主将として、最終学年として、今年のヨンパー(400メートル障害)ブロックを、そしてチームを引っ張ってきた田中天智龍主将(スポ4=鹿児島南)と新井公貴(スポ4=神奈川・逗子開成)。
しかし、今シーズン2人が歩んできた道のりは対照的だ。新井は、関東学生対校選手権(関カレ)での自己ベスト更新を皮切りに、その後も度々記録を更新し、勢いに乗る。先日の早慶対抗競技会でも50秒33まで記録を縮め、4年目で初めて全カレ(日本学生対校選手権)の切符をつかみ取った。一方、昨年の日本学生対校選手権(全カレ)覇者でもある田中は、その勢いからは一転、今季は思い描いていた結果をなかなか残すことができない。悩み苦しみ、試行錯誤を重ねる日々を過ごしてきた。それでも常にチームの先頭を走り続けてきたのは、『全カレ2連覇』、『総合優勝』という大きな目標があったからーー。
そんな両選手に、シーズン前半の振り返りから最終学年として迎える全カレへの意気込み、そしてチームへの思いを伺(うかが)った。
※この取材は8月22日に行われたものです。
切磋琢磨(せっさたくま)してきた4年間
関東学生対校選手権(関カレ)のレースを走る田中(写真左)と新井(写真右)
―まず、他己紹介をお願いします
田中 新井公貴くんです。109代目の元気印というか、練習中、練習外でとにかく一番元気を出しています。たまにうるさいのですが、いるのといないのとでは違うなと思うぐらい元気で、僕らの代には欠かせない存在なのかなと思います。
新井 (田中)天智龍はやはり背中で語る主将で、切り替えがすごくできています。競技外ではコミュニケーションをすごく取って、後輩たちをカバーしたりしていて、色々な部分で支えています。競技になったら、常に前を引っ張ってくれる存在です。
――お互いの第一印象は覚えていますか
田中 僕、嫌いでした(笑)。茨城国体の時に、(準決勝で)僕と新井が同じ組で隣のレーンだったのですが、新井が(全体)8位で決勝進出、僕が(全体)9位で、僕は決勝に行けませんでした。それで(新井選手が早稲田に)来ると聞いた時に、「あいつじゃん」みたいな感じで。高校生の時の鴨川合宿で一緒になって、その時もすごくうるさかったので、これは合わないなと思いながら始まった1年目でした。
新井 国体が最初ということで、「なんか名前聞いたことあるやつがいるな」というのが最初の印象でした。合宿の時は、1人遅れて来ていて、何だろうな、あんまり・・・。
――高校の時は試合などではあまり関わりはありませんでしたか
田中・新井 そうですね。
田中 喋ったことはなかったです。
新井 なので合宿で初めましてという感じで。
田中 僕は負けた方なので、知っていました。
――そこから現在までで印象など変わったところはありますか
田中 1年目は、ボコボコにされていました。練習を一緒にやっても20メートル、30メートル差ぐらい付けられていつも負けていました。でもそれが逆に僕を奮い立たせてくれたというか、新井と後藤さん(颯汰氏、令5スポ卒)がずっと前にいて、僕が後ろにいたのがすごく悔しくて。1年目の最後のU20(U20日本選手権)では、(新井選手が)足を攣(つ)ってしまって、僕だけ入賞できたのですが、僕的にはあそこが大きかった、ターニングポイントになったと思います。印象は全く変わっていないです。
新井 最初の方は、一緒にふざけるようなメンバーの一員だったのですが、(田中選手が)3年ぐらいから心を入れ替えたというか、僕からは離れていって(笑)。部の中心人物として、3年の夏ぐらいから完全に目の色変えてやって、僕からは離れていきました。競技面では、だんだん僕に追いついて抜かされていったので、今は背中を追うような存在ですが、ともに切磋琢磨(せっさたくま)していい感じに最後まで行けそうだと思います。
――お互いの共通点を挙げるとしたらどのような部分ですか
田中 眉毛?
一同 (笑)
田中 1年目の本当に最初の練習ぐらいの時に僕らがずっとふざけていて。当時のコーチに「あの2人は目をつけとけ」って言われていた2人だったんですよ。
新井 危なっかしい2人(笑)?
