今回の連載の最終回を飾るのは今季より早大の監督を務める相良南海夫監督(平4政経卒=東京・早大学院)だ。創部100周年を迎えるシーズンでの監督就任。果たして、10年ぶりの『荒ぶる』奪還へ向けて現在どのようなシナリオを描いているのだろうか。早大の現状、そして展望を伺った。
※この取材は3月23日に行われたものです。
「いい部分は伸ばしていきたい」
やわらかい口調で質問に答える相良監督
――監督就任にあたり、何を考えましたか
相良 あまり悩みはしなかったですね。僕も会社員なので、環境の変化に対して僕も生活があるので、そういうところが許す状況をつくれるかどうかは考えましたね。誰でもできる仕事ではないので、話自体に対してはポジティブに考えましたね。なので、(就任するために)どういう方法が取れるのだろうというのは考えました。
――昨季までのコーチ陣が多くチームに残留しましたが、この意図は何でしょうか
相良 それは脈々と歴史が積み重なってきているので。山下(山下大悟前監督、平15人卒=神奈川・桐蔭学園)が積み上げてきた部分で継承しなきゃいけない部分もありますし、僕が全部刷新しちゃうと一番困るのは学生だと思うので。ある程度学生のことを知っているメンバーがいるっていうのは僕にとっても心強いことなので。ただ、彼らも山下に乞われて来ているっていう面もあったので、監督が代わることで彼らがやってくれるのかどうかという話は一回させてもらって、力になれるならって彼らが言ってくれたので、残ってもらうことになりました。
――ということは昨季まで継続してきたことがベースになるのでしょうか
相良 全てではないですけど、いい部分というのは絶対あるはずなので、いい部分は伸ばしていきたいですね。ただ、OBとして見ていて足りなかったり、変えたほうがいいかなと思う部分については、今までいたコーチ陣とも話をすり合わせながらより良くしていく方向にもっていきたいと思います。
――過去にはトップリーグの三菱重工相模原ダイナボアーズ(三菱重工相模原)でも監督を務めていましたが、トップリーグのチームと大学で監督を務めるうえで違いはどこにあると思いますか
相良 僕がいた三菱重工相模原っていうチームは割と高校出身のメンバーとかも多かったんですよ。大卒の一流選手とかだけではなく。で、高卒もいて大卒もいてミックスされたチームでした。で、早大でも浪人してくるやつとか、トップで入ってくるやつとか。そういうことは親和性というか近い状況を向こう(三菱重工相模原)にいるときは感じていたので、そんなに違わないような気もします。ただ、思ったことはいろんなバックグラウンドがある人を一つの方向に向かせるっていうのは、社会人だから大人かっていうと必ずしもそういうわけではなくて、明大を出た人、早大を出た人、他の大学を出た人、高卒の選手でも花園出るような高校出た人や、はたまた無名の人とか。皆志の高さが違うということが結構あるんですよね。そこを同じベクトルに向けたり、同じビジョンを持たせるっていうのは社会人でも難しかったですし、そういうのができてきたときにチームが上昇していったかな、と8年間監督を務めましたけど、そう感じましたね。
――では共通している部分もあるのですね
相良 逆に三菱重工相模原で割と早大と近い部分というか、(選手の)バックグラウンドの色んな違いがある部分では似ているなと思いました。ただ、社会人の監督をやっていて1つ違うのは会社のために、このチームのためにというのは残念ながら早大に比べたら薄かったかなと。伝統のない社会人のチームだったので。大きな違いは、早大のようなところの場合、「早稲田でラグビーがしたい」という強い意志を持った上での色々なバックグラウンドを持った人が入ってくるので、そこの確認ってあまり必要ないんですよね。ただ、僕がやってた頃の三菱重工相模原の場合、「三菱でやりたい」という明確な意志というより、就職の延長線上みたいな選手もいるわけですよね。特に、高校生の場合は高校の先生に家庭の事情もあって就職だけどラグビー続けたいなら三菱に話をしてみるぞとかといって、ラグビーをやりたいという意思はあっても必ずしも三菱でやりたいと思ってきているわけではなかったんですよね。なので、先ほども言った通り、同じチームの目標やビジョンや行きたい場所だとかいうのを、共有する部分において入り口で差があったので、そこを一つにする部分は難しかったですね。
