戦争が激化した昭和18年10月16日。学徒出陣を前に行われた「最後の早慶戦」では、勝敗を超えて学生たちが互いを讃え合い、涙ながらに校歌を歌い上げた。戦場で再会を誓いながら帰らぬ人となった者も多く、この試合はまさに文字通り「最後の早慶戦」として語り継がれている。
その記録をまとめた書籍『学徒出陣 最後の早慶戦』が、クラウドファンディングを通じて復刊される。発起人は、当時慶大の捕手として出場した松尾俊治氏の孫にあたる中野雄三郎さん(平13慶大卒)。戦後80年、六大学野球連盟100周年を迎える節目の年に、家族三世代で「復刊プロジェクト」と題した保存活動を立ち上げた。

中野さんは「テレビの取材を受けたことをきっかけに、この本の存在を改めて思い出した。戦争を知らない世代が増える今、語り継ぐ責任を感じた」と語る。祖父・松尾氏は1980年に早大の笠原和夫氏と共著で書籍を出版。2008年の映画化を機に再版されたが、現在は絶版となっている。中野さんは「戦争を遠い話にせず、自分ごととして捉えてほしい。平和は当たり前ではなく、先人の犠牲の上に成り立っている」と訴える。
プロジェクトでは紙書籍の復刊に加え、電子書籍化やホームページでの恒久保存も目指す。若い世代にも関心を持ってもらうため、インスタグラム向けのショート動画も制作。再生回数はすでに2000回を超えた。「漫画化やオーディオブック、も構想中。スポーツを通して平和を考えるきっかけにしたい」と展望を語る。活動には、早慶両校関係者やスポーツ界、政財界からも賛同が寄せられている。保存会名誉会長の中野明子さん(旧姓松尾)は「祖父の遺志を受け継ぎ、次の世代に命の尊さを伝えたい」とコメントを寄せた。
中野さんは「早慶戦は敵同士ではなく、良きライバルとして互いを高め合ってきた。その精神があったからこそ、極限の戦時下でも最後の試合が実現した」と語る。そして「これは野球や早慶だけの物語ではない。日本の歴史として、平和の大切さを次の世代に伝える運動にしたい」と力を込めた。
クラウドファンディングは今年の12月21日まで実施予定。中野さんは「本を買ってもらうことが目的ではない。こういうことがあったと知ってもらうこと自体が大切」と語る。80年前の球児たちの想いが、現代の若者たちへ静かにバトンを渡そうとしている。

(取材、編集 植村皓大)