昨年は1年生ながら、日本選手権、出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)を経験した伊藤大志(スポ1=長野・佐久長聖)。入学当初は駅伝への苦手意識があったものの、シーズンを通して、東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では早大の鬼門とされる5区を任されるまでに成長した。区間11位でまとめたレースを振り返り、新体制に向けての意気込みや目標を伺った。
※この取材は1月29日にリモートで行われたものです。
「反骨心を持って、レースに臨んだ」
5区を走る伊藤(©︎関東学連/月刊陸上競技)
――箱根後の体調はいかがですか
平坦なコースやトラックを走るときとは比べ物にならないくらい筋肉痛や疲労のダメージが大きかったです。
――出走直後の練習はどのように取り組みましたか
取りあえず、1週間くらいは全く走らなかったです。その後は軽くジョグなどをして、少しずつ練習を開始しました。
――箱根後の練習では何を意識していますか
立川の学生ハーフ(日本学生ハーフマラソン選手権)に向けて、走り込みや短距離と合同でフィジカルトレーニングをしながら、体づくりを行っています。
――5区の出走はいつ決まりましたか
夏すぎくらいに5区に行くかもしれないという話は出ていました。上りの練習を合宿でしたり、激坂王(激坂最速王決定戦)にも出たりして、少しずつ適性を見極めていきました。台所事情的にも、5区を走れる選手がほぼいなかったので、伊藤かなという雰囲気はありました。ですが、毎年早稲田は5区が鬼門になっていたので、今年も1年生を出していいのかという議論が上級生を中心にありました。試合の1か月前にエントリーメンバーや集中練習に参加している人たち、相楽さん(相楽豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)と話し合いをしましたが、満場一致で「伊藤で行こう」という雰囲気ではありませんでした。ですが、話し合いをした結果、僕になったかたちです。
――伊藤選手以外で走る可能性のあった選手はいましたか
候補としては千明さん(千明龍之佑駅伝主将、スポ4=群馬・東農大二)や菖蒲さん(敦司、スポ2=山口・西京)でした。また、5区は一番順位変動が起きやすい区間なので、中谷さん(雄飛、スポ4=長野・佐久長聖)や井川さん(龍人、スポ3=熊本・九州学院)のような走力が飛び抜けている選手を置くということが、選手間の話し合いではありました。
――出走が決定した際の気持ちはいかがでしたか
夏以降、ある程度の準備をしてきたので、満場一致で伊藤にしようと言ってもらえなかったことがすごく悔しかったです。決まった時から箱根までの期間、チームに対して見返してやるという反骨心が大きかったです。
――箱根前のチームの雰囲気はいかがでしたか
相楽さんがおっしゃっていたように、練習の面では足並みがそろっていませんでした。故障明けの選手や調子の上がらない選手が出てきてしまい、箱根を走る上で大事な集中練習期間で全員が100パーセントの練習ができていませんでした。今振り返ると、勝てるようなチームの練習ではなかったと思います。しかし、チームとしては課題が見えている中で、声を掛け合ったりして、雰囲気を良くしようとする取り組みはできていました。
――箱根後はいかがですか
誰も予想していなかった結果でしたので、意気消沈して、お葬式に近い雰囲気でした。次期駅伝主将の創士さん(鈴木創士、スポ3=静岡・浜松日体)や三浦さん(励央奈、スポ3=神奈川・法政二)を中心に、切り替えていくしかないという雰囲気で、ミーティングや日常生活、練習をしています。なので、箱根後から今までのチームの雰囲気は、箱根前よりは良くなってきたのかなと思います。
――タスキ渡しの際に石塚陽士選手(教1=東京・早実)に何か声を掛けましたか
特別な言葉は掛けませんでした。石塚のことは信頼しているので、ある程度の順位で持ってきてくれると信じていました。石塚は初めての箱根でも安定して、シード権まで持ってきてくれたので、さすがだなと思いました。緊張感をほぐすためにも「お疲れ様」と言いながら、石塚とタスキリレーをしました。
――石塚選手の走りを見て何か感じましたか
