【男子バスケ】4年生引退コメント 村上真白

特集中面

マネジャー 村上真白(商4=神奈川・日大高)

① 自己紹介

平素よりお世話になっております。商学部4年、マネージャーの村上真白と申します。

バスケットボール以外に胸を張って語れる趣味はありません。そのせいか、引退してからの数日間は驚くほど時間を持て余し、穴の空いたような日々を過ごしています。それだけ、この4年間をすべてバスケットボールに捧げてきたのだと、今になって実感しています。拙い文章ではありますが、私の4年間の記録として、最後までお読みいただければ幸いです。

② 今シーズンを振り返って

今シーズン、チームはリーグ戦優勝、インカレ準優勝という、歴史に残る結果を残しました。それ以上に嬉しかったのは、私が入部してから何度も耳にしてきたし、口にしてきた「応援されるチームである」という目標に、ようやく手が届いたと感じられたことです。会場に足を運んでくださるOBOGや保護者の方々、ファンの皆様の姿を見るたび、いつも胸が熱くなりました。このチームは、確かに誰かに愛される存在になっていたと思います。

少し個人的な話をさせていただくと、夏からのチーム編成で、私はBチームの担当となりました。周囲からは、悔しさを抱えているように見えていたかもしれません。実際、2年次に同じ立場になったときは、前を向くのに時間がかかりました。私の入部当初からの目標は日本一をとることであるのに対し、Bチームはその夢を直接追いかけられる組織ではなかったことで、自分の目標や存在意義を見失っていたからです。でも、今回は違いました。自分にしかできない役割だと捉え、本気で「このBチームを良くしたい」と考えていました。選手で唯一の4年生として背中で引っ張り続けた鴻と、Bチームに全力を注ぎ続けた晋太郎と大貴が近くにいてくれたことも大きな支えでした。

リーグ戦期間は、4年間で一番忙しい日々でした。白鷗大学から杏林大学へ移動したり、朝8時半から練習ののちリーグ戦のコンディショニングに入ったり。文字通り、生活のすべてがバスケットボールでした。それが心から幸せでした。今年Bチームで過ごしていなければ、ここまでバスケ漬けの日々はなかったかもしれません。ラストイヤーに、これほど真剣にバスケットボールと向き合う時間を与えられたことは、有難いことであったと感じています。

③ インカレの結果について

入部したときから変わらず、私の夢はこのチームで日本一を獲ることでした。その夢が、4年間で最も近い距離にありました。だからこそ、どうしても叶えたかったです。それでも、これまで雲を掴むような夢であった「日本一」を、現実として語れるところまで連れてきてくれたのは、間違いなくチームのみんなです。感謝の気持ちしかありません。

④ バスケ部に入部した理由

理由は一つではありません。高校時代にもバスケ部のマネージャーをしていましたが、何かを成し遂げたという実感を持てずに終わりました。チームが強くなかったこともありますが、それ以上に「自分は何を残せたのか」が分かりませんでした。そこで、日本一を本気で目指す環境に身を置き、学生最後の4年間を捧げてみたいと思い、大学バスケを選びました。また、興行としてのスポーツにも強い関心があり、ビジネスを学びながら大学バスケに関われる場所として、早稲田大学の商学部に辿り着きました。将来的にスポーツビジネスに携わりたいという夢は今も持ち続けています。

⑤ 入部当初の目標と今

個人としては、信頼されるマネージャーであること。チームとしては、日本一になること。これが入部当初に掲げた目標でした。自分では信頼を得られたかどうかはわかりませんが、選手や社会人スタッフに頼っていただいたり、仕事を任せていただいたりする度に、当たり前じゃない有難いことだと噛み締めていました。

チームとしては、結果としてインカレで優勝することはできませんでしたが、日本一熱い声援をいただいたチームだと感じていますし、間違いなく日本一最高なチームです!

だから過程も結果も全て否定したくない、大切にしたい思い出です。

⑥ 4年間で一番の思い出

3年次にコアメンバーとして運営した早慶戦です。早慶戦は開催の約半年前から準備が始まり、企画から当日の運営に至るまで、すべてを学生主体で考え、OBOGの方々とのミーティングを重ねながら形にしていきます。志賀、早稲田女子部の爲田、慶應男子部の江畑と4人で、毎日のようにZoomを繋ぎ、夜通し話し合いを重ねたあの日々が今では懐かしく感じます。

