ケガに泣きに泣いた今季。思うような練習ができず、もどかしさだけが募っていった。そんな三浦雅裕(スポ4=兵庫・西脇工)が一年間の悔しさをぶつけるときがついに訪れる。昨年度の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)ではチームで唯一となる区間賞を獲得。2年連続の区間賞が懸かった三浦に、集大成で挑む箱根への思いを伺った。
※この取材は12月1日に行われたものです。
「若い世代の勢いがあるチーム」
笑顔で取材に応じる三浦
――きょうはどういった練習をされていましたか
きょうはジョグの日なので、チームで最近取り入れた体幹トレーニングをみんなでやってから、各自ジョグをしていました。
――最近取り入れた練習というのは
骨盤のトレーニングで、走るときにいかに骨盤を動かせるかというトレーニングで4月くらいから取り入れてきて、それを全員でやっていました。
――気温が低くなってきましたが、調子はいかがですか
最近集中練習が始まったんですが僕自身あまり練習が積めていなくて。なので少しですが序盤ということもあり苦しんでいます。うまく走れていないというのがいまの状況だと思います。
――練習が積めていないというのは
少しケガが多くて。夏合宿で小さいケガを何回もしてしまっていて、あまり距離が踏めていないですね。いま、身体ができていないのでメニューを全てはこなせていないという状態です。
――集中練習では具体的にどのような練習を
箱根駅伝は20キロを走らなければいけないのでまずは30キロの距離走であったり、25キロのペース走であったり、比較的長い距離のが多いです。
――ケガなどもあったということで、まだ長い距離には不安もありますか
いまはあります。
――1月までにはその不安も拭い去ることができそうですか
間に合うようにしないといけないので、間に合わせます。
――現在、ケガなどをしているということではないですよね
いまは万全な状態で走ることができています。
――走ることができるようになってきて、少しでも手応えは感じていますか
手応えはこれから感じてくると思うんですけど、とりあえずは集中練習次第だと思います。
――集中練習の序盤が終わりましたが、これからどういった集中練習にしていきたいですか
ポイント練習の質がすごく高いので、そのポイント練習だけでなく、身体がまだできていない自分の状況からすると走り込みがまだ足りていないと思います。なので、練習の合間のフリージョグであったり自由なところで故障せずに練習を積むなどして、つなぎでの練習を意識して仕上げていきたいです。
――チームとしての状態は
中間層の選手たちが4月から骨盤トレーニングを取り入れたことで飛躍的にレベルが上がっていて。中間層と上位層のレベルがさほど変わらないところまで達しているので、集中練習で競り合いができている点からすごく良い状態だと言えると思います。
――ことしのチームはどんなチームですか
若い世代の勢いがあるチームだと思います。
――それはどういった点からですか
全日本(全日本大学駅伝対校選手権)のときがそうだったんですけど、1区の信一郎(中村、スポ4=香川・高松工芸)以外は全員4年生ではない選手たちが走っていて。でもその中で上位で走ることができましたし、力はもちろんですが勢いも特に下の世代から感じています。それがうまくチームを引っ張っていると思います。
――その中で4年生の役割は
僕たちの役割は勢いやノリだけでは脱線してしまうことがあると思うので、常に正しい道筋、正しい道しるべを見つけ出し引っ張っていくことだと思います。
――三浦選手ご自身で特に意識していることは
僕自身ケガが多くて、チームを作るということにあまり関わることができなかったですね。Aチームに中村、柳(利幸、教4=埼玉・早大本庄)、高田(康暉駅伝主将、スポ4=鹿児島実)が合宿などで引っ張っていて、僕はBチーム、Cチームでやらせていただいていたので、僕は下の方を盛り上げることを意識して行っていました。
――これまでのチームの1年間で最も重要な試合は