一番はさすがだなと思いました。出雲や全日本の時は、石塚の走りを見て、プレッシャーを感じていましたが、箱根ではチームで勝ちたいという気持ちが強かったので、やってくれてありがとうと感じました。
――出走前に監督やコーチ、仲間から何か声を掛けられましたか
仲間は僕が緊張しやすいことを知っていたので、「できるだけリラックスして、後のことは考えずに自分の走りに集中しろ」と言われました。また、5区の経験者である駒野さん(駒野亮太長距離コーチ、平20教卒=東京・早実)からは、具体的なアドバイスや経験談をいただきました。相楽さんからは反骨心を見せていこうと言われました。レース中、運営管理車からも同様のことを言われたので、印象に残っています。
――給水をしてくれた選手からはレース中、どのようなことを言われましたか
諸冨さん(湧、文2=京都・洛南)からは的確な指示をいただきました。諸冨さんから給水をもらった大平台では、宮下さん(隼人、東洋大)に追い付かれてから、一度離していたのですが、その時は怖くて、後ろを見ておらず、(宮下選手が)どこにいるかつかめていない状況でした。そこで「宮下さん離しているぞ」と言ってもらい、安心したというか少しリラックスができました。白井さん(航平、文構3=愛知・豊橋東)が給水をしてくれた芦之湯のあたりは(精神的、体力的に)一番きついところで、あまり意識がありませんでした(笑)。白井さんからは「集中練習ではお前が一番できていたから、自信を持て」と言ってもらい、精神的に元気が出ました。
――付き添いの方はどなたでしたか
主務の佐藤恵介さん(政経4=東京・早実)と同期の伊福(陽太、政経1=京都・洛南)でした。
――給水係や付き添いはどのように決まったのですか
給水は4年生のみ希望をとって、残りの選手はマネジャーさんから割り振られました。付き添いは全員希望を取ることができました。佐藤さんとはマネジャーや4年生の中でも仲良くさせてもらったので、佐藤さんなら大丈夫だと思いお願いしました。僕と石塚は初めての箱根駅伝で、(付き添いを)もう一人つけることができたので、同期の伊福にお願いしました。
――ゴール後、復路の選手に何か声を掛けましたか
僕が小田原から寮に帰る時と復路の選手が到着した時間が同じだったので、出発前に声を掛けさせてもらいました。シードラインギリギリで渡してしまったので、「あとは頼みました」ということだけ伝えました。
――復路の選手の走りをみて、何か感じましたか
シード落ちという結果になってしまったので、(自分の走りに)納得している選手はいないと思います。ですが、復路の選手は前が見えない難しい状況でスタートした中で、気持ちを見せてくれたと思います。
「競り勝つ強さを貪欲に求めていきたい」
オンライン取材に応える伊藤
――3大駅伝を通して、駅伝への苦手意識は克服できましたか
出雲の後は駅伝への苦手意識が強くなっていました。僕が一番苦手とする状況でのレースだったので、駅伝は厳しいかなと思っていました。ですが、全日本の1区や今回の箱根を通して、駅伝での感覚的な苦手意識は克服できたと思います。全日本では集団走でしたので、自分の中では不安な部分がありました。ですが、箱根の5区を経験して、単独走に対する苦手意識は少し克服できたかなと思います。来シーズンの駅伝では、単独走での強さは必要となってくるので、この苦手意識を克服できたのは僕にとって大きいです。
――個人としてのこれからの課題や目標を教えてください
箱根を走って感じたのは、タイム以上に勝負強さが一番必要だということです。5区では73分台という当初の想定よりも早く走ることができました。しかし、蓋を開けてみると区間11位。石塚から10位でもらったのにも関わらず、順位を一つ落とし、シード争いもギリギリになってしまいました。いくら想定以上のタイムで走ることができても、順位が伴わなければ意味がないなと感じたので、トラックや来年の箱根ではタイム以上の強さや競り勝つ強さをもっと貪欲に求めていきたいです。
――チームとしての課題や改善点、目標は何ですか
創士さんは来年の目標として箱根優勝を掲げていて、僕らもそれに向けて動いています。昨年の課題は、チームとしてのまとまりや姿勢を重んじるチームカラーがうまく作用していなかったことです。そこは、個人としてもチームとしても限界があったのかなと思います。また、メリハリも作用していなかったので、もっとチーム全体として考えるべきですし、創士さんを中心として、学年や個人で作っていく必要があると思います。