実際に取り組んだ内容は、本当に何もかもでした。大会の目標設定から、代々木第二体育館の確保や会場準備、パンフレット・チケット・ポスター・記念グッズの制作、さらには配信の実施まで、書ききれないほど多くの業務に関わりました。加えて、それらに必要な多額の費用を学生の手で集める必要がありました。協賛してくださる企業を探すため、スーツを着て営業に回る日々。何度断られても諦めるわけにはいかず、泣きながら早稲田通りの商店街を歩き回ったこともありました。笑 振り返ると、社会の厳しさを身をもって知った経験であり、同時に人の温かさに触れた時間でもありました。

結果として、4年間で最も多くの方にご来場いただき、席詰めの誘導が難しくなるほど会場は満員となりました。あれほど空席のない代々木第二体育館を目にしたのは、後にも先にもこのときだけです。大歓声の中でプレーするチームメイトの姿を見た瞬間、「この光景のために、ここまで頑張ってきたんだ」と心から思いました。あれほど強く心を揺さぶられる瞬間には、もう二度と出会えないと思います。

⑦ 最も印象に残っている試合

2年次リーグ戦1巡目の東海大学戦です。当時のチームは、水戸での3連戦で2連敗し、リーグを通してもなかなか勝つことができず苦しい時期が続いていました。私はBチーム担当で水戸遠征には帯同していませんでしたが、どうしてもじっとしていられず、先輩や同期と数名で、自費で水戸へ向かいました。その日の早稲田は、泥臭く、必死で、まさに「早稲田らしい」バスケットボールを体現していました。

また、同じくBチームを共に担当していた春日さんが、東海大学のスカウティングに夜遅くまで勤しんでいたところを近くで見ていました。応援席で絶えずセットのコールをしていた姿を鮮明に覚えています。当時ACであった森さんにとっても、在籍されていた6年間の中で初めての勝利だとおっしゃっていました。2部に降格してしまった年ではありますが、何も残らなかった訳ではなく、色んな人の想いが詰まった忘れられない一勝でした。

⑧ 同期へ

飽きるほど伝えてきたと思うけど、みんなのことが心から大好きでした。自分自身、たくさん迷惑をかけたし、みんなの良い一面も悪い一面も、何もかも見てきたと思います。それでも同期は、好き嫌いという言葉では説明できない、特別な存在です。

開幕9連敗を経験し、崖っぷちの末1部残留を果たした1年。入れ替え戦にも出場することができず2部に自動降格してしまった2年。2部リーグ優勝、1部昇格を果たした3年。そして、1部リーグ優勝を成し遂げ、インカレ決勝の舞台に立つことができたラストイヤー。山も谷も、全ての景色を一緒に見てきたのはこの11人だけで、何年経ってもきっと変わらず特別だと思います。

ひなは、親友であり仲間でありライバルであり、得意なことや不得意なことも真逆で、だからこそ一緒ならなんでもできる気がしたし、尊敬できる所がいくつもあって、でも負けたくなくて、いろんな感情をもらいました。助けられ続けた4年間でした、ありがとう!

⑨ 後輩へ

Aチームの3年生は、負け続けた時期を知っている最後の世代であり、だからこそ勝ったときの喜びは誰よりも大きいと思います。大学バスケは「4年生の想いが強いチームが勝つ」ならば、私たちが叶えられなかった優勝を、皆がきっと成し遂げてくれると信じています。

Bチームのみんなは、それぞれが個性や強みを持っていて、日に日に逞しくなっていく姿が誇らしかったです。みんながやれることなんてもう十分知ってるから、後はやっぱり、Aチームで活躍する姿を見せてほしい。

私自身、4年間で数多くの理不尽や、努力ではどうにもならない現実を目の当たりにしてきました。だけどそれと同じくらい、自分次第で変えられることも確かにあるし、目の前に転がっている小さなチャンスにどれだけ全力で飛び込めるかが大切だと感じています。

野心持って頑張ってください!心から応援しています。

⑩ 応援してくださった皆様へ

早稲田を応援してくださったすべての皆様、改めてこの場をお借りして感謝の気持ちを伝えさせてください。本当にありがとうございました。今年の早稲田のバスケットボールは、見ている方にとっても、心が動くものになっていたと信じています。

そして4年間、どれだけ負けが続いても、負けるために試合会場に向かっている気すらするような日も、変わらず声を出して応援し続けてくださったOBOGの皆様や、早稲田を見るために会場へ足を運んでくださったファンの方がいました。その存在はいつもあたたかくて、チームの力となっていました。

これからは私も、そんな皆さんのように、このチームの背中を押せる存在でありたいです。たくさんの愛を、本当にありがとうございました!