「主将として」
2019年1月2日、東京・秩父宮ラグビー場で行われた全国大学選手権(大学選手権)準決勝。日本一を目標とする早稲田ラグビー、100周年目の挑戦が途絶えた。試合に負け、目に涙を浮かべる部員全130名を見て、チームを導いてきた前主将佐藤真吾(スポ=東京・本郷)の胸にあったのは悔しさだけではなかった。「今年良いチームだったなと実感していた」。試合に出られない人は23人を心から応援し、23人は応援してくれる人の想いを背負って戦う。テーマに掲げてきたそんな『ONE TEAM』を感じた瞬間だったのだろう。チームをまとめるため、ひたむきに努力してきた男の半生をたどる。
佐藤真がラグビー部に入部したのは本郷中学2年生時。体育祭の休み時間に遊びで蹴ったコンバージョンキックが決まったことに楽しさを覚えたからだ。同高校でも競技を続け、大学進学後憧れであった早大ラグビー蹴球部に入部する。早大には全国からトップレベルの選手が集まるイメージがあり、最後までCチームのままで終わるのではという不安を抱えてのスタートだった。しかし、そんな不安とは裏腹に2年時よりスタメンに定着。「2、3年の間は、どれだけ自分のパフォーマンスが上がるかを第一に常に自分と向き合っていて、周りに声をかけようとかチームをどうしようかとかは考えていなかった」と振り返る。
4年生になり、主将に就任。「やるからには楽しみたい」と気持ちを固め挑んだが、順風満帆な滑り出しとはならなかった。3年生まで試合でも練習でもあまり発言しない選手だったこともあり、「キャプテンとは試合に出て体を張ることで存在価値を生み出せる」と考えていた佐藤真だったが、春からパフォーマンスが上がらない。Bチームとして試合には出場できるけれども、キャプテンであるにもかかわらず1番の前線で戦えない状況を「すごくもどかしく、やりづらかった」と語る。そんな時、一人で抱え込みがちだった佐藤真の支えになったのは、前副将西田強平(スポ=神奈川・桐蔭学園)をはじめとする同期の存在だった。「お前はキャプテンに指名されたんだから」という言葉を受け、自分のやるべきことはどの立場になっても変わらないのだからキャプテンとしてしっかり努めよう、と心に決めた。その後は同期や下級生と意見を交わし合い、チームの雰囲気づくりや部員のモチベーション維持に注力。特に意識したのは、『ONE TEAM』だ。試合に出場するメンバーだけでなく、部員全員が一つのチームとしてまとまることを目指した。一貫した軸に沿った選択を重ねた結果、最初はバラバラだったチームが、徐々に同じ方向を向き始める。
主将として闘い続けた佐藤真
8年ぶりに白星を挙げ、新体制となったコーチ陣への信頼や自分たちへの自信を得た夏の帝京大戦、対して黒星が付き、ディフェンスの大幅なマインドチェンジのきっかけとなった秋の帝京大戦など、いくつもの試合を契機としてチームはさらに一丸となった。そして2018年12月2日。固唾をのんで伝統の一戦を見守る満員の観客を前に、堅守で宿敵・明大を下し、8年ぶりに関東大学対抗戦の優勝を飾る。勢いそのままに、大学選手権初戦も慶大を撃破。見事5年ぶりの『年越し』を遂げた。しかし、準決勝敗退。最終目標である日本一にはあとふたつ、届かなかった。優勝を逃した悔しさはもちろん、佐藤真には秋シーズンの全試合にフルタイムで出場することが叶わなかった一選手としての口惜しさもきっとあるだろう。だが、主将としては「これからいい『早稲田ラグビー』が作れるんじゃないかと期待できるような、来年につながる1年だった」と清々しい表情で振り返る。悲願達成はならずとも、本当に全員が心から23人を応援し続けたこと、『ONE TEAM』が達成できたことは、最後の試合後の全部員の涙を見れば明らかである。その結果として打ち立てた功績は、101年目の輝かしい一歩となった。
入学時から大学でラグビーをやめると決めていた佐藤真は、卒業後一般企業へ就職する。この一年で、自分の言動がチームに与える影響力を知ることで組織づくりを学び、人を見極める力やコミュニケーション力も身についた。その経験は今後フィールドを変えても生かされるに違いない。後輩には、部訓に『創造』『継承』とあるように「僕らの代の良かった文化を継承しつつ、自分たちの色を出しながら新しい『早稲田ラグビー』を創造してほしい」と願う。佐藤真に率いられ、5年ぶりに1月2日の舞台へ舞い戻った早大。大舞台を踏んだ経験を糧にできるか。後輩たちに、王座奪還への希望は託された。
(記事 山口日奈子、写真 成瀬允、小田真史)