早大生の胃袋を長年支え続けている「三品食堂」が、2025年で創業60周年を迎えた。早稲田キャンパス西門近くに店を構え、牛めし・カレー・トンカツの「三品」を組み合わせたおよそ30通りのメニューを提供している。
半世紀以上にわたり早大生を見守り続ける一方で、街の変化やコロナ禍といったあらゆる苦境を乗り越えてきた。その歩みを重ねてきた店主の北上昌夫さん(79)にお店の「今後」について伺った。<前編はこちら>

のれんから顔をのぞかせる北上さん
時代の流れを汲んで
ーー60年前はもちろんのこと、10年前と比べても早稲田の街は大きく変わりましたよね
昔は早稲田に長く住んでいる人が商売するケースが多かったんだけどね。高齢化の影響で、だんだんと外から入ってくるお店が増えてきた。フランチャイズのお店もあるし。
大学構内にもコンビニができたでしょ。最初は反対していたけど、時代というか。結局学内に施設がないと受験生は志望しない。新入生が入ってこなくて大学が潰れてしまったら、こちらも潰れてしまうからね。
やはり三品みたいなレトロなお店が少なくなって、街全体として綺麗になった。大学の校舎にもエスカレーターが付いたよね。そういう面では早稲田の街も変わってきた。でもそれは時代の流れであって、我々も嘆いてばかりはいられない。できる限り、それに対応していかなくちゃいけない。
近年はLINEスタンプの販売を始めた
現金を持っていない学生もいるので、うちもPayPayだけはできるようにしたんだけど。だから卒業生が訪ねて来た時は「三品でPayPayやってんのか」ってびっくりされる(笑)。そういうところもやっぱり対応していきたいよね。
「メルシー」の一時閉店
ーー昨年6月にはラーメンやオムライスで知られる、早稲田の食堂「メルシー」が当日に一時閉店を発表しました
いやびっくりしたよ。もうやめちゃうのかなと思った。そしたら復活して(笑)。この発表を見て、自分も「辞めるときはどうしようかな」と思っていた。事前に告知したら混みそうな気がするから、突然辞めたほうがいいと思って。閉店セールとして「全品百円セール」とかやりたいけどね。体が絶対持たない(笑)。

昔は一限がある学生に利用してもらったこともあるんだよね。朝9時ぐらいに開けて、夜は7時半ぐらいまでやっていた。その後、途中で1時間の休憩を取るようにして。そのうち社会科学部が夜間ではなくなったので、夕方以降の営業をやめました。いろいろな事情で、営業時間もだんだん短くなっていったよね。
今は午前11時30分から午後2時までの営業。でも朝8時から働いていて、明日の仕込みをやると夜9時、10時になる。もう俺も歳だしさ。これから先、10年も店を続けることはおそらく無理だと思う。
コロナ禍の苦境
ーー60年間を振り返って、特に経営が厳しかった時期はいつでしたか
やっぱり食材の原価が上がった時や、アメリカ牛がBSEで入ってこなかった時。あの時はどうしようかなと思ったね。売るものがなかったら話にならない。
ーー数年前にはコロナ禍で大学が休校になりました
もう最悪だったよね。だって学生がいなかったから。授業はすべてオンラインだったでしょう。あれが60年間で一番ひどかった。今まで経験したことのない危機というか。

北上さんがコロナ禍に制作したポスター(本人提供)
一斉休校が始まった2020年は、4月から2カ月間休業しました。そこで応援部OGの小暮美季さん(平29法卒)がECサイト「わせまちマルシェ」を立ち上げて、クラウドファンディングのようなシステムを考えてくれて。あれで結構助かったよね。三品も「食券にTシャツを付けて○円」という形式で販売させてもらった。あわせて寄付もいただき、なんとか苦境を乗り切れました。
ーーちなみに早大の昼休みは以前のほうが長かったですよね。その点も影響しましたか(約30年前に90分から50分に短縮)
それは大きいね。学生も教室を移動する時間が必要だから、街へ出て飲食店に並ぶと昼ご飯を食べる時間がなくなるよね。
あわせて、授業時間が90分から100分になった影響もあります(2023年より変更)。以前は入学式が終わると、数日後に授業が始まっていた。入学式、新歓、授業が流れるように続いていたから、学生も早い段階から街の店に足を運んでくれました。
ところが今は入学式が終わった後、授業が始まるまでに一週間空いてしまう。学生が街に出てくる機会が減るからこそ、地域にとっては一番痛手。大学には「なんとかしてくれ。一週間空けるくらいなら、夏休みを前倒しすればいいじゃないか」と伝えた。でも大学からは「新入生に余裕を持って準備してもらいたい」と言われて、なかなか動いてくれないね。
やっぱり「三品愛」
ーー本当は70周年に向けてのお話も伺おうと思っていたのですが、先ほどのお話をお聞きしていると…
70年? 難しいね。どこまでできるかな(笑)。体力の続く限りはやるつもりでいるけどね。でも店を畳んだあとは、少しは自分の好きなことをやりたいなと思うし。
マイヒストリーというか、自分の歩みを文章か何かにまとめたいと思っているんですよ。そういう時間が取れれば、という話なんですけど。そのためにも少し時間が欲しいなと思っていて(笑)。

ーー最後に、環境が目まぐるしく変わるなかで、60年にわたってお店を続けてこられた理由についてお聞かせください
やっぱり「三品愛」かな。皆さんが三品を愛してくれたからこそ続けられたのではないかなと思います。お客さんが全然来なくなってしまったら、やっていてもしょうがなくなってやめちゃうだろうし。でも長期休業の時は、お客さんが「まだかまだか」と待ってくれる。
経営者としては、生活のためにもなんとか努力して続けなければと思っていて。皆さんに好まれるよういろいろと変えながらもやっているつもりではいるけどね。それにしても、やっぱり皆さんが三品を愛してくれるからこそ成り立っていると思います。
(取材・編集 中村環為、写真 牧咲良)