勝負の世界の残酷さ、だからこその楽しさ
2024年10月、関東学生リーグ戦(リーグ戦)準決勝。決勝点を許し試合終了のホイッスルが鳴り響くと、RED BATS(早大ラクロス部男子の愛称)の選手たちはうつむき、ひざまずいた。無念の逆転負け。目標に掲げた日本一への夢が途絶えた瞬間、DF田中進士主将(商=神奈川・桐蔭学園)が感じたのは「勝負の世界の残酷さ、だからこその楽しさ」だった――。

青学大戦でボールを運ぶ田中
中学ではバスケットボール、高校ではハンドボールをプレーしてきた田中は、大学に入り「ゼロからもう1回日本一を目指せる環境は人生最後かな」と新たなスポーツを始めることを選び、ラクロス部に入部した。ラクロスは大学で初心者から始めることが大半なこともあり、スタートラインは横一線。競技への適応に苦労することもあったが、ライバル心が刺激される理想的な環境だった。先輩方にかけられた「日本一を目指せる」というフレーズを追いかけ、死に物狂いで部活にすべてを捧げた田中はAチームに定着。気づけば、主将として最後のシーズンを迎えていた。

早慶戦で悔しさをにじませる田中
新チーム「田中組」が始動し、目標に掲げたのはもちろん日本一。入部以来逃し続けてきた頂点の景色を見るために。過去の主将よりリーダーシップはないと自己評価する田中は、幹部陣一丸でチームを引っ張ることを意識した。そうして幕を開けたシーズンで、「田中組」は順調に勝ち星を積み重ねていく。リーグ戦前には「関東春の最強決定戦」で優勝を果たし、日本一への足がかりを得たように思われた。しかし、簡単にはいかないのが勝負の世界だ。リーグ戦は2位通過でFINAL4(プレーオフ)へ進出を果たしたものの、この過程では思わぬ苦戦を強いられた。漠然とした危機感を抱きつつ迎えた準決勝・明学大戦。ここにて、延長戦までもつれる激闘の末に「田中組」は敗れ、日本一への道が閉ざされるとともに4年生の引退が決定することになった。

明学大戦で敗戦が決まり、ぼう然とする田中(右から2人目)
勝ちたかった。しかし、120パーセントの力を出してあの結果だった。田中は明学大戦をこう振り返る。「いい試合ができて、引退試合としてふさわしい試合だったかなというふうには思いますね」。全てを出し切った田中にとって、今や後悔はなかった。そして下級生には、試合後にある言葉を伝えた。「4年間どんなに積み上げてきても、最後の1点の差で見える景色が変わる。努力量や実力が変わらなくても、負けた思い出として残ってしまうかもしれない。そんな残酷な世界を、それでも楽しんでほしい。本気で4年間やってギリギリのところで努力が報われない可能性があるのが、逆に楽しいんだぞ」。やりきった者にしか感じられない、重みのある言葉だ。選手たちをこんな気持ちにさせてくれるのが、田中が「最高の自己表現の場」と言い表したラクロス部という環境なのだろうか。

日体大戦で声を出す田中
「4年間を全て費やした価値はあったなと今でも強く思いますね」。満足気に振り返る田中は、ラクロスには大学で一区切りをつけ、今後はなんと格闘技へと挑戦することを明かした。「ラクロスで培ったゼロから積み上げる力を生かして、そっちで日本一を目指そうかなと」。彼のとどまることを知らないエネルギーを持ってすれば、これからも勝負の世界で活躍する姿は想像に難くない。楽しく、しかし時には残酷な世界の虜(とりこ)になった男は、これからどんな道を歩んでいくのだろう。
(記事 西村侑也)