『クールヘッド、ウォームハート』。今季BIG BEARSを率いる濱部昇監督(昭62教卒=東京・早大学院)にぴったりの言葉だ。ときに想像もつかない戦術でゲームをひっくり返し、ときにナイスプレーをしサイドラインに戻ってきた選手らを全力で称える。いまや常勝チームを支える指揮官は、このリーグ戦を通して何を感じ、何を見据えているのか。お話を伺った。
※この取材は11月19日に行われたものです。
「純粋に試合を楽しめていなかったということに気がついた」
ことしで4季目。集大成となる
――今シーズンここまでのチーム状況を振り返って、春に想定していたこととのギャップはありますか
正直、序盤はもっと楽な試合ができると思っていました。ただ、スコアで見ると中大戦のように首の皮一枚つながったような試合になってしまったので、トップエイトは戦力が拮抗していて厳しいリーグなのだと痛感しました。
――ここまでの出来に点を付けるなら何点くらいでしょうか
良いときも悪いときもあったので難しいですね…。平均すると6、70点くらいかなと。
――現在のチームの雰囲気はいかがですか
良いと思います。慶大に負けたときが本当に今シーズンの底だったと思うんですけど、そこから4年生がもう一度しっかりまとまってくれて。僕自身も少し考え方を変えてチームの活動に携わるようになり、良い雰囲気のまま法政戦を迎えられたと思っています。これを持続して日大戦、甲子園まで行ければ良いなと考えています。
――秋リーグを通して、チームとして成長した部分は
どこと言うのは難しい質問ですね(笑)。基本的に全員伸びていると思います。毎回の練習で常に成長し続けようと言い続けてきているので。序盤と比べれば明らかに伸びてきていますし、この先シーズンがもっと長くなればその分また成長するのかなと思います。
――逆に課題が残っていると感じるところは
やはりまだ精神的なところが幼いというところがありますね。良い試合をして喜ぶのは良いんですけど、それによってひたむきや必死さが少し無くなってしまったり。ただ、選手たちも必死にやればこの間の法政戦のように素晴らしい試合ができるということを分かっていると思うので、そういうものを次の成長の糧にしてくれればと思っています。とはいえ今週は少し気が緩みがちだと感じているんですけど、ずっと緊張感を維持するというのも難しいので、オンオフもしっかりやっていってほしいですね。
――リーグ戦で印象に残っている試合はありますか
慶應戦ですね。試合前からチームの中も少しゴタゴタしましたし、僕自身も試合後のインタビューでお話したと思うんですけど、コーチという立場で携わってきて今までで最悪の試合をしてしまったなとすごく反省をしたので。ただそこで負けたことによって色々なことに気づくことができたので、それは大きな収穫だったと思います。そういういみではチームが大きく生まれ変わるきっかけになったので、良い試合ですね。
――気づきというのは具体的にどのようなものでしょうか
単純に負ける悔しさ、勝つ嬉しさみたいなものです。僕自身それまでを振り返って、純粋に試合を楽しめていなかったなということに気がついて。慶大がうちに勝った時の表情を見て、きょねんの自分たちが肩を組んで紺碧(の空)を歌っていたのを彼らはこんな気持ちで見ていたんだなということに気がつきました。それを気づかせてくれたという点では慶応に感謝しています。負けたのはチームにとって良くないことではあるんですけど、あそこで自分自身も切り替えられたなと。
――このシーズンを通して一番成長したと感じる選手はいますか
もちろん全員伸びているので、比べるのは難しいんですけど、見ちがえるようにという意味では、この間の法政戦で良いプレーを見せてくれたQB笹木(雄太、法4=東京・早大学院)ですね。今シーズン序盤は良いプレーがなくて、なかなかチャンスにも恵まれていなかったんですけども、本来の彼自身のプレーとは程遠かったとはいえ慶応の終盤に良いプレーをしてくれて。そこから法政戦に向けて2週間、4年生としてチームを引っ張っていくんだという意識を持って、下級生とコミュニケーションを取りながらしっかりと準備をしてくれて、本番でもそれが良い形で出ていました。目に見えるような形で彼自身の壁をブレイクスルーしてくれたのではないかなと思います。
――QBを得意分野で使い分けるというスタイルは今後も続けていくのでしょうか
そうですね。今までは調子の良いほうを起用して、いけるところまでゲームを作ってという考え方だったんですけれども、笹木は笹木の良いところがありますし、坂梨(陽木、政経3=東京・早大学院)も坂梨なりの良いところがありますし。僕らの限られた戦力の中でベストを尽くしていくというのが理想だと思うので、全体のコーディネートをアレンジしたという感じですね。良い選手をベンチに置いておくのはもったいないので。2人の良いところを引き出しながらゲームを作っていければと思います。
――法大戦では攻撃のパターンがかなり多様になったように見えましたが
終盤に向けていろいろと準備はしてきていました。ただ、フットボールはどうしても相手を研究して準備をするスポーツなので、できるだけ手の内は隠しておきたかったんですけど、前回はもう負けたら終わりという状況で得失点差の関係もあったので、出し惜しみをしませんでした。せっかく練習してきたものを試合で出せなかったら選手たちにも申し訳ないので。法政戦は前半と後半、そして試合の終盤に向けて、いつもより綿密にプランを練って、出し惜しみをしないように準備をしてきたので、すごく多彩というか手数が多く見えたのではないかと思います。
――パターンが多いとプレーする選手の方々は大変ではないですか
