も朝も一緒に起きてくれて、夜も待っていてくれたので、家族も4人5脚じゃないですけど、家族で一緒に頑張ってくれましたね。マネジャーになってからは近い方がいいということで引っ越しましたが、今も気にかけてくれるので、本当に優しい両親です。

――小宮山悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)は非常に熱い監督だと思います。印象的なエピソードなどありますでしょうか

私は試合中に監督の近くにいるわけではないですけど、学生コーチであったりキャプテンの話をよく聞いてくださっているのではないかと思います。それに監督は、早稲田大学の野球部が本当に大好きですし、監督自身がいた頃の野球部にプライドを持っていて、そこを今の野球部にも目指してほしいと思っていると思います。こんなにも早稲田に対する愛に溢れた監督はなかなかいないんじゃないかなという風には思います。今の話とは全然関係無いですけど、この前、自分が誕生日の時は「誕生日だったじゃん」みたいに言ってくださって嬉しかったです(笑)。グラウンド外ではすごい優しくしてくださる優しい監督です。

――金森栄治助監督(昭54教卒=大阪・PL学園)はどんな方ですか

金森さんはよくマネージャー室に来て野球の話をしてくださいますし、すごく選手との距離が近い助監督だと思っています。なので、結構選手たちも金森さんに積極的に話に行っているイメージもあるので、チームの雰囲気も良くしてくださっています。

――中継を見ていると、金森助監督が積極的に声を出している場面が目立ちます

すごいですよね。明大3回戦の日は、声を枯らして、ガラガラになるぐらいまで声出しをされていました。金森さんも六大学で一番熱い助監督なのではないかなという風に思います。

――選手の中で一番熱い方はどなたですか

やっぱり目立つのは新人監督の川内(脩平新人監督、スポ4=東京・八王子)ですね。あとうちの学年で言うと文珠(玄基、スポ4=神奈川・桐蔭学園)という一塁ランナーコーチだと思います。文殊はやっぱり声がとても高く、特徴的な声が目立ちますね。フレッシュの時から他大学のマネージャーからも文殊の名前が出るぐらいで、当時はそんな聞こえるんだっていう風に思ってたんですけど、 4年生になっても声は健在で、みんなをすごいを勢いづけているんじゃないかなっていう風に思います。

――印出太一主将(スポ4=愛知・中京大中京)と吉納翼副将(スポ4=愛知・東邦)は藤田さん目線でどんな方ですか

まず、2人ともすごくおおらかで優しいです。 自分は入部当初は1人だけの女子でしたし、自分から話しかけられるような性格でもなかったので、 どうしようって思った時もありました。ただ、2人はよく「南、南」って話しかけてくれて、すごい優しい人たちでした。太一は昔からずっとキャプテンとキャッチャーをやっていて、本当にキャプテンシーがすごいある選手だと思います。みんながついていきますし、キャプテンを誰やるんだろうなとかを思ったことは、4年間で一度もなくて、太一がやるだろうってみんな思っていたと思います。本人はその重圧を4年間感じてきたと思いますが、本当に頑張ってくれていると思います。太一で印象的だったのは、3年生ぐらいの時にバッティングが好調だったので、「すごいね」みたいなことを言った時に、太一が「3割打てば評価される。ということは、失敗の方が多くていいということ。でも、練習とかで失敗した時は気にしちゃう人が多い。だとしても、そこは割り切って、どこかで3割成功させればいいんだ」と本人が言っていたことが印象に残っています。だから、失敗してもいいというわけではないと思うんですけど、それぐらい自分を客観的に見ることができていて、大人だなと思いました。吉納は、ついに昨日(ドラフト会議で)夢が叶ったかなと思うんですけど、下級生の時からそれをずっと意識していて、どれだけ打ってもこんなんじゃまだまだみたいな感じでしたし、ハングリー精神を持っていて、本人の求めるものの高さは常に感じていました。印出と比較して喋る方ではないと思うんですけど、おそらくこういうこと思ってるんじゃないかなっていうのは見ていてわかりやすいタイプでもあります。

