【連載】『捲土重来』 第1回 安井雄一

駅伝

 「泥臭く」これがことしのワセダの新テーマであり、安井雄一(スポ1=千葉・市船橋)の走りそのものを象徴していると言えよう。初めての東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では、上りの適性を買われて8区に出走。粘り強く泥臭い走りで見事に前を行く明大を仕留めた。しかし、緊張のあまり我々の気づかぬところで予想外のアクシデントに見舞われ、少し悔いの残る走りとなってしまったと彼は言う。箱根デビューから早1ヶ月少々が経過した今、当時の心境と現在の状況について伺った。

※この取材は2月11日に行われたものです。

「絶対に負けない」

笑顔を見せながら取材に応じる安井

――箱根が終わって1ヶ月少々経ちましたが、当時を振り返っていかがですか

初めての箱根ということでとても緊張したのですけれど、楽しく走れました。やはり箱根は1年で一番大事な試合だったので、箱根が終わってから少し気が抜けてしまうことはありました。反動が大きかったですね。

――他の大会と比べて沿道の声援が大きいですが、実際に自分やチームの名前は聞き取れるものなのでしょうか

沿道で個人名を呼んでくださったりとか、「ワセダ頑張れ」と応援してくださる方が多かったので、やはりそれは分かるのですが、知り合いとかは全然分からなかったです。知り合いが全員遊行寺に来ていたみたいなのですが、遊行寺はすごい人だったので全然分からなかったです。

――箱根の数日前には母校の千葉・市船橋高校が全国高校駅伝で6位という好成績を収めましたが、ご覧になられましたか

後輩たちが全国で入賞して、先輩として負けられないなということは、僕も渡辺康幸駅伝監督(平8人卒=千葉・市船橋)と話しました。

――8区の区間配置はいつ頃伝えられましたか

上尾シティマラソン(上尾ハーフ)の終わった辺りから、「安井は8区で行くぞ」というようなうわさは聞いていて、正式に言われたのは12月の終わり頃でした。

――8区と伝えられてから具体的にどのような調整をされたのでしょうか

8区はやはり後半にきつい上りが待っているので、坂ダッシュをやったりとか、少し上り対策をしました。

――往路を6位で終えたことに対してはいかがでしたか

やっぱり優勝を目指していたので6位という結果に少し驚きもあったのですけれど、先輩方に「お前は1年生だからチームのことは気にせず、まず自分の走りをしろ」と言っていただいて、6位でタスキをちゃんとつないできてもらえたので、復路優勝をしようという思いで走りました。

――前日はよく眠れましたか

いえ、緊張して全然眠れなかったです。

――当日の朝の体調はいかがでしたか

緊張しかなかったので、疲労とかはなく、とにかくずっと緊張していました。

――当日のレース直前はどのように過ごされていましたか

直前はいつも通り朝食を食べ、音楽を聴いてというようにいつも通りに振る舞うように意識していました。

――同じ区間を走る選手とお話はされましたか

同じ区間には知り合いはあまりいませんでしたが、レース後には各大学の同級生たちと話したりはしました。

――実際に走ってみて、8区の印象はいかがでしたか

皆さんが言うように、後半の遊行寺の坂は本当にきつかったという印象が大きいです。

――安井選手は積極的なレース運びをなさるのが印象的ですが、ご自身の持ち味を出し切ることはできましたか

今回は少しアクシデントがありまして、いつもは最初の1000メートルで時計を見てどのくらいのペースで走っているかの確認をするのですが、今回は時計のスタートボタンを押すのを忘れてしまって1000メートルの地点で時計を見たら時刻で…(笑)。それで頭の中が真っ白になってしまい、積極的にいくつもりが実際は相当遅いペースだったことを後に監督に後ろから言われて、かなり焦りましたね。

――その後、どのように立て直しをされたのでしょうか

後半はペースを上げなければならないと思ったので、監督から(遅いと)言われてから徐々にペースを上げていったという感じです。なので持ち味を出し切ることはできなかったかなという感じです。

――遊行寺の坂でもペースを落とさずに走られていましたが、逆に前半に抑えて入ったからこそできた走りだったのでしょうか

それも多分ありますね。残り5キロのタイムだけで見れば区間2位だったのですが、(実際は区間7位だったので)相当前半が遅かったということですね。

――昨年8区を走った井戸浩貴選手(商2=兵庫・竜野)などから何かアドバイスは受けていましたか

色々とアドバイスは受けました。後半足が止まってしまわないように、前半ガンガン行かなくても大丈夫だということだったので、最悪自分の(積極的な走りという)持ち味が出せなくても大丈夫なのかなとは思っていました。