また、自分の考えをチームや世間に対して、もっと発信することがすごく大切だと思います。もともと僕は自分の考えを強く持っていて、陸上競技をここまで続けていく上で、自分の信念や考えを持っていないと生きていけない、強くなれないと強く思っています。ですので、陸上競技やそれ以外のささいなことに対しても意見を持っています。昨年は1年生でしたので、自分の考えを主張することを避けており、積極的な発言をしていませんでしたがそれではダメだと思います。チームに対して自分の考えを発信することは身近にできることです。自分の考えをもっと発信し、チームを良い方向に還元することを意識して、これからやっていかないといけないと思っています。
――チームの伝統に対してはどう思っていますか
伝統が悪いわけではないですし、何事にも良い面と悪い面があり、100パーセント良いものはありません。どんなことに対しても、良いこと悪いことをうまく活用しながら、良いところ取りをしたいと考えています。高校3年の時に、監督やコーチから言われたのは、当たり前となっている悪い点を排除し、逆に新しい風をチームに流すことがすごく大事だということです。伝統というものは体に染みついてしまうものなので、僕らからすると当たり前のことでも、うまく作用していないかもしれません。今一度、自分たちの当たり前となっている行動やルールをもっと客観的に見て、必要性や意味を真に考えないと進歩はしません。それは早稲田に関わらず、全ての面において必要なのかなと思います。
――鈴木新主将のチームの雰囲気を教えてください
創士さんは背中で引っ張っていくキャプテンで、言動や行動で具体的な策を出してくれます。創士さんに付いていけば、大丈夫だろうと感じています。しかし、創士さんに任せっきりになるのはいけないので、もちろん僕からも意見をするつもりです。また、高いカリスマ性をもったトップがいた次の代では、リーダシップの差によって(雰囲気が)落ち込みやすくなるので、しっかりと僕を含めた下の学年も運営に参加し、バランスをとっていきたいです。創士さんのチームでもありますし、僕らのチームでもあるので、考えや行動を下の学年でも示していきたいと思います。
――伊藤選手にとって卒業する4年生はどのような存在ですか
自分が入学したときの一番上の学年の先輩というのは『頼れるアニキ』だなと感じています。日常生活や、ジョグをしている時でも頼りになりますし、一緒にいてすごく楽しいです。チームを沸かしてくれるムードメーカー的な先輩もたくさんいたので、いろいろな面で尊敬していますし、やはりすごく頼れる存在です。
――来年は後輩が入ってきますが、どのような先輩になりたいですか。また、これから入学してくる長距離の新入生にはどのようなことを期待しますか
まずは僕自身学年が上がりますし、箱根に出場した身でもあるので、チームを引っ張っていくために頑張っていかなくてはという気持ちがあります。後輩へ教えることはしっかりと教えて、一緒に楽しむところはきちんと楽しむ、そんなメリハリの付けられる先輩になりたいなと思っています。おそらく後輩の指導係をすると思うので、そういった役割を通して、チームに貢献できる後輩を作っていける先輩になりたいです。あと、後輩は早稲田の競走部に入るからには「『早稲田人』たるものとは何か」を教えられます。そういったことはもちろん大事なのですが、一方であまり気にしてほしくないな、とも強く思っています。やはり一人の陸上選手として結果を出すことが一番だと思っているので、のびのびと陸上に励んで欲しいですし、それをサポートするのが僕ら先輩やOBさんの役割であると思っています。
――この1年間の自己評価をお願いします
トラックシーズンは足踏みをしてしまったと思っています。言い方が悪くなってしまいますが、高校時代に13分36秒57という好タイムを出したことが、気付かないうちに足かせになっていました。自己ベスト以上の走りを追い求める中で、結果がついてこないことが多く起こってしまい、試合でも走れなくなってしまいました。それが悪循環になってしまったので、トラックでは少し足踏みをしてしまったシーズンだったと感じています。
