「本気で戦わないレースからは何も得られない」。箱根駅伝に携わるテレビ局や学生たちを細やかに描いた小説「俺たちの箱根駅伝」。今月24日に発売から1周年を迎える。弊会、慶應、立教、大東文化、中央の各スポーツ新聞部は、その執筆者である池井戸潤氏に取材をする機会をいただいた。傑作誕生秘話や作家ならではの視点など、貴重なお話を伺うことができた。
作品執筆にあたるお話を伺う中で、池井戸氏の学生スポーツに対する敬意が強く感じられた。当初、本作品は箱根駅伝に出場する学生ではなく、第1回放送のテレビ局の苦労をエピソードとして執筆する予定だったそうだ。実在する大学に焦点を当ててしまうと、その大学で真剣に箱根駅伝を目指している学生が不愉快に感じるだろうと、懸念していたからだ。しかし、フォーカスを学生連合に当てることによって、実在する学生を連想させずに書けるということに気づき、学生の心情描写も楽しめる作品に完成したそうだ。「スポーツを書くということは、本当は禁じ手の1つ。なぜかというと、実際に本気で戦っている箱根駅伝のレースの緊張感や感動は、その世界に浸った人しか感じられないからだ。そのことは重々承知の上で、本作品が箱根駅伝を楽しむ1つのきっかけとなれば。」と池井戸氏の言葉の端々に表れている、学生やスポーツへの敬意に心を打たれた。
また、筆者が特に印象に残っているお話は、「小説においての絶対的な瑕疵は、登場人物のキャラクターの破綻」という作家ならではの視点だ。読者が小説に感情移入できなくなってしまうのは、読み進めるうち応援してきた登場人物が、それまでの描写とはかけ離れた言動をしてしまう時だそうだ。作家は、実際に目の前にいる人物を描写するように、性格がぶれることなく人物を書けるかどうかが大切だと話してくださった。このお話を伺い、筆者自身がこれまで熱中できた小説やドラマを思い返してみた。確かに、登場人物が一貫したトレードマークを持っている作品に親しみを持っていることが多いように思った。今後、人物キャラクターが統一しているかどうかという作家の視点も持ちながら、小説やドラマを見ることも面白そうだと感じた。
快く取材撮影に応じてくださる池井戸氏
終始、気さくに学生とお話をしてくださった池井戸氏。江戸川乱歩賞、直木賞受賞と歴史に名を刻む文学界のレジェンドに直接お話を伺えた大変貴重な機会だった。改めて、池井戸氏、取材会を運営してくださった文藝春秋の方々にこの場をお借りして感謝申し上げたい。ぜひ本記事を読んでくださった皆様にも、「俺たちの箱根駅伝」を通して、年中いつでも箱根駅伝の臨場感を楽しんでもらいたい。(取材日時:2024年11月8日)
(記事 本田里音、取材 佐藤結、関口愛)