やはり全日本大学駅伝の予選会(全日本大学駅伝対校選手権関東学生推薦校選考会)が僕たちにとっては大きい大会で、その大会が初めてでどのように調整すれば良いかも分からない状況でした。結果、散々な成績ではあったんですが、そこでいったんチームとしてこのままではいけないということに気付くことができました。そこからうまく波に乗れて、チームもまとまり、合宿を乗り越えることができました。なので予選会がチームのターニングポイントだったと思います。
――三大駅伝のうち二つの駅伝を終えました。二つの駅伝についてはどのように考えていますか
たぶん力を出し切った結果が出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)と全日本の結果ではないのかなと思っています。完全に出し切った結果が優勝ではなかったので、その結果をしっかりと受け止めて、箱根に向けてこの甘さでは駄目だと気付けましたし、箱根への良いバネになる大会だと思います。
――2つの駅伝を終えたいま、どのような気持ちで箱根まで取り組んでいきたいですか
僕は下りを走ると思うので、おととしときょねんの課題をしっかりとクリアして、万全な状態で挑み流れをつくる走りをしていくかということをしっかりと考えて取り組んでいきたいです。
――ことしは新しく相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)体制となりましたが、どのような監督ですか
相楽さんは選手の意見をよく聞いてくれます。さらに個人的に練習メニューを立ててくださるので、選手個人個人に合った練習ができていると思います。
――具体的にどのようなアドバイスを
僕はケガが多かったので、ケガ明けは長い距離から身体をつくっていくのですが、スピードから入れたいという要望を伝えたら、それに合った練習メニューを作ってくださいました。
「悔しいというよりかは申し訳ない
」
――1年間の個人の成績について振り返ってください
ケガをしすぎてあまり1年間よく覚えてないんですが。全日本の予選会も出雲も全日本もそうなんですけど、本来自分が走らなければいけない大会であるにもかかわらず、ずっと裏方でサポートする側に回っていて。悔しいというよりかは申し訳ないという気持ちがすごく大きかったです。それが1年間思っていたことですね。
――日本学生対校選手権(全カレ)は欠場、全日本ではエントリーには入っていたものの走ることはありませんでしたが、やはりケガの影響が大きいということですね
そうですね。チームに貢献できず申し訳ない限りです。
――関東学生対校選手権(関カレ)では3000メートル障害に出場されていましたが
あれもケガをしていて、無理やり出ますということで出た大会でした。結果も予選落ちとただただ申し訳ない気持ちでした。
――2月の際には5000メートルを視野にというお話がありましたが、5000メートルを走りたいという気持ちはありましたか
走りたいという気持ちよりかは、3000メートル障害で万全な状態で走って、入賞するなどの結果を出して流れをつくる存在になりたかったのですが、それはできませんでした。
――3月の日本学生ハーフマラソン選手権では自己新記録を出し、三浦選手を筆頭に主力選手が多く出場した大会ながら部内で1位のタイムをマークしました
あのときらへんは調子が良かったですね(笑)。
――序盤の方は調子が良かったということですか
そうですね。箱根駅伝が終わってから、区間賞を取れたのでとても自信があって。そのおかげでうまく走ることができたのではないかと思います。
――長い距離の中でも短い距離が得意ということでしたが、このハーフマラソンで長い距離への不安も無くなったのでは
口では短い距離の方が得意と言っているのですが、なぜかハーフマラソンの方がタイム的によく走れているんですよね(笑)。なので長い距離に対しては特に苦手意識はないですね。
――3000メートル障害では東京六大学対校大会では優勝されて、関カレにも同種目で出場されました。駅伝とかなり性質が違うように感じますが、結び付く点などありますか
全くないです(笑)。やはりハードルを飛ぶので、練習のやり方も違いますし、使う筋肉、鍛える筋肉も違います。なので、5000メートル、1万メートルを目標とする選手がやるべき種目ではないと思うのですが、4年生としてどうしても3000メートル障害で入賞してポイントを取ってチームの優勝に貢献するという役目があると思っていたのでやっていました。
