『その1秒を削り出せ』。近年は常に大学駅伝界を席巻してきた東洋大のスローガンだ。昨年は『3強』の一角として全日本大学駅伝対校選手権(全日本)を制するなどの好成績を残した。しかし、今季は出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)で9位に沈むなど本領を発揮できていない。残された東京箱根間往復大学駅伝(箱根)へ向けて、一体どのようにチームを整えていくのか。主将である橋本澪にお話を伺った。
※この取材は10月26日に行われたものです。
「練習する姿、努力する姿を見せるのがいまできる仕事」
「不安だった」と主将に指名された当時を振り返る橋本主将
――きょうはどのような練習をされましたか
今週の日曜日にペースメーカーとして試合に出て、連戦をしているのでジョグなどをして調整をしました。
――トラックシーズンを振り返って今季はどのようなシーズンでしたか
個人としては1万メートル29分04というベストを出せたのですが、28分台が出せなかったことは課題でしたし、関カレ(関東学生対校選手権)もトラック優勝というのを目標に掲げていたのですが、優勝することができなかったので、その辺は課題が残るものだったかなと思います。
――主将から見て、チーム全体としてはどのようなシーズンでしたか
徐々に3年生も力をつけてきました。副主将の服部弾馬や櫻岡(駿)、口町(亮)も力をつけてきて1万メートル、5000メートル、1500メートルの3種目で今季学生トップの記録を東洋大学が持っているので、チームとしてはなかなか良いシーズンだったのではないかなと思います。
――夏合宿にはどのような意気込みで臨まれましたか
(トラックシーズンで)短い距離は力がついたとは思いますが、スタミナに関してはまだまだ不安が残る部分があったので、しっかり駅伝シーズンに向かうためにもスタミナ面の強化とともに、駅伝で勝つためにチーム力向上も目標に夏合宿に臨みました。
――チーム力を高めるために何か具体的に行ったことはありますか
一日の終わりに何度もミーティングを行って、その日の反省を選手同士で話し合いました。また合宿地はAチーム・Bチームによって分かれていたのですが、お互いに連絡を取り合ってチームの現状をどこでも把握できるようにしました。
――合宿で収穫はありましたか
去年は3年生、2年生ともに故障者が多くて夏合宿で走ってほしい選手が、合宿に参加できないという状態があったのですが、ことしはしっかりみんなスタミナ強化のための練習が積めたので、そこは駅伝につながる大きな収穫だったのではないかなと思います。
――夏合宿で特に成長を感じた選手はいらっしゃいますか
4年生は最後の年なので、故障者が一人もいない状態で練習できたという面でも変わったと思いますし、先ほど言ったように去年は参加できなかった2、3年生もことしは練習できていました。4年生だと特に山本采也はきちんと練習を積めていて出雲を走ることができたので、夏合宿で一番変わったのではないかなと思います。
――では次に主将に関しての質問をさせていただきます。主将になった経緯を教えてください
自分がキャプテンに選ばれたのは例年よりも遅くて3月ごろでした。東京マラソンが終わってから決まりました。理由としては勇馬さん(服部)の東京マラソンがあってチームとして忙しかったというのもあるのですが、一番は誰か一人に任せるのではなく4年生全員でチームをまとめて動かしてほしいという意図もあって最初は決めませんでした。その後チームが落ち着いてきて自分が選ばれました。本当なら、実力のある(服部)弾馬が選ばれるところだったとは思いますが、弾馬もリオ五輪に向けての選考などがあったので僕になりました。
――例年は箱根後すぐに主将が決定していたとのことですが、ことしは4年生全員でチームをまとめていこうという方針になったきっかけは何かあったのですか
去年はキャプテンの勇馬さんに実力があったというのもありましたが、ことしは去年に比べて力がなかったというのが正直な理由なのではないかなと思います。
――お話にもあったように前主将は絶対的エースとしてチームをけん引する存在でしたが、引き継ぐにあたって重圧はありましたか