――また、2013年度から2年間早大でコーチを務められましたが、当時の状況と今を比べるといかがでしょうか
相良 まだ1カ月足らずで週末しか来ていないのでね・・・。なかなか難しいですけど、いい意味でも悪い意味でもいい子過ぎるかなと思いますね。「絶対赤黒を着たい」と思ってこのチームに来ていると思うので、そういう意味ではもっとガツガツしてもいいかなとは思いますね。
――先ほどのお話でも今のチームには足りない部分があるというお話がありましたが、現在のチームに足りない部分はどこでしょうか
相良 客観的に言えばディフェンス力は足りなかったかなとは思いますね。
――昨季までは『スクラム・チームディフェンス・ブレイクダウン』の3つにフォーカスしてきましたが、スクラムとブレイクダウンについてはいかがでしょうか
相良 スクラムはメンバーによって変わりますけど、ブレイクダウンについては良かったと思いますよ。そこはこだわりが出ていたなと思いますね。
『継承と創造』
新体制について話す相良監督
――きょうチームでミーティングをしたそうですが、どのような話をされましたか
相良 まずは目標の確認、大学選手権で優勝して、(試合に)出ているメンバーも出てないメンバーもみんなで秩父宮のグラウンドに降りて輪になって『荒ぶる』を歌いたいねという話をしました。次にワセダのラグビーってチームのミッションということで、ワセダのラグビーを観ている人に夢と感動を与えるっていうことを、僕らの時代にはミッションは掲げていなかったんですけど、そういうのを掲げているわけで、本当にまさしくそうだと。というのは、OBや校友の人が応援してくれるのは当たり前かもしれないけど、それ以外の人が競技場に足を運んでワセダのラグビーに何かを求めて観にきて、悔しかったり喜んだり、勇気をもらったり、何かを感じて帰りたいから観に来るわけであって。学生が好きなラグビーをやることで、早稲田ラグビーを見てくれている人に対してそういうことを弱冠20歳前後の若者ができることは、どういう価値があるのか、どれだけ幸せなことなのかと。そういうことを強く感じてほしいという話をしましたね。大きな話はその2つですね。
――今季のチームのスローガンは決まったのですか
相良 結局毎年4年生のチームなんですよ。だからキャプテンのチームなんですよ。監督のチームではないんです。ということは学生自らがどうなりたいとか、何を手に入れたいかというのを考えてやらないといけないと思うし、僕らはOBとして大学日本一にならないといけないという使命を感じるので、それらをサポートするのが僕らの仕事だと思うので。スローガンについては僕が来たばかりというのもありますけど、「4年生で話し合って考えてくれないか」という話を4年生にしました。
――今季は4年生が非常に多いチームですが、4年生に求めることは何でしょうか
相良 まさに今言ったように4年生のチームなので、佐藤真吾(スポ4=東京・本郷)がキャプテンですけど、キャプテン1人では全部をやり切れないから、一人一人がリーダーだと思って下級生を引っ張ってチームを運営してほしいという話をしましたね。
――今お話を聞くと選手に判断を委ねることが多い印象を受けますが、その意図は何ですか
相良 自分に動機づけがないと動かないですからね。あとは、古い人間なのかもしれないけど、今は時代も、環境も変わってるし、フルタイム指導が当たり前になっていて。そこを否定する気はないんですけど、やっぱり早大の伝統で、僕らの時代なんて監督・コーチは週末しか来なかったので、平日は学生が主体となって、練習メニューの指示こそあれど、考えて練習をやったりしてきたので。そういう学生自治運営、目標に対してリーダーというか4年生が責任もってそれに対して何をするかというのを考えて行動するっていうのが、今度は世の中に出たときに絶対に役に立つことだと思いますし、だからこそ早大のラグビーをしてきた人間がリーダーになれるっていうのは、そういう環境や、高い目標を立ててそこに対して自分たちが何をすべきか考えて行動してきた結果そういう人間をつくってきたと思うので。それは早大の一つの良さとして残していかなければならないことなのかなと思うので。