自分がオフェンスのコーディネーターをやっているんですけど、基本的なスタンスとして、考え方を複雑にしないというものがあって。たとえばインサイドゾーンとかアウトサイドゾーンとか、パスも短いパス、ミドルパス、長いパスといろいろあると思うんですけど、使う技術やタイミング、ディフェンスの見方などをなるべく同じルールで展開できるように工夫をしています。選手は同じこと、シンプルなことをやり続けているんですけど、相手ディフェンスから見れば目先が変わって多彩に見えて、的を絞りにくくなるというようなことになるんだと思います。プレー数は多いんですが、こちらは体系や見せ方を変えているだけで、選手はあまり複雑な動きをしているわけではないです。今までやってきたことをそのまま出せばいいので。複雑に組んでしまうと教えるほうもやるほうも頭がこんがらがってしまうので(笑)。
――きょねんと比べて戦略に変化はありますか
きょねんの延長線上にあると思っています。ただ、チームとしての戦術というのも毎年成長し続けないと先を越されてしまうので、最初は昨年のものをベースにスタートしますけれども、そこからさらに進化しているんじゃないかと思います。戦術というのは追いかけっこのようなものなので。
――少し話題が変わるのですが、試合前にする願掛けやルーティンのようなものはありますか
僕はものすごく大事にしますね。本当に些末なことなんですけれども、勝ったときに自分が踏んだ手順というのを細かく再現していきます。それこそ着るものもそうですし、食べるものもそうですね。
「やるべきことはシンプル」
――次の日大戦についてのお話をお伺いします。ことしの日大の印象はいかがですか
日大はケガ人が多くて本来の力を発揮できていないという状況の中で、中大に黒星を付けられてしまって。そこから立て直してくると思ったんですけど、相手が法政という良いチームで、立て直しができずに負けが込んできてしまったのかなと。ただ、やはり個々の選手の能力は非常に高くて、おそらく関東でトップのレベルだと思います。上級生にケガが多くて若いメンバーが出ざるを得なかったりだとか、若いメンバーが技術的な部分や戦術的な部分をこなしきれていなくて結果が出ていないだけで、この2週間で化ける可能性もあると思います。若手というのは試合ごとに大きく成長しますし、この間の慶応戦も試合の最初と最後では違うチームに見えるくらいでしたし。また一回り成長したチームになってくるんじゃないかなと思います。決して油断はできなくて、僕らも今シーズンで最高のゲームができるように準備していかないと、足元をすくわれてしまうと思います。
――どんなところを重点的に練習していきますか
特にこの時期だからとか相手がどうこうということはなくて、プログラム通りにまずはフィジカル、次にブロックやタックルといった基礎的な部分、その上に相手をよく研究して精度の高いプレーをできるようになるというのがチーム作りのフィロソフィーなので、それはどの時点でも変わりません。やるべきことはシンプルで決まっているので、それをどれだけ高い精度でできるかにフォーカスしています。やりきったら最高の試合ができるということは全員わかっているので、シーズン終盤で疲れがたまってきて「ここが痛い」みたいなこともあるんですけど、どのチームも状況は同じなので、それ(最高の試合をすること)をモチベーションに頑張ってくれればと思います。
――ワセダのキーマン、またはキーになってくるポジションはどこでしょうか
やはりキャプテンの松原(寛志主将、OL、法4=東京・早大学院)ですね。実は慶応に負けた後に幹部や4年生に向けてお願いしたことがあって。シーズンに入るときに、松原は素晴らしい選手なんですけど少し不器用なところもあるので、それを全員で補えたらいいチームになるよねという話をしていて、そこをもう一度みんなが確認してほしいということです。シーズンの序盤、中盤と松原が頑張ってくれていたんですけど、それにおんぶに抱っこになってしまった幹部もいるんじゃないかという話をしました。最初に言ったように、誰しも得意な分野と不得意な分野があって、でもそれを補いながら同じところを目指すのが今年の幹部のスタイルなんじゃないかと。幹部を中心に4年生がまとまって、日本一を目指せるならまた一緒にやろうということを話しました。4年生がオフに集まってしっかりと意思の統一をして、やっていくという結論になったので、じゃあ一緒に頑張っていこうという形になりました。そこから法政戦に向けてスタートしたという感じです。ここから先、松原がもっとリーダーシップを発揮し引っ張っていけばさらに良いチームになるんじゃないかと思います。
――最後に今後に向けての意気込みをお願いします
いまチーム状況としては他力本願という風に言われていて、法政と慶応の試合結果を待たないといけない状況なんですけど、僕らは日大戦に勝つしかないので、この先はトーナメントだと思って一試合ずつ勝ち進んでいきたいと思います。ただ僕自身、みんなと一緒にフットボールができるということ、試合ができるのを楽しむことを忘れていたので、長くても1月3日まで、そこまで一日一日を楽しんでフットボールをしたいなと考えています。楽しんでいって、そのプラスなエネルギーで運も引き寄せられればというところです。ただ勝ちにいくのではなくて、法政と慶応の試合結果も巻き込んで、僕らの目指すところにたどり着けるというような、そういうモチベーションで試合に臨んでいきたいです。
――ありがとうございました!
(取材・編集 井上陽介)
日大戦も戦術に目が離せません!
◆濱部昇(はまべ・のぼる)
1963年(昭38)10月7日生まれ。東京・早大高等学院出身。1987(昭62)年教育学部体育学専修卒。試合前のルーティンは「良いゲームができたときと同じ手順を踏むこと」と話してくださった濱部監督。いくつもの激戦を乗り越えてきた監督が語ったその言葉に、思わずはっとさせられました。