勇馬さんは人前で話すのもうまいですし、走力もあって本当に東洋のキャプテンらしいキャプテンだったので、それに比べたら自分は人前で話すのもすごく苦手ですし、強豪校でキャプテンをやったこともないので最初はすごくプレッシャーや不安がありました。でも副主将の山本信二が助けてくれたり、自分ができないことをサポートしてくれたりしました。また、3年生も学年が上がってしっかり自分たちに付いてきてくれるだけでなく、サポートもしてくれています。いまは出雲の結果が悪かったので、これからの駅伝に関してこれ以上順位を落とせないというプレッシャーもありますが、その辺はみんなも助けてくれているのですごく助かっています。
――主将に決定した際、前主将から何か言葉はありましたか
卒業式の納会で勇馬さんと会う機会があったのですが、その時に「大変だと思うけど頑張れ。もし何かあったらいつでも連絡してくれていいから」という風に言ってもらって。とてもうれしかったです。
――主将に選ばれたときの率直な気持ちを教えてください
本当に不安が一番大きかったです。
――主将の具体的な仕事は何かありますか
走力があれば結果でチームを引っ張っていくというのが主将の仕事だと思いますが、自分の場合は櫻岡(駿)、口町(亮)、弾馬と走力の高い選手がほかにいるので、練習する姿、努力する姿を見せるというのがいまできる仕事だと思っています。
――主将になって特に気を付けていることはありますか
朝練習に1年生よりも早く出てきてアップをしたり、食事の後にトレーニングルームでストレッチや体のケアをしている姿を見せたりということを意識しています。
――主将を務める難しさ、やりがいはどのような部分に感じますか
よく監督(酒井俊幸監督)に「視野を広く持つことがキャプテンには必要」と言われていているのですが、一人一人顔を見たり、あいさつをしたりして選手の状態を把握しないといけないところは難しいなと思います。チームの雰囲気が良いときや、良い結果が出ているとやりがいを感じます。
――橋本主将の代になって変えたことはありますか
特に変えたことというのは正直ないです。勇馬さんの代で結構大きく変わったので、いまはそれをさらに良いものにしていくつもりでやっています。
――勇馬さんの代で大きく変わったということですが、具体的にどのような点が変わったのでしょうか
寮で共有しているルールなどを変えました。
――先ほど勇馬さんはキャプテンらしいキャプテンだったというお話がありましたが、ご自身はどのようなキャプテンを目指していますか
本当なら勇馬さんのような走力もあって、というキャプテンになりたいです。理想としては明るくチームを引っ張って、下級生にもカベを作らず何でも相談できるような存在であるとともに、注意すべきところは注意して、それでもしっかりついてきてくれるようなキャプテンになりたいなと思います。
――ご自身の駅伝出場経験が少ない中で主将を務める難しさはありますか
やはり結果が悪かった選手に注意するうえで、その辺は走力がないと言えなくて、その辺は弾馬とかに言ってもらうしかないので。普段試合でなるべく良い結果を残し続けないといけないこと、走力面の注意をしないといけないことが大変だな、難しいなと思います。
――そのあたりは4年生でうまく役割分担ができているということでしょうか
そうですね。
「キャプテンらしい走りをして駅伝でチームに貢献したい」
――次に橋本選手個人のお話を伺います。改めて駅伝に懸ける思いというのはどのようなものですか
個人としてはここまで(箱根の)16人のメンバーに入ったりしながらも走れておらず、いまのところ走力ではチームに貢献できていません。ことしは最後の年ですし、キャプテンに選ばれたので駅伝ではキャプテンらしい走りをして、最後の最後に駅伝でチームに貢献できたらいいな、チームの役に立ちたいなと思います。
――もともと東洋大を目指したきっかけはあったのでしょうか
あまり高校時代は駅伝に詳しくなかったのですが、声を掛けてもらったときに少し気になって東洋の走りをテレビで見ていたら、啓太さん(設楽)、悠太さん(設楽)の攻めの走りが心に残ったので東洋でそういう走りをしたいなと思って入学を決めました。
――目標にされている選手、憧れている選手はいらっしゃいますか
設楽さん兄弟ですかね。自分が1年生のときにお2人が4年生としてチームにいたのですが、啓太さんは特にもともとの才能というのもあると思いますけど、努力する姿を見ていました。いつかそういう選手になりたいと思いました。
――主将であるということが自分自身の走りに影響を及ぼしている部分はありますか
自分は結構ネガティブなところがあったのですが(笑)、主将をやっていてある程度プレッシャーなどを乗り越えて試合でも安定した走りがだんだんできているのではないかと思います。