――印出主将の人の好さはどういったところに出ていますか

オールスターとかで他の大学の選手がいる時や神宮で六大学の野球教室をする時にも、いつも周りに人がいますし、他大学のマネジャーと性別関係なく喋ったりしていて、この間の他大学の女子マネジャーも「印出さんは話しやすい」みたいなことを言っていました。あんまり気を遣ってる感じを出さないし、こっちも気遣わずになんでも喋れるので、人とうち解けるのがうまいなと思います。夏の大学日本代表候補合宿でも、いろいろな人と話すことを大切にしたと言っていたので、やっぱりすごいなっていう風に思っていました。誰とでもすぐ仲良くなって、打ち解けることができていますし、それを他の大学の人からも言われるはすごいなと思います。

――吉納副将の印象的なエピソードはいかがですか

たくさん得点が入った試合で、吉納は全然打てなかったことがありました。試合後、吉納がすごく落ち込んでいて、「別に今日はみんな打ったし、翼が打たなかったから負けたわけじゃないんだからいいじゃん」みたいに言ったんです。それでも全然元気にならないし、「翼が出番の試合は絶対にある」みたいな感じで励ましても元気になることもなくて。そうした時に印出が自主練で「俺はお前が打つと思って、絶対に塁に出るから」(昨年は4番が印出、5番が吉納の打順だった)と言ったら、結構元気になったみたいです。あとは、普段から家族や応援してくれる人をすごく大切にしているイメージがありますね。母の日にホームラン打った時も、お母さんに嬉しそうに連絡していました。今自分がここまで来ることができた理由は自分一人の力だけではなく、いろんな人の支えがあるってことをすごく感じているからこそ、結果に対してもすごい貪欲になって、いろいろなことを追い求めていけるんだと思います。

ここまでやってくることができたのは先輩や同期、後輩の力があってこそ

――この4年間を振り返っていかがですか

あっという間でした。すごくあっという間で、なんでもかんでも早く過ぎる4年間だったなというのは強く思っています。その中で楽しかったこともあれば、それと同じぐらい大変だったこと、嫌だったり、しんどかったこともたくさんあった4年間だったと思います。

――4年間の中で一生忘れないだろうと思えるような体験はありますか

一生忘れないだろうなと思うのは優勝が決まって早稲田の選手が胴上げをするためにマウンドに集まっていたところです。秋にはそれを更新できると信じているんですけど、あの光景はすごく印象的でした。今までは昨春の明治戦や昨秋の早慶戦など、ずっと自分たちの試合で優勝を決めた相手が集まっているのをずっと見ていて。自分が高校生の時も強いチームでもなかったので、相手の喜んでいる姿を見る、目の当たりにすることしかなかったんですけど、大学で自分のチームが喜んでいる姿を目の当たりにして、これは絶対忘れないだろうなと思いました。今年の春はコロナ対策も解除された中での早慶戦でしたし、たくさんのお客さんが雨の中にも関わらず残ってくださっていて、こんなにも応援されるチームが自分のチームなんだ、これは本当にすごいことだなと思ったこともあって、この記憶は絶対に忘れないと思います。

――野球部初の女子マネジャーということで、リーグ戦前のスタッフ対談では、「何をなすにも初がついてしまう」と話されていましたが、「初」というものに対してどのように感じていましたか

私は負担には思っていませんでした。ただ、最初は軽視しているわけではないですけど、野球部初の女子マネジャーだからと言っても「そんなに大したことじゃないんじゃない」と思っていたんですけど、アナウンス1つするにしても、今まで早稲田はその仕事をやっていなかったので、「はい、やってください」という風にはならなくて。連盟や他大学の人に、「早稲田にもアナウンスをやらせてください」といった話をしたり、様々な手順や手続きが必要でしたし、大変なことも多かったです。ただ、前例がないことをしたのは自分ですけど、ここまでやってくることができたのは、先輩であったり、同期、後輩の力があって、実現することができたので、今も夢のように思う時もありますし、ふわふわした感じもあるんですけど、野球部に入ることができて良かったですし、嬉しいことでした。