田中 でも負けず嫌いですね。新井からも感じるし、僕も出します。
新井 他は、ムードメーカーとか。僕自身は盛り上がりを徹底していますが、天智龍もやっぱり主将としても、最初に空気を作り出すのは天智龍なのかなと思います。
――お互いの走りの面で、尊敬する点や羨ましいと感じる点はありますか
田中 前さばき(笑)。砂浜とか急斜面の坂とかめっちゃうまいです。僕は結構走り自体が後ろで回ってしまうタイプなので、あれだけ前でさばけたら、気持ち良いだろうなと思って見ています。真似はしたくないですけどね(笑)。
新井 天智龍は、重心が低い位置で地面を捉(とら)えられるので、そこは僕にはないところです。その分ヨンパーだとストライドが出しやすい面もあって、すごくヨンパーに適した走り方をしているというのは、自分にはない点だと思います。
シーズン前半を振り返って
取材に応じる新井
――次に今シーズンのことについてお聞きします。まずは前半シーズンを振り返りをお願いします
田中 僕は悩み苦しんだというか、落ちるところまで落ちた前半シーズンでした。去年は勢いでトントン拍子で行って、その勢いに任せすぎていたツケが今回ってきているなと思っています。いい時に何がいいのかというのを漠然としか理解できていなくて、今こうやって調子が下がったときに再現性を高められない部分があります。前半シーズンは本当に色々な練習をやってみて、でも全部うまく行かない方向に進んでいるような感じもしたのですが、そういう試行錯誤した期間は絶対に今後プラスになると思います。関カレは、総合優勝まではあと6点で、僕が優勝していれば取れた点数だったので、僕のせいで負けたと言っても過言ではないと思っていて、そこを取り逃がした悔しさをずっと持ち続けたまま今まできています。その悔しさを晴らせるのは日本インカレしかない、インカレの借りはインカレでしか返せないと思っているので、全カレに向けて今頑張っているところです。
新井 僕は、最初の方は相変わらず何をやってもダメで、天智龍にも練習でボコボコにされていましたし、試合でも結果が全然出ず、またこのまま終わってしまうのかなという部分もありました。ですが、関東インカレぐらいから徐々に調子も上がってきて、関カレは、天智龍と同じで点数は取れずに、「ヨンパーのせいで負けたみたいなもんだよね」という話をして、それは全カレで晴らさないといけない部分だと思っています。それ以降は徐々にやっと軌道に乗ってきて、自分ももしかしたら戦えるんじゃないか、貢献できるんじゃないかと。やっと競走部に対しての恩返しがこの4年目でできるのかなと感じています。前半シーズン自体は、今までの中ではうまく行っている方なのかなと思います。
――今シーズン新井選手は自己ベストを連発されています。その要因は何かありますか
新井 練習通りに試合で発揮するという部分で、練習でできないことは試合でできないので、逐一練習でのタイムなどを気にするようにしています。このタイムだったらどのくらいまで行けるのかという、日頃の練習との比較だったり、それこそスプリント自体を強化して、今だったら眞々田(洸大、スポ3=千葉・成田)とか400で強い選手たちもいるので、そこと競れるように、単純なスプリントもそうですし、心の持ちようでも負けないように競っていこうという感じでうまく行っているという感じです。
――殻を破るために今年何か新しいことは始められたのですか
新井 そもそも去年ケガであまりうまく走れなかったというのもあって、今年はより陸上に対する時間を今までよりかけるようにしています。それこそケアであったり、自分の走りの分析という部分で、今まで自分の詰めが甘かった、陸上に対する日常での時間を増やしていくことで、今の細かい調整などもうまく効いてきているのかなと思います。
――その中で、ターニングポイントになった試合や出来事はありましたか
新井 関東インカレが試合としては一番大きなターニングポイントでした。特にその10日前くらいの練習で金本(昌樹、スポ3=東京・日大桜丘)と一緒に走り込みをしていたのですが、その時に400の新上(健太、人4=東京・早実)が意識しているような走りでのポイントを、走り込みでそれを試してみた結果、結構うまくハマって、そのままうまくきているという感じです。
――田中選手は、新井選手が活躍されているのは主将として、同期としてどのように感じていましたか
田中 素直にうれしいですね。さっき新上の話とかもしていましたが、僕も結構「ここどう思う?」とかヨンパーの話を聞かれます。そういうのって、1回全国の舞台で優勝したり、入賞したり活躍している人はやりにくい、難しいというか、結構自分を信じて我が道を行くみたいな人が多いのではと思います。ですが、(新井選手は)そうではなくて色々な人を頼って、いい意味でプライドがないというか、そういうのが今年自己ベストを連発している要因だと思います。
