【特集】ワセメシの殿堂・三品食堂が歩んだ60年。脱サラして引き継いだ店主・北上昌夫さんの覚悟(前編)

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早大生の胃袋を長年支え続けている「三品食堂」が、ことし2025年で創業60周年を迎えた。早稲田キャンパス西門近くに店を構え、牛めし・カレー・トンカツを組み合わせた約30通りのメニューを提供している。開業から半世紀以上が経った今でも、昼休みには腹を空かせた早大生が後を絶たない。母親から店を継ぎ、現在は早大周辺商店連合会の会長も務める「三品食堂」店主の北上昌夫さん(79)にお話を伺った。<のちほど後編も掲載します>

帽子屋から食堂へ

ーーまず、創業前のお話をお聞かせください
いま早大戸山キャンパスがある場所に、かつては早大学院があって。その近くで父親が帽子屋をやっていました。お店の名前は早大の「早」に、早大学院の正式名称「早稲田大学高等学院」の「高」、それから食堂の「堂」で早高堂です。実は帽子だけではなく、文房具や襟章も扱っていました。

現在の店頭にも「早高堂さん」って書いてあるサイン(写真中央)があるけど、ちなみに誰のものか分かりますか?

1957(昭32)年あたりかな。道路拡張のために早高堂は立ち退きとなりました。そこで父親が「早稲田からは出たくない」と言って空き物件を探していたら、ちょうどここ(現在の三品食堂の場所)が見つかった。文房具屋さんが閉店して、引っ越す直前だったらしい。そこに手をつけて、帽子屋にしたんですよ。1960(昭35)年ごろの写真がこちらです。

学生が学ランを着なくなり、角帽もかぶらなくなって、帽子屋としては生活が立ちゆかなくなりました。そこで1965(昭40)年に店を畳み、父親が勤めに出たんですよ。その空いた場所がもったいない、ということで母親が食堂を始める。そしてできたのが三品食堂。それからはや60年、現在に至る(笑)。当時の私はサラリーマンをやっていましたが、1990(平2)年に退職して、お店を継ぎました。

このまま終わらせるのはもったいない

ーー会社を辞めるのはかなり大きな決断ですよね
大きかったよ。自分で築いた地位を捨てて、新たなところに入るのは非常に悩んだ。ただ、母親がお店を続けていけないかな、という年齢になってきたとき、三品の存在が大きく感じられて。現役の学生さんやOBからも愛されているのに、このまま終わらせるのはもったいないな、という気持ちになりました。会社の人事部長から「俺が店を手伝いに行くから、お前が会社に残れよ」とも言われた(笑)。けれども「自分で決断したことなので申し訳ありません。なんとかお願いします」と言って、最終的には円満退職させてもらいました。

最初は売り子を担当して。何年か経って、メニューの作り方や味付けも教えてもらい、三品の味を継承しようっていう感じになってきた。でも1996(平8)年に母親が亡くなりました。だから6年間しか一緒にお店に立っていないんだよね。6年間でいろいろ教えてもらって、なんとか独り立ちできるようになったんだけど。これを乗り切り、三品を引き継げて良かったなと思っています。

牛めし、カレー、カツライスで「三品」

 ――さまざまな選択肢があるなかで、創業時に牛めしを選ばれた理由を教えてください
学生はとにかくガッツリ食べるでしょ。だからまず「肉を使うのがいいね」という感じで。そしてなるべく無駄の出ないような、単純に作れるもの。そのようなことを考えて、牛めしを選んだようです。最初は牛めし一筋でいくつもりでしたが、牛めしだけだと飽きられる。それなら、学生さんはカレーや揚げ物も好きだから、カレーライスとカツライスを一緒に出そう、となった。3つのメニューになったので、「三品」食堂(笑)。

創業後何年か経って、カツライスを食べているお客さんから「ご飯の上にトンカツを乗せて、そのうえに牛めしのつゆをかけてくれない?」と言われて。で、つゆをかけてみたらそれが美味かった。すると母親が「試食会でもやるか」と言って、柔道部の学生を何人か呼んできて(笑)。そこでも評判だったのでメニューにしちゃった。

カツライスを作るとキャベツやトマトをつけたり、いろいろと手間がかかる。それは面倒だから、カツライスを出さなくなって。その代わりに「カツ牛めし」をメニューに加えました

「カツミックス」という、カツ牛めしにカレーをかけるメニューもできた。しょっちゅうカツ牛めしを食べている学生から「カレーをかけてくれないかな」と言われて試してみたら、甘ったるい牛めしのタレとピリ辛のカレーが妙にマッチしたので。それでメニュー化しました。「これミックスだね」って言って、提案した学生が命名したんだよね。それを考えたのが、当時野球部の鍛治舎巧(昭49教卒。現在は中学硬式野球チームの枚方ボーイズで監督を務める)。すごい人が考えたんだよ(笑)

60周年キャンペーン

実は今日、50周年記念のTシャツを着てきました。11月25日(火)からは60周年キャンペーンとして、記念のハンドタオル(以下の写真右)を配る予定です。

ーー来店した方全員にですか?
全員(笑)、800枚限定です。Tシャツやマグカップも作りました。それらは申し訳ないけど(笑)販売します。

※店頭に飾られていたのは長嶋茂雄さんのサイン(写真中央)。「親戚に長嶋さんの同級生がいて、これをもらってきてくれた。その左側は王貞治さんのサイン」とのこと。

(取材・編集 中村環為、写真 牧咲良)