――伝統の継承ということですね
相良 そうですね。継承です。部訓に『継承と創造』というのがありますから、良き部分は継承しつつ、新たなものを佐藤真吾の代として新たなワセダのラグビーをつくっていってくれればいいかなと、ちょっとかっこよく言えばそういう風に思っていますね(笑)
――相良監督ご自身としてはどのようなラグビーをしたいと考えていますか
相良 きょうのミーティングでも話したんですけど、「君たちはどういうラグビーをしたいんだろうと答えを聞きたいと思っているだろうけど、今はない」とはっきり言いました。それは、彼らのフィジカル面の強化とかは山下の時からやっていますし、そこに上積みして、もう一回基本的なスキルのベースアップをして底上げをしたうえで、そこが出来てくればあとは組み合わせだと思うので。そのときに春シーズンを見て、秋にどのように戦うかを決めたいと思います。ただ、先ほど言ったようにディフェンスの面については改善が必要だと強く感じているので、春シーズンのテーマとしてはまずディフェンスの面と運動量、ワークレート。ここの2つの部分についてフォーカスしたいという話をさせてもらいました。
――現在はどのような練習を行っているのでしょうか
相良 逆に今は昨年までいたコーチにセッションを任せているので、色々と自分たちに考えさせるということにフォーカスしています。週1回テーマを与えてそれに対してグループワークみたいな形で選手同士でテーマに対してアイディアを出し合うみたいな、要は自ら考えさせるようなことをグラウンド外ではやっていますね。グラウンドではどっちかというと体作りと基本練習だけなので、そういった意味ではまだ難しいことはやっていないですね。ただ、練習のなかでも判断を伴うようなボールゲーム形式の練習を毎日取り入れて、動きながら判断力とか考える力を伸ばすというか、そういう癖をつけるメニュー構成にはしていますね。
――判断力の話は選手たち自らラグビーをつくるためなのでしょうか
相良 つくるためというより、ラグビーというゲームそのものが局面での判断は選手の判断なんですよね。相手をいくら分析しても違うことをしてきたりだとか、流れの中で状況が変わったりだとか、前の日まで準備してきたことが当日雨が降るとうまくできないとかがありますよね。だから、今はインカムで指示を飛ばせなくはないけど、ゲームのなかではキャプテンを中心としたゲームリーダーがコントロールして、ボール持っている、いないに関わらず判断して動いていかないと成り立たないスポーツなんですよね。なので、野球は決まっているところを守っていますけど、止まっている状況で左に寄ったり右に寄ったり、飛んでくればそのときの判断があるかもしれませんけど、ラグビーって動きながら判断する側面がありますし、PGを狙うのか、スクラムを選択するのか、早くいくのか、ラインアウトいくのか、野球のサインを見るみたいにその度にスタンドを見られても困るんですよね。そういうスポーツじゃないと思うんですよ。だから判断をしないといけないんですよね。
――あと、先日まで英国遠征にも行かれていました。遠征での試合が初めての試合となりましたが、振り返っていかがですか
相良 試合については、体を張ってくれということと、動き続けてくれということだけ言って、どこまでできるかと思いましたけど、僕が思った以上にそれをやろうという意思は見せてくれましたし、そういう場面が80分を通して見れたので、ゲームそのものはそれで良かったと思います。あとは、たまたま就任2週間早々でああいう場面に僕自身が遭遇できたのは、十分じゃないにしろ1週間、限られた人数ですけど選手やスタッフと過ごすことができたので、そういう意味ではいい遠征だったかなと思います。あとは、学生には「ラグビーの試合をしに来たけど、イギリスにはなかなか行くことができないので、文化にもしっかり触れてほしい」という話をして、そういった意味ではオフ・ザ・グラウンドの部分でも選手は凄くいい経験になったと思いますね。
