楽しさを追い求めた先で
昨季、早大水泳部水球部門女子は、部の歴史に残る好成績を収めた。関東大学リーグ戦(リーグ戦)3位、日本学生選手権(インカレ)準優勝。それぞれ5年ぶり、8年ぶりとなる快挙である。だが、チームを悲願達成に導いた主将・奥田麗(スポ4=東京・藤村女)の心持ちは、決して穏やかでなかった。攻守両面で器用に泳ぎ回るプレースタイルとは裏腹に、苦悩も多い日々を送ったキャプテンとしての姿、そして競技人生12年間の軌跡を振り返る。
インカレ準決勝で逆転弾を放つ奥田
2つ上の兄の影響で、小学4年生の時に水球という競技を知った。ベビースイミングから水泳には慣れ親しんでいたが、チームスポーツの魅力に触れ、気がつけば水球にのめり込んでいった。中学時代まではクラブチームでプレーし、高校で名門・藤村女子へ進学。水球部のある高校、大学は限られる中で、様々な先輩に話を聞き、藤村女高から早大に入るというプランを早々に設計しての選択だった。こうして、3年間でJOCジュニアオリンピックカップなど全国レベルの舞台を数々経験し、理想を叶える形で早大に入学する。
近年の大学女子水球の大会では、秀明大、東女体大、日体大の3校が表彰台を独占する時期が続いていた。2023年のリーグ戦では、予選リーグで勝利した日体大に決勝リーグで敗れ、メダルを献上。同年のインカレでは、同じく日体大を相手に最終Pで競り負けるなど、毎年あと一歩まで迫りながらも4位の座に留まっていた。奥田はその頃を振り返って、『メダルが欲しかったし、先輩たちにメダルを取らせてあげたいという気持ちも強かったけれど、まだとにかく楽しみたいと思ってしまっていた』と率直に吐露する。チームの人数が10人台前半と少ないために部員一人一人の距離が近い環境の中で、大学以前と同じように純粋な楽しさで過ごした3年間だった。
インカレに出場する3年時の奥田
だが3年のシーズンオフ、突如として心境に変化がもたらされた。スタッフ陣から、新主将に任命されたのだ。元々、自らのことを挑戦的な性格ではないと分析する奥田。チームを見る俯瞰的な目やバランス感覚を買われての指名だったが、「自分にそんな能力があるわけない」と憂い、やっとの思いで受け入れた。しかし、その不安が止むことはなかった。奥田は、大学4年間で最も辛かった時期として、4年のシーズンイン直前を挙げる。本来の性格と主将という役職とのギャップに苦しみ、『こんなキャプテンで本当にいいのだろうか』と自省する毎日。練習に足を運べなくなる日もあったという。だからこそ、水球という競技がとにかく好きな自分を最大限に体現し、『全員で楽しむ』ことをチームの方針に据えるようになった。「楽しむことを一番に」。12年間変わらず抱き続けた自らの信念を、時に結果よりも優先するべきこととして周囲に浸透させていった。
こうして苦心した先には、楽しさだけでなく目覚ましい成果までもがついてきた。6月に行われたリーグ戦。早大は準決勝で敗れ、3位決定戦に進んだ。立ちはだかったのは、ここ10年公式戦での勝利が無かった東女体大だった。そんな強敵を相手に、前半で広げたリードを保ち続け、見事メダルを獲得する。さらに9月には、インカレの準決勝で再び東女体大と激突する。リーグ戦とは打って変わって一時4点差を離されたこの試合。前半は自身も『絶不調』だったと振り返り、『これで競技人生が終わるのか?』と焦った。全員で懸命に接戦まで持ち込み、迎えた運命の最終P。残り時間3分で同点弾を放ち、直後に連続得点を決め、チームを逆転勝利に導いたヒーローこそが、奥田だった。試合終了のブザーが鳴った瞬間、プールには大粒の涙を流す姿があった。あまりの無我夢中さに、試合直後ですら試合中の記憶が飛んでいたという。プールサイドに上がり、観客席に礼をした瞬間にようやく「本当に勝ったんだ」と喜びを実感した。
インカレ準決勝で勝利し、涙を流す奥田と駆け寄る選手たち
1年を通した快進撃の要因について奥田は、『ここ数年の積み重ねが実ったのだと思います。私たちの代は本当に頼りなかったのですが、1個上、2個上の先輩方の努力の賜物です』とあくまで謙虚な姿勢を貫く。その根源にあるのは、苦しみ悩んできたからこそ強まった、周囲への感謝だろう。『メダルを取らせてくれた後輩には、ありがとうの気持ちでいっぱい』『同期が一人も欠けなくてよかった』とチームメイトへの想いを語る言葉には、特に力が込められていた。
インカレの表彰式でメダルを授与される奥田
卒業後は選手を引退し、一般企業に就職する。今後はOGチームで大会に出場するなど、趣味として水球に関わり続けるつもりだ。『やっとただ楽しいだけの水球ができています』と話しながら浮かべた笑顔からは、水球への深い愛と、主将としての葛藤の痕跡が伺えた。結果的に、奥田の最終学年は苦しいことが多かったかもしれない。だが彼女が託した『楽しい水球』は、今日も所沢プールで練習に励む後輩たちの道しるべとなっていることだろう。
(記事 中村凜々子 写真 河邨未羽、中村凜々子)