――なぜ早大野球部に飛び込もうと思ったのか、その理由を教えてください

父が大学の野球に携わっている関係で、大学スポーツは小さい頃から野球に限らずラグビーやサッカーなどいろいろなスポーツを見てきました。それに加えて、祖父が早稲田大学出身というのがありました。早慶戦が自分の中ではすごく大きかったですし、一塁側から見ていて驚かされました。なので、大学生になったら野球部のマネジャーになるということは、小さい時からずっと決めていました。 その中で、大学野球の中心は神宮球場なので、神宮球場でやれる大学に入りたいなと。さらには土日の神宮球場を使えて、球場を満員にできるということで、早稲田大学を目指しました。なんで慶大じゃないのというところは、祖父が早稲田だったので、私もおじいちゃんの後輩になれたらいいなというのもあって、早稲田の野球部を目指そうと思いました。

――藤田さんが女子マネジャーとして入ってきて、この3年半の間に何人か女子マネジャーも入ってきたかと思います。このことはどういう風に受け止めていますか

最初は正直100パーセント嬉しいと言う感情ではありませんでした。1人目の私にとって苦しかったこと、辛かったこと、大変だったことは、2人目、3人目に違うしんどさがあるとは思いますけど、おそらく味わないし、知ることもないんだろうなという風に思うとマイナスの感情が生まれたこともありましたし、落ち込んだこともありました。そういう時に、1個上の清水大成(令5スポ卒=現東邦ガス)さんが結構気にかけてくださって、話を聞いてくれました。ご自身の話も交えながら丁寧に話しをしてくださって、その話の中で自分の考え方が子供だったと思いましたし、以降は切り替えてというか、それぞれやることも違えば学年も違うので、マイナスな感情を持つようなことは無くなりました。

――藤田さんが感じてきたしんどさや女性が野球部に入るというところのハードルの高さは下級生の方々はそもそも経験として持っていません。彼女たちに伝えたいことやこれは忘れないでほしいことはありますか

もう今もう十分頑張ってくれているので、業務内容については無いかなと思います。ただ、自分の心に残っている言葉として、早稲田の野球部において個人は1時代の1部員や1選手に過ぎないというのがあります。私たちの役割は今までつないできたものを将来につないでいくっていうだけです。決して「だけ」ではないですけど、ずっと続いてきた組織の一員というところは間違いが無いですし、自分がつないでいく1人だという認識は大切にしてほしいと思います。昔から変わらないでいるっていうのもすごい大切で、変えないところは変わらないまま受け継いでいってもらいたいなと思いますし、新しくして良い方向に行くこともあるので、それはそれで新しいかたちを作ってもらえたらいいと思います。

アナウンスには自信がある

――マネジャーとして気を付けていることはどのようなところですか

まずは業務が円滑に進めばいいなという風に思っています。自分が気をつけているのは、マネジャーはやはり真面目な子も多いので、1つのことに集中してしまう子も多いんですけど、それはそれとして、できるだけいつも前向きに、どんな時も変わらずにいるっていうのは心がけています。

――早大は学生主体の運営が特徴ですが、1年時の当時主務であった鈴木隆太さん(令4教卒)とはお話があったのでしょうか

お話はありました。今も大学で働かれているので、お話させていただく機会がかなりありますし、こういうことをやったらいいんじゃないというお話は今でもいただきます。当時も隆太さんが他大学の女子マネジャーが何をしているのか他大学の方々に聞いてくださっていて、これやったらいいんじゃないみたいなことをたくさん提案してくださいました。なので鈴木さんが提案してくださったものに対して、私がこうした方がいいと思いますと言って、実際どうしようかっていうのを一緒に進めてくださいました。

――特に頑張った仕事はありますか

自分は広報担当だったんですけど、今までマネジャーが人数も少ないことに加えて、それまでは男子マネジャーしかいないっていうこともあって、あまり他大学みたいに華のあるSNSではなかったんです。そこで、画像を作るアプリを導入して、少しずつSNSも進めてきました。最初に私が入った時はインスタのフォロワーが5000人行くか行かないかぐらいだったんですけど、今1.3万人ぐらいまで増えたんですよ。増えるスピードとしても、すごい早いなっていう風に思っていて、ちょうど1万人も1年前ぐらいに達成できました。力を入れてきてすごい良かったんじゃないのかなっていう風には思います。

