【連載】ラグビー卒業記念特集『不撓不屈(ふとうふくつ)』第3回 小西泰聖

ラグビー男子

恩返し

 小西泰聖(スポ=神奈川・桐蔭学園)が早大で過ごした4年間、それは順風満帆だったとは言えない。1年生からチームの中核として試合に出場したものの、ここからだという2年目の終盤、小西泰は突然病にかかった。大きな試練を乗り越えていく小西泰の姿は各種メディアで取り上げられ、見る者を勇気づけた。そんな小西泰が再びラグビーと共に第2の人生を歩み始める。多くの壁にぶつかりながらも競技を続けようとする、その原動力は、早稲田ラグビーで過ごした4年間にあった。

 「僕がプレーする姿を見て何か感じてもらえるような、いい影響を与えられるような選手でありたいな」ーー。先月11日に東京・駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で行われたNTTジャパンラグビーリーグワンの試合。そこには浦安DーRocksのユニフォームを着た小西泰の姿があった。今年から始まったアーリーエントリー制度を利用し、大学4年生の中で最も早いリーグワンデビューを果たしたのだ。チームの一員として、また、一人のプレーヤーとして戦っている。病を発症していた当時の小西泰は、現在の自分の姿を想像することはできていただろうか。

1年時から赤黒に袖を通し、活躍を収める小西泰

 「突然突き付けられた終わりを、自分の中で受け入れることが難しかった」。2年時のシーズン終わりのこと。小西泰の体に異変が起き、後に小西泰は長い闘病生活を送ることになる。「大好きなラグビーを奪われた」、そんな考えが頭の中を占めていた。「熱中することもできなくなっていましたし、物事に対するあきらめもありました」。競争に負けたわけでもないのに、自分が周りよりも劣っているように感じてしまう。周囲からも自然と距離を置き、一人考え込む日々。しかし、そんな小西泰の心を支えていた背景には、ある一つの思いがあった。

 「あの場所に再び立つために」。大学1年生のとき、早大は『日本一』を手にした。その日、1年生ながら小西泰はリザーブとして起用されていた。ピッチからみた優勝の景色、そして部員全員で歌った『荒ぶる』は一生忘れられない思い出となった。あの日、目に焼き付いた光景をもう一度ーー。その思いが小西泰の中から消えることはなかった。「最後の最後に勝った人しかみえない景色をもう一度見たい」、強い思いを励みにリハビリを重ね、自分が試合に出ていなくても、チームの一員として協力できることを率先して行うことを決意した。

夏合宿の練習試合。相手のスペースをうかがう小西泰

 「めっちゃ楽しかったです。本当に自分はラグビーが好きなんだなと思いました」。2022年8月24日、菅平合宿にて行われた東洋大との練習試合。後半20分、小西は待望の復帰戦を迎えた。早大メンバーは拍手や歓声で盛り上げ、小西泰をフィールドに送り出す。その時の小西泰は体いっぱいにうれしさを表し、どこか幸せそうな少年の顔だった。この試合でゲームキャプテンを務めたCTB金井奨(人=群馬・太田)も、次のようにコメントを残していた。

 「600日弱ラグビーが出来なくてすごく悔しい思いをしていたというのを、近くで見ていました。その中で、今日のこにたい(小西泰)はプレー一つ一つを楽しんでいるように見えた。ケガ人が多くいる中で、そういった姿を見せてくれたことはチームのエンジンにもなりました」 。小西泰の早稲田ラグビーに対する熱い思いは、しっかりと仲間にも伝染されていたのだ。「プレーヤーとして『荒ぶる』に貢献できる立場に戻ってきた」、こうして小西泰は一選手として再び歩み始めた。

対抗戦復帰の日には、試合後メンバーが盛大に祝した

 そして関東大学対抗戦第3節の日体大戦、小西泰は再び赤黒に袖を通す日がかなった。「うれしかったですし、ずっと楽しかったんですよ。アップしている時から、ベンチにいる時から、ロッカーにいる時から、グラウンドでラグビーをしている時も全部楽しかった。ジャージーを着た時も、グラウンドに入場した時も、交代でピッチに入った時も、勝ってノーサイドの笛を聞いた時も、全部同じくうれしかったですし、特別な一日でした。すごいことが起こった一日だったなという印象です」。後日取材の時、全ての瞬間が幸せに変わったあの日の興奮を、小西泰はそう話してくれた。今の自分にできること、そしてやるべきことを継続することで、徐々にプレーの感覚を取り戻す。何事にも全力で取り組み、限界まで自分を試し続ける。こうして自身の体と向き合い、少しずつできることを増やしてきた。

 「僕が楽しくラグビーをやっている姿を見せることが、シンプルに感謝を示す方法」。今の自分は、ただラグビーが好きだからやっているわけではない。ラグビーが好き、その一心ではできないことを、闘病生活を経て身に染みて感じた。ずっとそばで支えてくれた家族、4年間を通してかけがえのない存在となった早稲田ラグビーの仲間、そして、自身の復帰を応援してくれたファンの存在。「こんなにもいろいろな人の支えがあってこそ成り立っている世界だったんだと、気づくことができました」。

 その中で、自分にできることとはーー。それは、競技を続け、応援してくれる人たちの期待を裏切らないことだった。「自分のプレー、結果や姿勢でラグビーの楽しさやすばらしさを伝えたい。それがラグビーに対する恩返しにもなる」。応援してくれる人の存在が小西泰の背中を押すきっかけとなり、社会人でもラグビーを続ける理由の一つとなった。同時に、たくさんのことに気づかせ、小西泰自身に多くの学びを与えてくれたラグビーというスポーツへの感謝も忘れない。

「1日でも長くラグビーを続けられるように」

 再び大学選手権決勝の舞台に立つことはかなわなかったが、当日はチームの一員として、試合前のアップでサポートに尽くした。波乱万丈な早大での4年間、小西泰はアスリートとしての終わりを見た日も、夢を諦めかけた日も、無力感に苛まれた苦しい経験も味わった。だが、長いトンネルをくぐり抜け、早稲田ラグビーで得た出会いを通して、小西泰はより一層輝きを放っている。

 「ラグビーが楽しい」、彼の言葉には何の陰りもない。グラウンドを駆け回り、楽しそうに楕円球を追いかける小西泰の姿が、そのことを証明している。「リーグワンで優勝したいです。1日でも長くラグビーを続けられるように頑張りたい」。今度は自身の姿が多くの人の光となれるようにーー。決意を新たに、小西泰の挑戦は続く。

(取材・記事 川上璃々、谷口花 写真 川上璃々、坂田真彩、谷口花、細井万里男氏)