【甲子園ボウル前日コラム】『早稲田のエースQB』柴崎哲平「七年間、早稲田のアメフトを背負ってきた男〜最後の挑戦〜」

米式蹴球

┃色々な人の思いを背負っている。

涙というものは我々の感情が大きく揺さぶられた時に流れるものだ。うれしい時は右目から、悲しい時には左目から流れるという。


「本当に色々な人の思いを背負っている」――。そう語るQB柴崎哲平副将(政経4=東京・早大学院)がこれまでに見てきた涙は、全て左から零れ落ちたものだったーーー。


2018年12月16日、阪神甲子園球場。呆然(ぼうぜん)とした表情で立ち尽くす背番号1の姿がそこにはあった。QB柴崎哲平(政経4=東京・早大学院)は日本一を懸けた戦いに挑み、またしても敗れた。かつてないほどに自身を追い込み、「勝てる」という自信もあったが、宿敵・『関学』の壁は高かった。甲子園ボウル最多の優勝回数を誇る関学大に試合をコントロールされ、20-37の完敗。高校時代と合わせて自身4度目の『関学』への敗北に、悔しさだけが柴崎の胸に積み重なった。

完敗を喫した昨年の甲子園。試合後の表彰中、柴崎は虚空を見つめた

┃誰よりもチームを勝利に導きたい。

甲子園での戦いを終えて間もなく、人一倍責任感の強い柴崎は「誰よりもチームを勝利に導きたい」とチームの副将に立候補。ディフェンスの中心を担うLB池田直人主将(法4=東京・早大学院)、DL二村康介副将(文構4=東京・獨協)と共に、自身はオフェンスの核として3人でチームを引っ張る覚悟を決めた。そんな柴崎がシーズン当初から懸念していたのは自身が最も深く携わるパスユニットだった。遠藤健史(平31法卒=現IBM)、高地駿太郎(平31先理卒)といった主力が抜け、頼りになるのはWRブレナン翼(国教4=米国・ユニバーシティラボラトリースクール)ただ一人。またゼロから新しいパスユニットを作り始めた。


春シーズンでは大きく苦戦を強いられた。どうしてもブレナンにパスが集まっていく中で相手のマークもきつくなっていき、思うようにパスが決められない試合が続いた。ブレナンが欠場した春シーズン最終戦の明大戦では14-26の敗戦。パスを連続で決められる場面が少なく、オフェンスのリズムがつかめず。柴崎も本来の輝きを失っていった。

春のROOTS BOWL明大戦でオフェンスのリズムがつかめず、下を向きベンチへと帰る柴崎

┃周りを頼るしかない。

柴崎はいわゆるポケットパサーだ。それ故に、一人で相手ディフェンスの猛攻を掻い潜ることは得意じゃない。自身でボールを持って走るのが苦手な早大のエースQBは、信頼できるレシーバー陣がいてこそ輝くプレーヤーなのだ。40ヤードは5秒1と速くも遅くもといったスピードだが、ロスを超えるとスピードが出なくなるという。関学大のQB奥野耕世のように一人で打開するプレーに対する憧れはあったが、「努力はしたけど走るのは向いてなかった。そこは仕方ない」と割り切り現在のスタイルに至った。走れない分、「周りを頼るしかない」と、自身の限界を認め、真摯に向き合ってきた。自分の弱さを認めてきたがあるからこそ、今の柴崎がある。

「ブレナンがいなかったら僕は普通のQB」と本人は語るが、決してそんなことはない。柴崎の左腕から放たれるパスはどれも一級品。短く鋭いパスの正確性はもちろん、長いパスも華麗な放物線を描き、味方にしか届かない絶妙な位置に落とす。小学校6年生から10年以上投げ続けてきた柴崎のパスとターゲットを見つける洞察力は、学生界で右に出るものはいないであろう。


QB歴10年以上の経験を生かし、これまでに数々のパスを通してきた

春シーズンではいまひとつ奮わなかったパスユニットだが、夏合宿などを経てWR伊藤裕也(国教4=埼玉・早大本庄)やWR小貫哲(教3=東京・戸山)らが大きく成長。昨年ほどの爆発力こそ欠けるが、確実性の高いパスキャッチで安定感のあるパスユニットを形成してきた。春はエースWRのブレナンに集まってしまいがちだったパスも、小貫が15回、伊藤も10回のレシーブを記録するなど、様々に投げ分けた。リーグ戦130回のパスキャッチに、9TDを奪ったレシーバー陣の支えもあり、関東大学秋季リーグ戦(リーグ戦)で、のパス成功率は目標としていた70%ちょうど。QBレーティングは181.1を叩き出し、リーグ戦のMVPにも輝く活躍を見せた。柴崎を中心としたパスユニットは昨年の1214ヤードよりも61ヤード多い1275ヤードを獲得。名実共に関東で一番のパスユニットとして、チームの2年連続となるリーグ戦全勝優勝に大きく貢献してみせた。


リーグ戦の法大戦で優勝を決め、喜びを爆発させる柴崎

その後、自身の出場こそなかったが、チームは東日本代表校決定戦で東北大を下し、日本一への挑戦権を獲得。ようやく、雪辱の舞台にたどり着いた。


┃全てをぶつける。

「これまで早稲田の歴史に何度も泥を塗ってきた」。柴崎はフットボール人生を振り返るときに、必ずといっていいほどにこの言葉を口にする。幾度となく挑んだ頂の舞台。過去4度も『関学』に敗北し、数えきれないほどの涙をその目で見てきた。数えきれないほど悔しい思いを重ねてきた。責任感の強い柴崎のことだ。自責の念に囚われることもあっただろう。しかし、度重なる敗北にも折れることなく立ち上がり、その度に大きく成長し、今や学生界を代表するほどのQBになった。だからもう柴崎に敗北は必要ない。


「七年間、早稲田のアメフトを背負ってやってきた全てをぶつける」。幾多もの思いを胸に挑む最後の甲子園。柴崎が流す涙は、きっと右目から零れ落ちる。


多くの思いを胸に、最後の甲子園に挑む

(コラム 涌井統矢)