駅伝シーズンでは、早稲田は人数が多いチームではないので、駅伝への準備を急ピッチでしなければなりません。他の大学のように出雲や全日本をパスして、箱根に全集中し、山に対して1年間準備することはできません。その分忙しく、休みが十分に無かったので、体的にもきつかったです。試合に出て、疲労を抜いたら、ちょっと集中練習して、すぐ調整と慌ただしいスケジュールでした。全てが初めてで言われるがまま、なすがままだったので、全てが新鮮でした。そこは良い面も悪い面も見れたと思います。駅伝に対する苦手意識も3大駅伝を走る過程で、払拭することができたので、合格点はまだ出せないですが、合格点に少し近づけた駅伝シーズンだったかなと思います。
――この1年で最も印象に残っている試合は何ですか
箱根か日本選手権ですね。高校生として昨年見ていた箱根駅伝をその1年後に走るとは思っていませんでした。箱根を走れれば合格点だと思っていたので、そこは感慨深かったです。それまでのレースで20キロ越えのキツいコースを走ったことがなかったので、印象に残っています。来年も5区を走れるか分かりませんが、来年も走りたいという気持ちがあります。もう一つは日本選手権です。初めてのシニアの試合で、しかも日本最高峰の試合に出ることができたので、そこは一つ評価するべき点かなと思います。日本選手権では集団を引っ張り、自分の中でも挑戦することができた試合でした。そこで一番トラックの中では印象に残っている試合ではないかなと思います。
――今後のレースの予定を教えてください
直近の試合は学生ハーフになります。今年は(駅伝シーズンが)予選会(東京箱根間往復大学駅伝予選会)からのスタートで、学生ハーフは予選会のシミュレーションにもなるので、その予選会を見据えたレースパターンを組み立てていきたいです。それ以前として、僕はハーフの記録を持っていないので、初めてのハーフマラソンになります。(箱根の)山上りの20・5キロとハーフマラソンの21キロは違うものだと思っているので、しっかりと準備していきたいです。
トラックシーズンでは、理想論を言えばユニバーシアード(ワールドユニバーシティゲームズ)の5000メートルか1万メートルに、5000メートルになるとは思いますが、狙っていきたいです。シーズンベストや有効記録が切れてしまい、日本選手権や学生個人(日本学生個人選手権)への標準記録を切っていないので、狙うのは厳しいかなと思っています。駅伝への苦手意識があったので、トラックには得意意識というか、トラックで結果を出したいという気持ちが駅伝と同じくらいあるので、そこはぬかりなくトラックへの準備を進めていきたいです。チームの状況を見ても、石塚や僕も主力級の走りをトラックシーズンからしていかなければいけません。関東インカレ(関東学生対校選手権)のような場で、ライバル校と勝負ができるように結果や順位を残すことが必要だと思うので、勝ちにこだわる、勝負に貪欲になりながらトラックシーズンに入っていきたいです。
――学生ハーフへの意気込みや不安はありますか
去年の学生ハーフが強風だったので、どのようなコンディションになるか分からないですが、理想的なレース展開と言えば、先頭集団にできるだけついていって、きつくなってからも勝負して、粘る試合にしたいと思います。
――来シーズンはロードとトラックのどちらに重きを置いていきたいですか
1年時はロードとトラックのどちらに重きを置いたかは主観的には曖昧になっていますが、個人としてはバランスよくいけたかなと思っています。どちらかに重きを置くというよりは、トラックも出て、ロードも出れるようにしていきたいと思います。ですが、枠は限られているので、練習の進み具合や試合の結果をみながら、冷静に自分に何が向いているのか判断して、重きを置く種目を決めていきたいです。
――来シーズンの目標を教えてください
来シーズンはチームとして箱根駅伝で優勝することを目標として掲げています。それに対して、チームの結果にフォーカスできる走りをしたいです。チームとしても、個人としても勝ちに貪欲な走りを1年間通してしていきたいです。
――ありがとうございました!
(取材・編集 湯口賢人)
◆伊藤大志(いとう・たいし)
2003(平15)年2月2日生まれ。171センチ。長野・佐久長聖高出身。スポーツ科学部1年。第98回箱根5区1時間13分24秒(区間11位)。大学生になって、男を磨き始めた伊藤選手。スキンケアや服装に気を使い始め、今はメンズメイクを研究中だそうです!