――新井選手や金本選手が自己ベスト出している中で焦りはありましたか
田中 焦りとうれしさで変な感情でした。うれしさは主将としてあるんだろうなと思います。ですが、僕個人、田中天智龍としては焦りや不安とかがやっぱり一番大きいですし、それを払拭(ふっしょく)するのが僕は練習でしかなかったので、それでいろいろやり過ぎてしまってパンクした部分もあったのですが、少しずつ良くなってはきています。でもいい焦りかなとは思います。僕一強でやるのより、絶対にみんなでやった方がいいチームだと思いますし、盛岡(優喜、スポ2=千葉・八千代松陰)、平田(和、スポ1=鹿児島・松陽)もだいぶ走れてきていて、また秋シーズンにベストが出るんじゃないかという感じなので、ヨンパーブロックとしては秋までしっかり走り抜けていい1年だったと言えるようにしたいです。
――田中選手自身は、なかなか結果が出ずに苦しいことも多かったと思います。その中で意識していたことはありますか
田中 一時期、体がうまく回復しないという感じで、量を積めなくなった時期がありました。その時は本当にどれだけ思考で量をカバーできるかというところを意識していました。さっき新井が言っていたように、僕は低い走りで重心を捉える走りなのですが、悪い時はそれが少しだけ高くなっていて。その数センチの差で大きく変わるというのを今年思っていて、その数センチのブレや、走りのポイントを常に意識してやっていました。それで本数をできるだけ減らして、量より質を重視する感じでやっていました。
――春からいい流れがきている短距離ブロック全体についてはどのように感じていますか
田中 すごいですよ(笑)。強いです、今年。関カレもトラック優勝していますし、西(裕大、教4=埼玉・栄東)にしても稲毛(碧、スポ4=東京学館新潟)にしてもいい意味で自由というか、自分のスタイルを確立してそれを周りも許容して、すごくいい雰囲気で春過ぎたあたりからできているのかなと思っています。それが関カレのトラック優勝や、ユニバ(ワールドユニバーシティゲームズ)の3人出場というところにもつながっているのかなと思います。
新井 今までよりも自由にできることが増えていると感じています。短距離ブロックとしては上下関係なく気軽に質問できたり、自分の考えていることを共有できる雰囲気になっていて、そのおかげで、全体的に強くなっていくような雰囲気が今までよりも強いのかなと思っています。その成果もあってユニバ組もいますし、それに引けを取らないような選手も部内に増えてきた要因が、議論だったりが活発に行われている雰囲気にあるのかなと思います。
――今のチームの現状、雰囲気はいかがですか
田中 すごくいいです。ですが、まだ結構主力とそうでない人の差は大きくて。全カレメンバーもほぼ頭抜けていた3人が決まったという感じだったので、そうではなくて4人目、5人目が強いチームが僕は強いと思っています。マイル(4×400メートルリレー)メンバーも4継(4×100メートルリレー)も、最後の最後まで誰が選手になるか分からないような拮抗(きっこう)しているチームが僕は理想ではありました。今回インカレのメンバーに入れなかった選手たちももちろんみんな頑張っているし、やっているとは思うのですが、その差はすごく大きくて、その差をこれから、インカレ後も少しでも埋めて競走部を出たいなと思っています。
新井 自分自身としてはすごく練習に集中しやすい環境なのですが、天智龍が言っていたように少し上と下の差があるのも事実だと思います。やっぱり先ほども言ったように話しやすい環境ではあるのですが、話に行く人と話に行かない人がそのまま結果の出る・出ないに直結してしまっている部分もあって。そういう人たちに声を掛けたり、技術的な話をするのは4年生だったり僕たちの仕事ではあると思っています。そこに関しては最後自分の結果を求めるだけではなくて、チームとして見た時に、より下を育てるというか、代々いい結果をつないでいくためには自分たちはまだそこの仕事をする余地はあると思います。
――田中選手は4月の対談の際には、「陸上競技を楽しんでやる」ということを仰っていました。チームとしてその部分についてはいかがですか
