勝つことだけに執着できた4年間
野球部出身、競技経験ゼロからのスタート。それでもチーム目標として「To Win」を掲げ、早大を頂点へと導いた小山知起(創理4=東京・早実)。主将としての激動の1年間と、漕艇部での4年間を振り返る。
早実高時代は野球部で鍛錬を積んだ小山。多くの観客に応援されながら試合することを夢見ていたが、高校最後の大会では新型コロナウイルスによる観客制限があり、思い描いていたような景色を見ることがかなわなかった。高校で野球に区切りをつけた小山は、大舞台を経験できる他のスポーツを探していた。そんな中、YouTubeで早慶レガッタの映像を見つけ、「ここに出たい」と一目惚れ。早大入学後すぐに漕艇部の門を叩いた。
4年次、主将に就任した小山がまず着手したのは練習量の抜本的な見直しだった。漕ぐ距離を格段に伸ばし、食事や就寝時刻にまで踏み込んだ厳しいルールを設けるトップダウン型の運営を徹底した。下級生が不満を漏らすことなくついてきてくれたことは、「全員が同じ方向を向いていた」証だったと振り返る。そして迎えた早慶レガッタ。入部のきっかけとなったこの舞台での完全優勝は、小山が誰よりもこだわり続けた目標だった。2年次に対校エイトで敗れた悔しさも胸に、16人の力を結集してつかんだ完全優勝の瞬間、込み上げてきたのは純粋な喜びだったという。

対校エイトで優勝を果たす(写真左から3番目)
7月下旬に行われた東日本選手権では、若手の勢いも取り込む形でエイトのメンバーを入れ替えて臨んだ。結果的にこのクルーがそのまま全日本大学選手権(インカレ)へと続くことになったが、4年生5人と2年生4人という構成は、コミュニケーション面での難しさも伴った。インカレの重みを知る4年生に対し、対校エイト初出場の2年生は萎縮しがちだったという。そこで小山が意識したのは、2年生に積極的に発言の場を与えることだった。練習メニューの立案やミーティングの司会を2年生が担うなど、主体的に関われる機会を積極的につくることで、クルー全体の一体感を高めていった。
そして迎えた最後のインカレ。新体制始動から、男子エイトの優勝は早慶レガッタの完全優勝とともにチームの悲願だった。しかし準決勝、早大クルーはほとんど自滅とも言える展開を演じ、1着ではあったものの、不安の残る出来となったという。翌日に決勝を控える中、小山は2時間ほどの追加練習を決断した。「疲労なんてそんなこと言ってられない」。それほど決勝への焦りは強かった。その夜にはミーティングを行い、バラバラになりかけた気持ちを再び一つにして、当日を迎えることができた。迎えた決勝の朝、調子は上々で緊張もなかった。万全の状態で臨んだ決勝、練習通りのレースを展開し、1500メートル地点で先頭に立った瞬間、「これは勝てる」と確信した。優勝の瞬間に込み上げたのは喜びよりも安堵だった。「厳しくしてきた分、結果を出せて良かった」。最後までついてきてくれた仲間への思いが、その言葉に凝縮されていた。

インカレで10年ぶりの男子エイト優勝を果たす(写真左から2番目)
同期には経験者が多く、技術面での差を痛感する日々が続いた。それでも小山が折れなかったのは、真面目に努力するという自分の取り柄を信じ続けたからだ。「同期や後輩に助けられた」——その言葉が示すように、小山の4年間は仲間なしには語れない。「勝つことだけに執着できた4年間」。利害関係なく、ただ勝利だけを追い求められたこの時間は、競技を離れた先でも小山の根幹であり続けるだろう。
(記事 長屋咲希)