――次に東洋大学の駅伝チームについてうかがいたいと思います。前チームにはどのような印象をお持ちでしたか
大きく変革した時期でチームがそれについていくのも大変だったと思いますが、4年生が中心となってチームを盛り上げていた印象が強いです。
――その4年生が抜けていかがですか
自分たちの代で、箱根が終わってこのままじゃチームを引っ張れないということで駅伝後すぐ学年でミーティングをしました。そこで全員でチームをまとめていこうという話になりました。
――前チームと比較して現チームの強みは何ですか
全学年の明るさやチームの雰囲気だったらきょねんのチームにも負けないんじゃないかなと思います。その明るさが良い方向に向かうようにしていきたいなと思っています。
――特に明るい選手はどなたですか
そうですね、弾馬とかは明るいと思います(笑)。
――そういった明るい雰囲気はチームとして決めたわけではなく自然に生まれたのでしょうか
そうですね。仲が良くて明るいので、それが悪い方向にいかないようにしていきたいです。
――酒井監督は橋本主将から見てどのような監督ですか
自分に視野を広く持てといってくれるのですが、本当に視野が広くてチームの一人一人のことをよく見ていろいろなことに気づいてくれて、選手のためにいろいろなことをしてくれるなという印象です。
――言われてうれしかった言葉など、酒井監督との具体的なエピソードは何かありますか
いままで自分が仕事をしていて、監督からよくやってくれているといった言葉はなかったのですが、最近よくやってくれていると言ってくれたことは本当にうれしかったです。
――東洋大のスローガンとして知られている『その1秒を削り出せ』はことしも掲げていますか
そうですね。きょねんの全日本もそういう走りで優勝できたと思いますし、東洋大学は授業にもしっかり出席しないといけなくて、文武両道を目指している中で時間を作るのが大変なので、競技の時間だけでなく普段の生活でも就寝時間やケアの時間などから1秒1秒大切にという意味でことしも掲げています。
――ことしから取り入れた練習は何かありますか
啓太さんたちの代はすごく走力があって、いまの自分たちからは考えられないくらいの(強度の強い)練習メニューだったのですが、そこから年を重ねるごとに徐々に強度が落ちてきている部分がありました。その辺を見直して元に戻す取り組みをいましています。
「また強い東洋を取り戻せるように」
――いまの大学駅伝全体の印象はいかがですか
コーチなどもおっしゃっているのですが、全体的にはやはり下がってきてるというか。どの大学も走力が下がってきている中で青学大さんが箱根を連覇していて、速い大学と下の大学の差がどんどん開いてきたと思います。
――ことしは『6強』と言われることが多かったと思います。東洋大学はその中でどう対抗していきますか
出雲は9位だったので、また強い東洋になれるようにならないといけないと思います。いまは9位ということで上位3校に東洋が入るなんて、みんなは眼中にないかもしれません。また強い東洋を取り戻せるように、強豪校に戻れるように、ふさわしい順位を取れるように、全日本では頑張っていきたいです。
――去年までは『3強』でしたが、今年は大きく変わる予感があります。新しく上位に食い込んできた東海大などはどう見られますか
そう言われていますが、そこはやはり譲りたくない気持ちがあります。強い東洋を先輩たちがずっと築いてきたわけなので、ここでそういうのを崩すわけにもいきません。しっかり『3強』にふさわしい結果を出せるように頑張っていきたいです。
――出雲へはどのような意気込みで臨まれましたか
出雲ではルーキーも使ったのですが、それでもしっかり3位以内を目指そうという気持ちで臨みました。
――戦力になりえたであろう口町亮選手が出走を見送ったことについては
チームにとってはマイナスのことですが、口町の分も頑張ろうと出雲では臨みました。けれどああいう結果になってしまいました。けれどいまは口町も走り始めているので、口町の分も走って、全日本では連覇してやろうと、チーム全体ではやっています。
――では出られない選手もいる中で完成した出雲のオーダーの意図とは
前半逃げ切りを目標にオーダーを組みました。やはり1年生はプレッシャーなどで走れなかった部分などがあって。それだけではありませんが、そういうのがチームの敗因だったのではないかと思います。
――9位という結果を受けて、チームで話されたりはしましたか