田中 春よりはメリハリをすごく持てるようになったと思います。やる時はしっかりとことんやって、この間もみんなで花火とかしたのですが、休む時はしっかり休んで、遊んでというそのメリハリはすごくできたと思います。楽しむというのは、苦しい練習とか結果が出ないつらいような時期を乗り越えた先にくるものだと思うので、1年生から「結果が出ない、つらい、辞めたい」というような相談を受けたりするのですが、そういう時期も僕は絶対に必要だと思うので、我慢の時期というか、そういう我慢を越えた先の楽しい陸上をみんな目指してやっているのかなと思います。結果が出る人は一握りだし、決勝に上がれるのは全大学のうちの8人ですが、我慢をしようというのは結構伝えますね。僕自身が我慢の連続だったので、その経験からというか。
「総合優勝をして109年の歴史に名を刻みたい」(田中)
取材に応じる田中
――全カレに向けて、現在はどのような点に重点を置いて練習していますか
田中 チームという面では、僕はインカレに入れなかったメンバーに結構話しかけています。インカレに選ばれるメンバーは自分でもできますし、そうではなくてインカレに入れなかったけど、インカレメンバーを脅かすぐらいの存在はすごく必要だと思っています。ですが、インカレに選ばれたメンバーが一番練習しているなと僕は思いますし、同じことをやっていてもその差は追いつけないので、「もっともっと練習をやろうよ」という話はしています。個人としては、(全カレまで)1カ月を切っていますが、やれることを全部やって出場したいと思っていて、かなりハードに追い込んでやっている状況です。
新井 僕はスプリントに強化を置いています。自分の持ち味を考えた時に、他の選手よりスピードが出るということです。その長所をヨンパーの中で見たら速いけど、400の選手と争ったらそこそこだとなってしまわないように、今は眞々田や新上など単純なスプリントを鍛えているような選手たちと一緒にやっています。自分自身もその水準に上げることで、ヨンパーの競技者の中で見た時に、自分がトップクラスで足が速くなれるように、今はスプリントを重視して練習しています。
――気持ちの部分で昨年までと異なる部分はありますか
田中 背負うものはあります。すごく「背負うな」とか「気負うな」と言われるのですが、109代目主将を背負えるのはこの1年しかないので、僕は背負いながら頑張りたいなと。本当に最後は、結果を出して納得のいくかたちで終われたらいいなと思います。
新井 僕は大1の頃は全カレにかすらず、大2も補助員で、大3もケガでかすらなかったような人間なので、今年になってやっと憧れの舞台で戦えるという部分で、出るからには今まで味わっていたような出られたなかった人たちの分も必ず結果を残さないといけないと思っています。そこに対して出るからには気持ちで負けていてはいけないので、今回は出られなかったメンバーたちの分も自分がやってやるという気持ちです。ヨンパーブロック6枚残し、ハードルブロックで全員で決勝に残るためには、やっぱり自分自身は今以上の実力を出さないといけないので、今の現状に甘んじることなく、全カレの舞台で最大限のパフォーマンスができるようにしたいです。
――最後に、全カレに向けての意気込みをお願いします
田中 去年優勝してから2連覇というのはずっと目標にしていましたし、出場するヨンパー選手の中で今年僕にしかできないことなので、そこを達成して、4年間ここまで成長させてくれた早稲田大学競走部に結果で恩返しができるように頑張りたいです。チームとしては、本当に今年は総合優勝が狙えるぐらい力がついているので、達成してこの109年の歴史に名を刻みたいなと思っています。
新井 最後の全カレということもありますが、天智龍だったり、他校のライバル、実業団でやっていくような選手に勝ち逃げして引退したいです。レース自体は表彰台を目指してやらないと決勝まで上がれないような厳しい大会なので、しっかり自分の中で出し切って、表彰台を見据えた走りを目標にします。
――ありがとうございました!
(取材・編集 加藤志保、戸祭華子)
◆田中天智龍(たなか・てんじろう)(※写真左)
2001(平13)年7月17日生まれ。178センチ。鹿児島南高出身。スポーツ科学部4年。自己記録:400メートル障害49秒07。この夏休みに『キングダム』のマンガを28巻まとめ買いしたという田中選手。色紙に書いた『火を絶やすでない』という言葉もキングダムの秦国麃公(ひょうこう)将軍から。 最後の全カレでは、109代目主将として個人2連覇を達成し、チームを総合優勝に導いてくれるでしょう!
◆新井公貴(あらい・こうき)(※写真右)
2001(平13)年7月20日生まれ。176センチ。神奈川・逗子開成高出身。スポーツ科学部4年。自己記録:400メートル障害50秒33。今年の夏休みは、ザリガニ釣りとポケモンGOにハマったという新井選手。ポケモンGOを始めてからタイムも向上したそうです!全カレは初めての新井選手ですが、今シーズンの勢いそのままに憧れの大舞台を駆け抜けてくれるでしょう!