――その間は長距離の練習はしていたのですか
もうほぼ3000メートル障害の練習でした。ハードルばっか飛んでいましたね。
――関カレ後、いくつかの競技会にもエントリーされていましたが、全カレを前に一度ロードの練習に戻ったということですか
関レが終わってからケガをしてしまっていて、その復帰戦でたぶんトライアル inいせさきにエントリーされていて。ロードの準備というよりはただ自分が試合に出て結果を出すということに必死だったという期間でした。
――何回ものケガということでしたが、いつ頃にケガをされていたのですか
4月、5月にアキレスけんをケガし、それが結構長くて6月7月はずっと痛めていました。そして7月の下旬から走り始めて8月から合宿には入ったのですが、その序盤で大腿(だいたい)骨の炎症が起こって一カ月休んでいて。9月の三次合宿くらいからようやく走り始めて、そこからはケガせずにきています。
――4、5月はケガがある中で、3000メートル障害を走ることに対して苦しさ、つらさはありましたか
ありました。ケガをしたら休まなければいけないのですが、関カレなどのエンジを背負う戦いは絶対に休めないといいますか、絶対に出て結果を出さなければいけないと僕は考えていて。その結果、走ってしまってケガの悪いサイクルにはまってしまいました。
――ケガをしている状態ではありましたが、夏合宿までの間に何か課題などは見つけられていましたか
伊勢崎には出られませんでしたが、5000メートルの国士舘の記録会(国士舘大学長距離競技会)に出ていて、そこで前半は良かったのですが後半全然粘ることができなくて。なので、課題は苦しくなってきてからの粘り、我慢して走るかということは課題と感じていました。
――夏合宿でケガもあったとのことですが、何かトレーニングや練習はされていたのですか
ジョグはしていました。当然痛いんですが、走れずにはいられませでしたね。
――それはどういった気持ちからですか
合宿中みんなが走っている中、4年生である僕が走らないというのが気持ち的にどうしてもできなくて。あとは、春の分の遅れを取り戻したくて少し痛くても走ってしまいまた痛めたりもしてしまいました。
――中間層のレベルの向上という話も序盤でありましたが、夏合宿などでの下からの追い上げなどを感じることはありましたか
もちろんありました。やはり結果を残し始めていたので、かなり焦りなどを感じました。
――焦りもあったということでしたが、ケガがようやく治った9月以降はどういった練習を
復帰が遅かったこともあり、出雲と全日本は走らない方向で箱根一本に絞るということを自分の中で決めていました。相楽さんにもその気持ちを伝え、とにかく2年のときからの課題である下りでのラスト3キロをしっかりと粘ることができるように走り込みを行っていました。
――その練習に対する手応えは感じていますか
まだないです(笑)。ただこれから感じていけるように練習していきます。
――2つの駅伝がありましたが、チームのために何かされたりしていましたか
出雲はここに残っていたのですが、全日本は現地に行っていたので荷物持ちや応援などできる限りの事はしていました。
――同期の方の走りを見て何か思うことなどありましたか
全日本の1区の信一郎の走りがとても印象に残っていて。あの競り合って何度も前に出るシーンを見て、自分も頑張らなければいけないということをとても感じましたし、絶対に箱根駅伝は外せないという責任感は生まれました。
――今季はあまり試合に出ることができていませんが、不安などはありますか
不安はあるのですが、箱根駅伝の山下りに関してはまったくないです。過去に二回走らせていただいて、ある程度結果も出せていますし、走り方は自分の身体がよく覚えているので、走っても絶対に負けないという自信はあります。
――前回大会は区間賞を獲得し、周りからの期待も大きいと思いますがプレッシャーは
まったくないです。
――それは自信があるからということでしょうか
それもありますが、僕が目標としていることが58分フラットまたは57分台なので、周りから何を言われていてもあまり関係なくその記録を出すために走るしかないという思いです。
――6区の最初は上りもあると思いますが、その対策もされていますか
