【連載】『令和7年度卒業記念特集』第63回 板垣慧/男子バレー

卒業記念特集記事2026

仲間と勝ち取った頂点の景色

 チームのために様々な仕事をこなし、支えてきた板垣慧(政経4=京都・洛南)。優勝をつかみ取る最後の1点を決めたのは板垣だった。チームを優勝へ導くという目標を掲げ常に尽力してきた4年間の活動を振り返る。

 中学時代にバレーボールを始め、早大への進学を見据え洛南高校に入学。バレーと勉強の両立を叶えられる環境で過ごし、入学を実現する。同じ高校の先輩である大塚達宜らと一緒にプレーすることに憧れ、早大バレーボール部の門を叩いた。

 1年次、憧れていた先輩と同じチームで活動する中で、与えられた仕事を全うし、チームのために尽くしてきた。練習が始まるより早く体育館に来て、練習中は大きな声を出しながら練習環境を整えた。しかし、早大は全日本大学バレーボール選手権で6連覇目を逃し、板垣は自分の無力さと辛さを味わった。

 2年次は秋季リーグ戦からスタメンとして出場する機会を得て、テンポの速いクイックでチームの勝利に貢献する。名だたる選手たちの中に混ざって一緒にプレーできたことは、板垣にとってとても嬉しい出来事だった。当時の4年生像は板垣に影響を与え、理想の上級生としての振る舞いとは何かを考えるきっかけとなった。

 「3年次はもがき苦しんだ時期」板垣にとって、そして同期にとっても苦しい1年間が訪れる。プレー面だけでなく、上級生としてチームを引っ張ることに苦戦。同期の前田凌吾が主将を務める中で、前田を支えることができるようにしなければならないと思いながらも、適切なサポートができず、チームがうまく立ち行かない。前田を支えることができず、チームも引っ張ることができていない苦しさを監督に涙ながらに吐露することもあったなど、苦悩した1年間。結果として早大は全日本インカレで優勝を逃し、板垣に後悔を残す。

 4年次を振り返って最初に出てきた言葉は「楽しかった」だった。同期との衝突や苦悩もありながら、全日本インカレで優勝するという目標に向け直向きに時間を費やした1年間だった。主務としても活動する中で他大学や他部活の人々とも交流し、様々なイベントの運営に携わる。選手としては秋季リーグ戦からスタメンとして出場。チームを鼓舞して盛り上げる声を出し、周囲とコミュニケーションを取っていくことを持ち味にして、前田とともに上級生としてチームを引っ張ることに努めた。器用にコースを打ち分けられる訳でも、高さがある訳でもないと語る板垣。その中で板垣が掴んだ武器は速いクイックだ。2年次から打ち続け、4年次の秋には注力して自分の強みにした。迎えた集大成の全日本インカレ、ここまで作り上げてきたチームの選手たちが躍動する。決勝では交代で出場した。チャンピオンシップポイントでトスを前田から託され、優勝を決めた。「バレー部で過ごしてよかったなっていう風に思える一本だった」最後の1点を自分に託した前田の思いを受け取り、前田への感謝が溢れた。

 同期は「家族」のような存在だと板垣は語る。苦しい時間を共有し、チームのために話し合いを重ね、一緒であればどんなことも乗り越えられる。大学4年間のバレーボールを通して、得たものはバレーボールの技術だけではない。信頼できる仲間とともに、組織の動かし方を学び、チーム作りに結びつけ優勝へ導いた。

 卒業後は一度バレーボールを離れる。早大で得た力を生かし、コミュニケーションを取りお互いの考えていることを意思疎通しながら、組織の一員として動いていく。1年目として踏み出す新天地で、一生懸命に努力を重ねていく。これからもその歩みは続いている。