――2年以降は連盟の運営にも関わりましたが、振り返っていかがでしたか

連盟はかなり特殊な組織なんです。東京六大学の人が集まって運営をしていて、その日の連盟のメンバーと次の日の連盟のメンバーは、同じ人もいますけど、全く同じではないので。でもみんなやることは変わらないですし、他の六大学のみんなとも仲良くなれる、かなり不思議な場所です。私はホームページの速報の担当をしていて、2~4年生の固定の3人で務めました。どんな時も試合を一緒に見て、一緒に結果を打ち込む仕事です。自分も今までそのサイト見ている時もあった分、これもマネジャーがやるんだという驚きもありました。そういうのも全部、学生が主となってやるので、レベルの高いことなのではないかという風に思います。

――3年時まで優勝経験が一度もないという中で、どのような気持ちでしたか

いろいろな大学がある中、自分で強い思いを持って早稲田を選んだので、正直悔しい気持ちがありました。早稲田が一番格好良いチームだと思っていましたし、絶対に優勝できるはずだと思っていたにも関わらず、慶大、明大に優勝をずっと取られていて、負けてられないなと思っていました。自分がここを選んで入ってきた以上、負けるなんてありえないと思ってはいました。

――神宮球場で早慶戦のアナウンスを担当してきましたが、負け試合を見ているときに悔しさはありましたか

悔しかったですね。3年生の時は2回とも日曜日で、2回とも土曜日勝っていて、これで自分のアナウンスで勝ったら嬉しいなと思っていて。多分私がアナウンスの時の勝率はそんなに悪くないと思ってるのですけど、早慶戦では勝てていなくて、厳しいな早慶戦って思っていました。先ほどの話にも戻りますが、自分が早稲田に来て、負けていても他の大学に入ればよかったなって思ったことは全くなくて。早稲田で勝つことが、すごい意味のあることだと思っていたので、選手も悔しいとは思うんですけど、アナウンスをして負けるのはこっちも結構悲しくて。自分のアナウンスで勝てなかったなと思いながら、シンプルに悔しさがありました。

――アナウンスではどのような点に気をつけていらっしゃるのでしょうか

アナウンスは自分は結構回数をやらせてもらっているので、自信を持ってるところではあります。試合内容もすごい気になるんですけど、展開に合わせてネクストバッターズサークルの方を見るようにしています。多分バッターボックスよりネクストを見てる時間の方が長いですね。この展開なら代走が出るかもとか、チャンスの場面で次がピッチャーの打席だったら代打かもしれないと。自分がアナウンスをしているときは、隣に下級生が補佐役でいるので、背番号を見といてほしいと頼んだりしています。先の展開を読むのが大切になってきます。あと、自分のチームの選手は大体誰が出るだろうなと予想したりするんですけど、やっぱり相手はわからない部分もあるので、そこはよく見て対応する感じです。

――この大学のアナウンスするのが難しいなどはありますか

早稲田は難しいかなっていう風に思っています。選手交代でポジションが変わらずに、選手が代わるとかだったらいいんですよ。ただ、最近はあまりないですけど、ライトのところにピッチャー、ピッチャーのところにセカンドが入って、セカンドのところにライトみたいな交代があったので、他大学の人には「早稲田の交代ちょっとめんどくさいんだけど」みたいなことを言われたりはします(笑)。ただ、それを日々経験してしまっていると、あまり難しいとはならないですね。明大は東海大の付属校出身選手が多いので、校名を間違えられないなと思ったり、東大の選手の出身校は他の5校とはかなり違うので気を付けています。ただ、他大学の方からしたら早稲田も早実ではなく早稲田実業だったり、高校まで言わずに早大学院、早大本庄だったりするので、どこも難しさはあると思いますね。

優勝校を読み上げるドキドキ

―― 今年は最上級生としてチーム運営にも関与されたかと思います。同期の中原由伸主務(政経4=東京・早実)、神田航副務(文4=東京・早大学院)と最上級生として取り組んだ1年はどのような1年間でしたか

中原と神田が中心になってやってくれているので、大変そうだなとか大丈夫かなという時は助け船を出していました。まず第一に主務、主将、学生コーチの思い通りになればいいなっていうのがあるので、それの実現に向けて自分も貢献していくというスタンスでいました。