すぐその日にミーティングがあって、去年の全日本みたいな闘争心がやはり見ていて感じられなかったというのと、選手だけではなく出ていないメンバーたちにもそういうものがありませんでした。そういう雰囲気が選手たちを走らせないという話をしたので、出れていないメンバーこそしっかりやっていこうとなりました。
――話し合いの効果というのは感じられますか
そうですね、いまはしっかり危機感を持ってやっています。みんなが緊張感をもって、全日本は絶対連覇しなくてはならないという気持ちで取り組めているので、効果はあったのではないかと思います。
――では、全日本に向けての意気込みは、やはり連覇でしょうか
そうですね、やはり連覇に向けて頑張っていきたいと思います。
――それに向けて調整のほうはいかがでしょうか
(全日本の)メンバーに入った人たちは自分から見ていても良い練習ができていますし、気持ちもしっかり入った練習ができていると思います。
――全日本に関しても、主力の口町選手が欠けてしまっていましたが、それは特にマイナスになる要素というわけでもなく、皆さん練習ができているということでしょうか
そうですね、箱根にはしっかり口町も戻ってきてくれるというのをみんな信じているので、今回は口町は出られませんが、特にマイナスになることもないです。口町が欠けた分の走力の差は大きいですが、一人一人で補って二連覇を目指しています。
――ことし2位に終わった箱根を振り返ってみていかがでしょうか
ことしは2位という結果だったのですが、自分から見てみて4年生の頑張りが一番大きかったのではないかなと思います。
――ではそれ以外の、1~3年生についてはいかがでしたか
やはり下級生になるにつれてプレッシャーを感じていると見ていて思いました。4年生の力は大きいと感じましたし、(当時の)3年生に関しては次の箱根はしっかり走ってほしいと思います。
――橋本選手は主将として、そういうプレッシャーを感じている選手にどうフォローされますか
そんなに気にかけないで声を掛ける感じです。あまりうまいことは言えないのですが(笑)、いつも通りの感じです。結構1年生とも自分は仲が良いと思っているので。
――では来年の箱根について、チームとしてまた個人としての目標をお願いします
チームとしての目標はやはり王座奪還です。青学大さんがまた優勝するのではないかと言われていますが、そこは王座を目指してチームでやっていきたいと思います。個人としては、さっきも言っていたように主将らしい走りをしたいです。1位でタスキをもらったらそのまま1位をキープして、もし後ろの位置だったらそこから自分が追い上げる走りができたらいいと思います。
――では、来年の箱根でキーマンになりそうな選手はいまのところ誰でしょうか
ことしは勇馬さんのような絶対的なエースがいないので、個人個人の走力も去年に比べたら低く、全体で頑張らなければいけません。そうなると3、4年生全員がキーマンになって走ることが、優勝の条件になるのではないかと思います。
――早大についてのお話も伺いたいと思います。橋本主将から見た、今季の早大の印象とは
出雲では早大も上位に絡んでくるのではないかと感じていました。
――早大の個人の選手で警戒されていた方はいらっしゃいましたか
いや、個人というよりは全体的に、といった感じでした。
――早大のうらやましいところ、逆に東洋大の方が良いなと思うところはありますか
僕は東洋の寮はすごく良いところだと思っています。(早大は)分かりませんが、どうなんでしょうか(笑)。
――東洋大の強みは
東洋大に関していえば、普段の生活から1秒を大切にしているというところが東洋の強みなのではないかと思います。
――早大は『泥くさくタスキをつないで勝つ』というイメージを持たれることがあるのですが、東洋大は自分たちのイメージとしてどのようなものを抱いていますか
東洋も早大と一緒で、泥くさく練習をやるというのがあります。そのあたりは一緒なのではないかと思います。
――早大の選手と交流はありますか
いえ…。あ、知り合いに清水歓太(スポ2=群馬・中央中教校)がいます!群馬で一緒で、ラインとか持っています。高校のとき何度か話したこともあります。
――では最後に、全日本に向けての目標をお願いします
去年優勝したので、ことしも連覇を狙って強い東洋を取り戻せるように、チーム一丸となって頑張っていきたいと思います。
――ありがとうございました!
(取材・編集 太田萌枝、鎌田理沙)