【連載】『令和7年度卒業記念特集』第5回 笠井雄太/柔道 

卒業記念特集記事2026

僕にしか成し得なかった唯一無二の4年間

 早大柔道部で昨季主将を務めた笠井雄太(スポ4=愛知・桜丘)。チームを牽引(けんいん)し部の実績に大きく貢献する一方、個人としても都学生体重別選手権を2度制覇、昨年の講道館杯では3位入賞など、輝かしい功績を残した。主将としての責任と一選手としての挑戦を全うした笠井に、これまでの競技人生と今後について思いを聞いた。

試合に臨む笠井

小学1年生の後半、父の影響で柔道を始めた笠井雄太。愛知県東郷町の小さな町道場で腕を磨き、次第に「もっと勝ちたい」という思いが芽生え、小学4、5年生の頃から本格的に競技へ打ち込むようになったという。

転機となったのは小学6年時の県大会での敗北。悔しさを胸に刻みながらも、学業との両立を志し、文武両道を掲げる桜丘中学・高等学校へ進学した。高校1年で東海大会を制するなど早くから頭角を現していたが、高校2年時、冬の全国選手権はコロナ禍の影響で県大会が中止となり、出場の機会すら与えられなかった。「最後の夏こそは」。その思いを力に変え、高校最後のインターハイで悲願の優勝を果たす。監督が涙を流して喜ぶ姿を見て、「自分一人では成し得なかった」と実感した瞬間だった。

さらなる成長を求めて上京し、文武両道の精神を貫き早稲田大学へ進学。柔道において、いわゆる強豪校ではなかったが、柔道に打ち込む者もいれば、他分野に挑戦する者もいる――多様な選択を尊重する環境は笠井にとって新鮮だった。しかし1年目は東京での新しい環境への適応に苦しみ、2年時も個人戦で初戦敗退が続く。インターハイ王者としての期待、そして「早稲田に行ったから落ちた」という心ない声。葛藤の中で練習を見直し、仲間とともに体づくりに励んだ。その努力が実り、都学生体重別選手権100キロ超級では2年生ながら見事優勝を果たす。

都学生体重別選手権大会(2025年)の決勝に立つ笠井

3年時には肩の怪我に悩まされ、不完全燃焼の日々も経験した。転機となったのが1つ下の階級への変更だ。技での決着が多い100キロ級への階級変更は以前から検討していた。しかし、階級を下げて実績を残すのは難しいといわれる中、すでに超級で実績を残していた笠井にとって、その決断は容易ではなかった。迷いの末に決断を後押ししたのは、個々の挑戦を尊重する早大柔道部の存在だった。柔道部のサポートのもと、100キロ級で挑んだ都学生体重別選手権で2年ぶりに優勝。昨年の講道館杯では3位に入り、「やり切った」と胸を張った。

講道館杯の表彰式後の笠井(柔道部提供)

4年時には主将を自ら志願。「自分がやらなければ、チームを本気で考える機会はないと思った」。一選手としての成長だけでなく、チームのために何ができるのかを自ら考え、リーダーシップを磨きながら部を牽引(けんいん)した。

早稲田での4年間は、柔道を軸に視野を広げることのできた時間だったという。「仲間やOB、家族の支えがあったからこそ成長できた。僕にしか成し得なかった唯一無二の4年間」。社会人となる今後も柔道を続ける笠井は、培った経験を生かして“クリエイティブ”に競技へ向き合う覚悟で、さらなる高みを目指す。

早慶戦後の4年生の集合写真

挑戦を続ける早大柔道部は、活動を支えるスポンサーを募集している。

(記事 上田浩誠 写真 柔道部提供、吉田陽南子、上田浩誠)