――新チームになっての春季オープン戦では大学生相手に負けなしでした。チームの状態はどのように見てましたか

今まで何回も、この試合勝ったら、あと1点入っていたらというのを多く経験してきた選手が多い中で、彼らが最終学年になったらどうなるかなと思ったいたのですけど、結構細かいところを厳しくやっているところをオープン戦でも見てきたので、不安はなかったです。印出主将の姿勢は本当にすごいと思いますし、同期たちがすごく頼もしく見えました。

――今のお話もありましたように、今年の早大の野球は本当に細部まで徹底されている印象があります。練習からチームとして細かく徹底されているのでしょうか

そうだと思います。他大学だとベースカバーがいなくて進塁されるみたいな場面もありましたけど、早稲田にそういうミスは無い印象です。印出にも「早稲田ってミスないよね」みたいなことを言ったら、「そこは練習で厳しくやってるから、うちはそういうのないよ」ということを言っていたので、そこの部分に対してすごい自信があって、いいなっていう風に思いました。

――その細部まで徹底された野球は、優勝というかたちで結果が出ました。優勝決定の瞬間はどのような気持ちでしたか

早慶2回戦は点差もあった試合なので、(今までの早慶戦と比べて)初めてそれほどハラハラすることもなく、このまま頑張れと思いながらの試合でした。ただ、先制されたのは慶応さんでしたし、序盤はやっぱり勝てないのかなと思っていたんですけど、みんながたくさん打って、雨にも負けずに試合を有利に進め続けて、すごいなっていう風に思っていました。最後は本当に緊張して、ドキドキで、ついにこの瞬間が来るんだって思いながら、焦っちゃいけないって思いながら見てました。

――閉会式でもアナウンスを担当されました。優勝校を読み上げる瞬間はどのような気持ちでしたか

すごく嬉しかったです。自分で閉会式をやるなら早稲田の名前でというのはずっと思っていたので、もうこの二度とないチャンスをつかむことができて良かったなと。去年の秋も勝っていたら早稲田を自分で読むはずだったんですけど、慶応に負けてしまっていて。何度も逃してきたチャンスをなんとかここでっていう風に思っていたので、本当に嬉しかったです。 ちょっとドキドキしました。噛まないようにと思いながらでした。

――今年リーグ戦の当番校は早大でした。運営していく中で難しさは感じましたか

運営していく中では、運営のメンバーの上級生はほぼ変わらないんですけど、下級生は変わる事が多いので、 特に春のリーグ戦は初めて連盟の業務に参加するマネージャーの子がいたり、秋の最初の方も初めての子がいました。学年が上の人が教えたりはするんですけど、教えることの難しさは痛感しました。当番校ということもあって、やることも少し多かったりもするので、その時も後輩にやり方を教えつつも、下級生が萎縮することのないように声かけることを心がけていました。

――大学野球では「秋に向けてチームが完成する」という言葉をよく使いますが、連盟も出来上がってきた感じはありますか

連盟では最後の総括の時間があって一言コメントを言うタイミングがあるんですけど、最近では3年生が総括をする時もあって、「4年生に心配かけないで引退してもらえるように」みたいことを言ってくれるので、 頼もしいなっていう風に思います。

――全日本大学野球選手権も東京六大学と東都が中心になって運営しますが、4年間で初めて早大も出場しました。その点いかがでしたか

結構大変でしたね。初めての全国大会で、結構みんなわからないことが多かったと思います。少し分かるとしたら、去年参加している自分と中原になるんですけど、自分と中原は運営に出ずっぱりでチームにはいられなくて。 全日本は1日に4試合あって、朝の6時から夜の10時ぐらいまでずっと球場にいなきゃいけないんです。寮に来る時間もほぼないので、LINEでこうしたほうがいいよと伝えていました。中原は神宮担当で、私が東京ドーム担当だったので大丈夫かなって思いながらいたんですけど、開会式の時とかも結構ケロっとみんな元気そうだったので、これなら大丈夫そうだと思っていました。

