人と馬と向き合って
4年の時には主将を務め、早慶戦優勝にチームを導いた船田大翔(商4=広島・広島城北)。馬術の魅力は、パートナーである馬と一緒に協力して成長でき、馬の周りにいる人たちとも交流できるところだと語った。そんな船田の馬術部としての4年間を振り返る。
大学入学後に何か打ち込めるものを探していた時、船田は馬術部と出会った。「もう亡くなってしまったが、アルピニストという馬の可愛さに惹かれて入部した」。後に担当馬となる馬との出会いが彼の競技人生のきっかけとなった。
馬術は馬あってのスポーツだ。馬に関係することは主に部員の仕事である。馬術部で学ぶのは競技中の技術はもちろん、馬のお世話の仕方や馬具の扱いなど。飛び込んでみた先は未知のことばかり。わからないことは教えてもらいながら、足りないものを賄ってきたと振り返る。なかでも、馬と1頭1頭向き合うことは下級生のころから船田が意識し続けてきたことだ。馬それぞれの個性に向き合い、自分が上手く乗ってあげることができれば互いに成長していける。そこが馬術の難しさであると同時に、魅力でもある。この姿勢は、得意種目である馬場馬術に対する向き合い方にも表れている。馬場馬術とは、競技場内で行う演技の正確さや美しさを競う競技だ。騎手は競技場の周りにあるマーカーに従って経路を進んでいく。「練習から本番まで同じ経路でやるので、対策を打っていける。馬の状態は違っても、経路が同じというところが練りこんでいける部分であり魅力だと思う」。練習から経路と馬に向き合い続けた船田ならではの視点だろう。
主将として過ごした4年生のシーズンは、全日本学生選手権(全学)出場と、馬場5課目Aで60%の得点率を取ることの2つを個人の目標として掲げていた。全学出場のためには関東学生競技大会(関学)で結果を出さなければならない。「自分としても部の認識としても、全学に出場できなければ馬を降りなければならないと思っていた」。船田はこの大会を自身のターニングポイントとして位置づけていた。背水の陣で臨んだ関学の馬場5課目A。船田は土壇場で全学への出場権を勝ち取った。それ以降自身の心構えに変化が訪れたという。「大きい試合で結果が出て主将としてもやりやすくなったし、自信になった。残りの半年間が充実したものになった」と振り返る。目標としていた全学への出場を果たした船田だったが、当の試合は今までで一番緊張したという。ぎりぎりの緊張感の中で結果を出すことの難しさや、馬の状態をキープすることの大変さを味わった。
それらの困難を乗り越えて迎えた最後の早慶戦。船田はとうとう目標としていた馬場5課目Aで得点率60%を達成した。

最後の演技で目標を達成した船田とココドロ
早稲田大学の馬術部には様々な人馬がいる。馬歴から目標とする場所までそれぞれ異なり、個性や得意種目も違う。そんな部が一丸となって取り組んだ早慶戦で団体優勝をする喜びはひとしおだ。主将として個性豊かな部員たちをまとめ上げるために、馬と同様ひとりひとりに向き合い、思いやることを大切にしてきたという。「自分は未経験から4年間やってきたけれど、4年生になって試合に出るようになってから少しずつ経験者たちの凄さや苦悩も見えてきた。両方の視点があるのが自分の良さだったかなと思う」と語り、次年度主将の中島妃香留(スポ3=茨城・水戸葵)に自分のやり方で主将をやっていってほしいとエールを送った。
言葉を発することができない馬と共に過ごすことは、相応の責任が伴う。「ちょっと足が熱いとか、体温が上がっているとか、その馬の異変は身近で触れている人しか気づいてあげられない」と船田は話す。最初の担当馬だったアルピニストは船田にとって忘れられない存在だ。一番長い時間を過ごした馬だったが、試合中に急遽亡くなってしまう。それ以来、馬に対しての責任の念を一層深く感じるようになったという。目の前の馬の命がかかっているという事実に向きあい、後輩たちにも伝えてきた。やはり馬術部員の競技人生は馬と密接に関わっている。練習馬として自分を育ててくれたと話してくれたのが、稲炭という馬だ。練習馬とは名前の通り、主に部員と日々の練習メニューを行う馬のこと。「練習のスケジュールやルーティンができたのは稲炭のおかげだし、自分を育ててもらった」という。

共に成長してきた船田と稲炭
そして、関学・全学・早慶戦と過酷な試合をともに切り抜けた、ココドロについても印象深いと話す。ココドロは総合馬として名高く、多くの結果を残してきた名馬だ。「全日本にも連れて行ってくれて、いろいろな景色を見せてくれた」と語った。船田はいずれの馬に対しても深い感謝の言葉で思い出を締めくくる。「日々しんどいなかでもパートナーである馬がいてくれたので乗り越えることができた。おかげで自分も4年間成長することができた。感謝の気持ちでいっぱいだ」と馬たちへの愛情を表した。
これから船田は馬術とは別の道を進む予定だ。留学先は奇しくもココドロのふるさとであるオーストラリア。舞台が変わろうと、馬術部での経験は船田のなかにしっかりと根付いているだろう。
(記事・写真 井深真菜 編集 田邉桃子、井深真菜)