――オフ・ザ・グラウンドの部分ではどのような活動をしましたか
相良 例えば英国稲門会のイベントだったり、日本大使館行ったり、それこそオックスフォード大学の学生とアフターマッチファンクションやったりとか。そういう場面場面でいろんな話も聞けただろうし、懇親の場で拙い英語でも会話をしたり、交流の場を持つことができたので、早大の学生だから英語くらい喋れなきゃいけないのかもしれないけど、簡単な英語でも会話できたとか、そういう小さなことでも刺激になったんじゃないかと思いますね。あとは、街並み一つ見るにしても、日本みたいに高いビルがあるわけではないですし、イギリスは建物を簡単に壊しちゃいけないとかの話をツアーのガイドさんが話してくれたりして、そういう話でも聞いてる学生にすれば印象深かったんじゃないかなと思いますよ。
――あと、試合の結果を見て気になったのが岸岡智樹(教3=大阪・東海大仰星)選手をFBで起用していましたが、この意図は何でしょうか
相良 これは僕の意図というより、就任から日が浅かったということもあり、昨年から残ったコーチ陣にメンバーセレクトは任せましたので。
――選手たちが話していましたが、練習でも結構コンバートを行っているそうですが、これもコーチの意図なのでしょうか
相良 これもコーチの意図で、コーチとしては、違うポジションをやることによって視野を広げたりだとか、例えば違うポジションをやると自分のポジションがどれだけ大事かわかりますし、何かを感じさせたいという思いもあります。本当に適性があると思ってやっているコンバートと、そういう気づきを与えるコンバートとのミックスだと言っていました。だから、そのへんもコーチと意見が衝突してこっちに戻したいとかあると思うので、例えば岸岡がFBをやるのか、SOに戻るのか、それとも別のポジションをやるのかはこれからの話かなと思います。
――現時点で気になる選手がいれば教えてください
相良 やっぱり齋藤(齋藤直人、スポ3=神奈川・桐蔭学園)と中野(中野将伍、スポ3=福岡・東筑)は凄いですよね。競技場で見ていても能力は高いなと思いますし、この前のオックスフォード大とのゲームを見ても凄いなと思いますね。
――春シーズンがそろそろ始まりますが、どのような展望を考えていますか
相良 展望ですか。春シーズン、勝つに越したことはないんですけど、僕はチームを仕上げていくのは春シーズン終わってからかなと思うので。今は春シーズンも公式戦になっているので勝たないといけないというのもありますけど、一戦一戦テーマを持って臨んで、そのテーマに対してできたかどうかを浮足立たずにチェックして、PDCA(サイクル)を回していきたいですね。
――具体的に見ていく部分としてはどこでしょうか
相良 ディフェンスと運動量の部分ですね。
――今季は帝京大や東海大などの強豪校との対戦がありませんが、そこについてはどのように考えていますか
相良 それは(関東大学)対抗戦の順位で交流戦の相手が決まってしまうので、上のカテゴリーに入っていればおのずと帝京大とはやる話になるので。そこはあくまで日程だけの問題ですね。早慶早明のところも招待試合になり、早慶明が交流戦で同じグループだったら交流戦と兼ねてできますけど、(昨年の対抗戦順位の関係で)別でやらないといけないので、むしろ試合が多すぎるんじゃないかと思うくらいですね。
――それでは、最後に今季へ向けた意気込みをお願いします
相良 『大学日本一』を目指してみんなで頑張るだけです。
――ありがとうございました!
(取材・編集 新開滉倫、写真 石塚ひなの)
色紙には『ONE VISION』と書いてくださいました!
◆相良南海夫(さがら・なみお)
1969(昭44)年8月14日生まれ。東京・早大学院高出身。平成4年政治経済学部卒業。1991年度に早大ラグビー部主将を務め、1992年4月三菱重工相模原へ入社。その後、2000年から8年間三菱重工相模原で監督を務めた後、早大ラグビー部のアドバイザーやFWコーチを歴任。今年度より早大ラグビー蹴球部監督を務める。