――早大の戦いぶりを見ていていかがでしたか

本当によく頑張ってるなっていう風に思っていました。全日本に限った話で言うと、リーグ戦の打撃の勢いはなかったんですけど、守備でどうにか1点を守ってみたいな感じでした。選手たちはリーグ戦とは全然違う試合展開だと思っていたのかもしれませんが、その中でもやっぱり底力を出して頑張っていたので、格好よく、勇敢に見えました。

――決勝の青学大戦を振り返っていかがですか

シンプルに悔しいっていうのと、早大にチャンスは結構あった中で、数少ないチャンスを活かしていた青学大と、たくさんあったチャンスをなかなか物にできなかった早大という展開になってしまいました。東都の生きるか死ぬかの展開で試合をし続けていた青学大には、ピンチのところでパワーが上がってるんじゃないかなっていう風に思わせる強さがありましたが、こっちは六大学を勝ち抜いて来ているプライドもありましたが、及ばずに悔しかったです。ただ、秋に向けてもう頑張るしかないと思いましたし、選手たちは日本一に向けて進んできてくれています。

――夏の期間については、強化や鍛錬というワードが様々な選手のインタビューで出てきました。夏の期間を経たチームを見てどのように感じましたか

キャンプは行かずに私は留守番をしていたのですが、練習時間も長く取っていました。自分がキャンプに行っていた時は日中に練習して終わりという感じだったんですけど、今年は夜間も体育館を借りて練習してるみたいなことを言っていて、「すごいたくさん練習するじゃん」と思っていました。帰ってきたら、すごく日に焼けていましたし、大きくなって帰ってきたので、これはやってくれるぞと。ただ、自分たちがいくら頑張っても、他も頑張っているので、強化期間はは必要不可欠なものなんだなという風に思ってました。

――夏の期間、チームとしての活動だけでなく、印出主将をはじめとして4選手が大学日本代表の活動に参加されました。帰ってきた彼らを見ていかがでしたか

行く前よりも帰ってきた後の方が自信があるように見えましたし、いろいろなことを吸収して帰ってきたように見えました。遠征の期間が長くて大丈夫かなと思っていたんですけど、結構タフに頑張ってきてくれて、それこそ山縣秀(商4=東京・早大学院)とかは今まで代表活動に参加する機会がなかったと思うんですけど、いろんな選手からいろんなことを勉強して帰ってきて。 他の3人も本当に何倍も大人になって帰ってきたような感じもしましたし、活動がすごい良かったんじゃないかなっていう風に思っていました。

本当に負ける気がしない、強いチーム

――ここから秋のリーグ戦の話に移らせていただきます。ここまでのチームの戦いぶりを見ていかがですか

強いなっていうのがまずあります。特に明大戦は負けたら自力優勝が消滅するというところで、明治も勢いがあるのを感じていました。1試合目は2点目が点の取られ方も良くなくて、明治が追い上げムードをつくっていたんですけど、そこを何とか食い止めて。こっちは初戦を勝って1勝のアドバンテージがある状態、対して明治は崖っぷちっていう状況で2戦目、3戦目を戦えたので、選手たちも余裕というか、自分たちはできるぞという気持ちはあったと思います。2戦目も3点取りながら追いつかれましたが、延長でも同点で抑えられていること、完全に流れが明治に行っていた7回にも3点しか取れなかったこと、長いゲームで負けなかったことがかなり大きかったと思います。1年生の時から明治は強いなというのがあるので、明治に1敗もしなかったというのは、本当に強いと思いました。法政との試合も山場だったんですけど、厳しい展開でも吉納が3ランを打ったり、本当に負ける気がしなくて、力強いチームだと思います。選手もビハインドで後半に入っても、このまま終わりはしないだろうっていう風に思ってるんじゃないかなと思います。

――早大には精神的に強いところがあるように思います

あると思います。やっぱり自信もあるところと、今まで粘り切れなかったところもしっかり踏ん張って、印出を中心に下級生の投手陣も粘ってくれています。その泥臭さやどういう形でもいいから負けないというのは、みんなが強く意識してるんじゃないかなと思います。

