【連載】『令和7年度卒業記念特集』第16回 濵田一輝/卓球男子

卒業記念特集記事2026

仲間のために

 関東学生リーグ戦通算40勝、大学日本代表選出、全日学単複制覇ーー。大学卓球の最前線を走り続けた濵田一輝(スポ4=愛知・愛工大名電)は、「一生付き合っていくであろう仲間ができた」と充実感を持って4年間を語った。絶対的エースとして早大を背負い、コートに立ち続けた濵田の原動力とは、一体何だったのか。その言葉をたどりながら、これまでの歩みを振り返る。

 卓球一家に生まれ育った濵田。祖母が監督を務めるチームへ幼少期から出向き、気付いた時にはその手にラケットが握られていた。地元・高知でプレーを続け全日本カデット(13歳以下)で優勝すると、より高いレベルの環境を求め愛工大名電中へと転校。全国で名を馳せる選手たちとしのぎを削った。猛者ぞろいの名電学園で「なかなか結果が出ない。結果が出るかも分からない」という現実に直面しながらも、濵田は「頑張り続けること」をやめなかった。その努力が結実し、高2で全日本ジュニア優勝、高3ではインターハイ学校対抗5連覇を経験。足を動かしフォアハンドをねじ込む粘り強いプレースタイルで、高校卓球界にその名を轟かせた。

 その進路が注目される中、春のコートにはエンジのユニホームに身を包んだ濵田の姿があった。両親から言い聞かされてきた文武両道の信念と、現役引退後には教員になりたいという夢を胸に、早大への進学を決意。大学卓球の舞台へ足を踏み入れた。精鋭の集う名電学園出身の濵田にとって、異なるバックグラウンドを持つ部員たちとの練習は「新鮮で面白かった」という。実力に関係なく全員で努力する早大伝統の気風に触れ、「自分の思い描いていたチーム。こういうところで頑張りたいと思っていた」と心を弾ませた濵田。1年目から主力として活躍し、2年目からは徳田幹太(スポ3=山口・野田学園)とともに単複でチームをけん引した。

リーグ戦でプレーする濵田

 下級生時代からエースを務めた濵田は、「チームの中で自分が一番頑張る」ことを常に心がけていたという。実力者の濵田が誰よりも真摯に卓球と向き合う姿は、部員たちに大きな刺激を与えた。濵田がチームにもたらした活気は、3年目に最高のかたちで花を咲かせる。前主将・荒井和也氏(令6スポ卒=福岡・希望が丘)の下で成し遂げた、悲願の秋季関東学生リーグ戦優勝。チームのために力の限りを尽くしたエースは、その目に初めてのうれし涙を浮かべた。

試合後、徳田と抱擁を交わす濵田

荒井前主将を取り囲む部員たち。「一生忘れることのない瞬間」と濵田は振り返る

 歓喜の秋リーグを終え、満を持して主将に就任した濵田。初めての経験に難しさを感じながらも、「全員で強くなる」チームを目指し奮闘した。濵田率いる早大は、サポートメンバーたちの支えの下、夏のインカレ(全日本大学総合選手権・団体の部)で準優勝を果たす。さらには秋の総合団体(全日本選手権・団体の部)でも、実業団と激闘を繰り広げ準優勝。チームとして確かな成長の証を残し、濵田にとって学生最後の団体戦が幕を閉じた。どちらもあと一歩だっただけに、今でも心に残る悔しさを口にした濵田。それでも「あれだけ全力で魂込めて、自分の試合かのように声を出して応援してくれる仲間・監督・コーチがいて。あのコートに立てて、本当に幸せだった」と語り、早大を背負い続けた4年間を満足げに振り返った。

インカレ決勝後、悔しさをにじませる濵田

2年時のインカレで、ベンチにガッツポーズする濵田。4年間仲間の声援を背負い続けた

 総合団体から休む間もなく迎えた全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)。「なんとしてでもタイトルを取る」と意気込んだ濵田は、徳田とのダブルスで2年ぶりの優勝に輝く。さらには仲間からの声援を力に変え、ラストイヤーで悲願のシングルス初優勝。単複二冠の偉業を達成し、まさしく有終の美を飾った。「負けても終わりじゃない。やめてしまったら終わり」と苦しい時にも自らを奮い立たせてきた末につかんだ、念願の日本一。「本当にほっとした」と胸をなで下ろし、その背中を追い続けてきた後輩たちへバトンを託した。

シングルスで優勝を決めた濵田。その場に倒れ込み、喜びを噛みしめた

二度目の栄冠をつかんだ濵田・徳田組。名ダブルスとの呼び声も高く、在学中に数々のタイトル・賞を獲得した

 伝統の看板、主将としての責任、エースとしての覚悟ーー。多くと向き合い続けた濵田の原動力となっていたのは、支えてくれた仲間たちへの感謝だった。「普段から仲間と過ごす時間が好きだし、楽しいんですよね。だからこそ、一緒に時間を共有した人たちには良い思いをさせてあげたい」。その一心でコートに立ち、4年間チームのために足を動かし続けた。大役を全うした濵田が次に見据えるは、来たる2028年ロサンゼルス五輪。既に国際大会で爪痕を残し世界ランク二桁に到達している濵田だが、「本当の勝負はここから」と気合い十分だ。卒業後は「できるだけ長く卓球をやりたい」という思いから、主戦場を実業団へ移す。数十年後、長く続く足跡を振り返った時も、早大で過ごした日々は確かにその中で輝いているだろう。ここで出会った「一生付き合っていくであろう仲間」たちの存在は、濵田の足に宿り、次なる一歩を支え続ける。この先、濵田がどんな舞台へ進もうとも。

4年間をともにした同期たちと、代わって主将・主務を務める二人
左から徳田幹太、濵田、田村信吾副将(基理4=東京・早稲田)、玉田隼大副将(人4=兵庫・滝川)、中島爽太主務(スポ4=茨城・茗渓学園)、本田光汰朗(人3=神奈川・桐蔭学園)

(記事 三浦佑亮 写真 谷口花氏、梶谷里桜、丸山勝央、牧咲良、三浦佑亮)