上りは苦手なんですよ(笑)。ただ骨盤トレーニングを始めたと話しましたが、骨盤は上りで生かされてくると思っていて。骨盤をうまく動かしていかに負担を少なくして走るかというところを意識して、いま練習をしています。
「流れをつくる走りをする」
昨シーズンに続き6区区間賞を狙う
――箱根は三浦選手にとっては早大生活の集大成となる大会だと思いますが、特別な思いはありますか
小学校のときからの夢の舞台なので、小さいときからの思いも含めて、集大成として結果を出すことができるように真剣に取り組んでいきたいです。
――最終学年を迎えたいま、同期はどういった存在ですか
まずはライバルで競技者として競り合う相手です。ただそれを除けばただのばかができる友達ですね(笑)。
――先ほど山下りの話もありましたが、三浦選手の箱根でのレースプランを教えてください
ポイントは前半の上りとラスト3キロの粘りの二つが僕にとっては大きいです。前半の上りは早く突っ込みすぎると足を使ってしまい後半持たなくて、反対に遅すぎるといいタイムは生まれなくて。その加減がとても難しくて、なので足を使わずうまく調整して突っ込み過ぎずに入ることと、ラスト3キロの粘りをきちんと意識して走りたいと思います。
――前回は15キロを過ぎたところから苦しくなったという話もありましたが
差がつくのはその辺りからなんですよね。下りはみんなが同じペースで走れているのですが、下りが終わったあとのラストで1分とか2分とかの差になるのでどの選手にとってもポイントだと思います。
――具体的なタイムの目標を教えてください
目標は千葉健太選手(富士通)のタイムを抜くことです。
――昨年度は距離は延びましたが千葉選手の記録を抜くことができずに悔いが残ったという話もありましたが、1年間目標は変わっていないのですね
はい。そこの粘りをすごく覚えていて忘れられないです。
――ライバルなどはいらっしゃいますか
ライバルはいないと思います。
――ライバルは自分ということですかね
そういうスタンスで頑張ります。
――おととしは前後のタイムが離れていて単独走、昨年は前にも後ろにも人がいる展開でしたがどちらがいいということはありますか
ある程度のタイム差で追う方が勢いを持って走ることができると思います。
――箱根でどういった走りを周囲に見せたいですか
欲を言えば先頭で走って、先頭でつなぐというのがもちろん一番いいですが、2位でもらって40秒差を抜き返して1位でつなぐみたいな熱い展開もおもしろいですね。
――2、3年時に箱根を経験されていますが、箱根はどういった存在ですか
夢の舞台と言いましたが、小学校のときから本当に憧れの舞台で。2年のときに走らせてもらって、そんなことを感じられないほどプレッシャーを感じたと言いますか、それだけ伝統もありますし、箱根という舞台は自分の中でプレッシャーに感じていました。ワセダの伝統と箱根の魅力を感じることができる大会です。
――大会も迫ってきましたが、いまはどういった気持ちですか
あと1カ月か、というような名残惜し思いはあります。この期間がずっと続いてほしいような気持ちもありますね。かと言って…という感じですね。
――それでは個人の目標とチームの目標を教えてください
個人の目標はタイムは58分11秒を切るということと、流れをつくる走りをするということです。チームの目標は総合優勝です。
――最後に意気込みをお願いします
復路の1区を務めることになると思うので、いかに復路に勢いを付けて安心感を与えられるように走りをすることが課題になると思うので、しっかりとそういった責任感を持ちながら全力で走りたいと思います。
——ありがとうございました!
(取材・編集 三上雄大)
箱根への意気込みを書いていただきました
◆三浦雅裕(みうら・まさひろ)
1993年(平5)8月23日生まれのA型。167センチ、51キロ。スポーツ科学部4年。兵庫・西脇工高出身。自己記録:5000メートル14分07秒63。1万メートル29分42秒50。ハーフマラソン1時間2分45秒。箱根を機に陸上競技を引退するという三浦選手。その後は市民ランナーとして陸上界を盛り上げたいそう。現役として挑む最後の舞台、最高の結果で締めくくり、いつもの笑顔が見られることを期待しています!