――早慶戦が控えていますが、チームをどのように見てらっしゃいますか

雰囲気も良いと思いますし、秋のリーグ戦は4年生の活躍が不可欠な中、印出中心に4年生の活躍が光ってるなという風にも思います。「11番だ」と監督がおっしゃっていたように、樹も背番号11がよく似合うようになっているのでチーム力は本当に高くなってきたと思いますね。私が1年生の時以来見てきた背番号11の中でも、一番格好良い「11」に樹がなるんじゃないかなっていう風に思っています。打撃陣も、みんなどんなピッチャーが相手でも対応しているようには見えるので、状態は良いと思います。慶応も絶対にこのままで終わるわけがないチームなので、早慶戦こそはという風に来ると思います。そこに私たちも負けずに、どんどん力で押していければいいんじゃないかなという風に思います。

――早慶戦で1人期待している選手を挙げるとすれば

やっぱりキャプテンの印出ですね。2年生の時からずっと試合に出て、ずっとキャッチャーをやっていて、本人はめちゃくちゃ大変だったと思うんですけど、すごくよく頑張ってくれています。他のチームのキャッチャーを見ていても、途中で代打で交代したりするのを見るんですけど、早稲田はずっと太一が守っているので、本当にすごいなと思っています。早稲田のキャプテンとして、精神的な支柱にもなっていると思うので、最後に太一が良い形で、この後の神宮大会があることは信じているんですけど、とりあえず秋のリーグ戦のヒーローになって締めくくってくれたらなというと思っています。

今の野球部を見て将来マネジャーになりたいと思う子がいるような早慶戦に

――藤田さんは今年の秋で野球部を離れるかたちにはなりますが、来年のチームに期待することは何でしょうか

下級生で今試合に出てる選手とかも多いので、彼らがどういった活躍を見せるかも楽しみですし、 印出や吉納、山縣や梅村(大和、教4=東京・早実)といった打線と守備の軸が抜けるので、誰が次のニューヒーローになってくるのかなっていうのもすごい楽しみにしています。去年は熊田さん(任洋、令6スポ卒=現トヨタ自動車)がショートを守っていて、そこに山縣が入って活躍したように、絶対に誰かヒーローが出てくるので、競争はすごいしんどいと思うんですけど、1ファンとして誰が出てくるのかなっていうのを楽しみにしています。

――来年注目してほしい選手は

小澤周平(スポ3=群馬・健大高崎)ですね。結構仲良く話してくれたりしますけど、多分小澤もこんなもんじゃない力を持っていると思うので、頑張ってほしいです。1年生は新2年生になると、今投げている安田虎汰郎(スポ1=東京・日大三)や髙橋煌稀(スポ1=宮城・仙台育英)がどれぐらい強くなるのかなとか、新3年生の投手陣も楽しみです。良いピッチャーが多くいるので、誰が先発するんだろうっていうのもワクワクします。

――今のチームに向けて一言お願いします

もう本当に学生野球最後なので、最後に笑っているのも私たちであってほしいっていう風に思います。なので、まずは早慶戦2連勝で、そこで1回みんなで喜んで、その後の神宮大会にみんなに連れて行ってもらって、そこで春のリベンジができたらいいかなと思います。

――藤田さんがマネジャーとして主に活動されるのも、残り約1カ月となるかと思います。意気込みをお願い致します

私は最後ですが、早稲田のマネジャーは今後も続いていくものです。私が小さい頃に見てかっこいいなと思った早稲田大学野球部の一翼を、今自分が担えているのは自分にとっては夢のようなことなので、すごく楽しいなって思っています。もう「早稲田の南ちゃん」でいられるのもあと1ヶ月ぐらいしかないので、今早稲田の野球部を見て、大学生になったら野球部のマネジャーをやって、ああいう風になりたいと自分みたいな子がこの後に現れてもらえるように自分も頑張りたいと思いますし、チームでも最後は一番良い結果で終われたらいいなという風に思います。

――最後早慶戦への意気込みをお願いします

絶対に慶応に負けるわけにはいかないです。自分が早稲田に入ったという選択は自分でいい選択にするしかないので。かっこいい早稲田大学野球部は早慶戦が一番みなさんに届くところだと思うので、早慶戦でそれを広められればなと思います。

ーーありがとうございました!

(取材・編集 林田怜空 写真 近藤翔太)