――11月26日の事前取材では、目標は区間3位だとおっしゃられていましたが、実際は区間7位でした。その点についてはいかがですか

率直に悔しいです。前の明大を抜くので精一杯だったのですけど、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)のシード権を得られる3位を目指さなければいけなかったのでやはり区間3番くらいの上位で走らないといけなかったと思います。そこに関してはすごく悔しいです。

――それでは総合5位という結果についても悔しい気持ちが残ったということでしょうか

はい。本当に悔しいです。

――7区を終えた時点で前を走る明大の牟田祐樹選手とは1分6秒の差がありましたが、その点についてはどのように考えていましたか

6区の三浦さん(雅裕、スポ3=兵庫・西脇工)がスタートした時点で前とは結構な差があったので、もしかしたら単独走になるかもしれないとは言われていたのでそういう心構えでいたのですけど、三浦さんと武田さん(凜太郎、スポ2=東京・早実)がすごく良い走りをしてくださって、前の明大が見える位置にいたので、監督から明大を抜くように言われていました。

――前の選手はよく見えていたのですか

初めは本当に小さくしか見えていなくて、タイム差も1分6秒ありましたし、しかも明大の選手も強い選手だったので正直(抜く)自信はなかったのですが、渡辺監督がずっと「行けるぞ行けるぞ」とおっしゃっていましたし、実際にだんだん近くなっていくのも分かりました。

――実際に明大の牟田選手は持ちタイム良く、安井選手も出場された上尾ハーフでも12位という格上の選手でしたが、横に着いた時はどのようなお気持ちでしたか

何としてでも柳さん(利幸、教3=埼玉・早大本庄)には明大の前でタスキをつなぎたかったので、「絶対に負けない」という思いでした。ちょうど横にテレビ取材がいたので、抜かないとかっこよくないなと思って(笑)。それで頑張りました。

――メディアの注目や沿道の応援はやはり力になるのでしょうか

そうですね。やはり応援の影響は大きいです。

――7区が終了した時点でワセダの後ろにつけていた同じ1年生の東海大の春日千速選手は区間5位でした。このことについてはいかがでしょうか

負けたのはすごく悔しいのですけど、東海大学はコースが地元で、何回も下見をしていると聞いていたので、彼はもう少し上を目指していたのかなとは思います。

――当日は具体的にどのようなレースプランを立てて臨まれましたか

まずは明大に追いつくというのが第一目標で、その前を行く駒大や東洋大とも差を詰めていこうとは(渡辺監督から)言われていていました。最初の15キロは1キロ3分ペースで行けば良いということだったので、残りの上りから(上りが得意なので)自分の持ち味を出すように言われていました。

――目標タイムは設定されていましたか

僕の中では64分台を目標にしていたのですが、実際は66分ということで思うように走れなかったのですけど、区間賞も65分30秒だったので、目標タイムが速すぎたのかなというのはありましたね。

――結果はまずまずといったところでしょうか

そうですね。ただ本当はもうちょっと速く走りたかったです。

――レース後に渡辺監督からはどのような声をかけられましたか

監督とはお話しすることができなかったのですが、相楽豊長距離コーチ(平15人卒=福島・安積)とは話す機会があって、言い訳ではないのですけど、「1年生でペースなども分からないだろうし今回そこまで悪くないから来年は5区で頑張ってくれ」と言われました。

――タスキを貰うときに武田選手から何か言葉はかけてもらいましたか

武田さんからは「明治を抜いてくれ」と言われたので、「任せてください」と言いました。

――安井選手からは9区の柳選手にどんな言葉をかけましたか

僕はペースが相当遅くて、明大を抜いたのはいいものの前の駒大や東洋大とは3分ぐらい開いてるんじゃないかなと思ってすごく不安になって、確か「すみません」と言いました。

――大会全体で意識していた選手はいますか

同級生の東海大の川端(千都)とか、山梨学院大の市谷(龍太郎)とかはずっと高校でも仲良くやってきていて、川端は2区で高田さん(康暉、スポ3=鹿児島実)と競ったりとかもっと(自分より)上のレベルで戦っているので、負けたくないなというのはありますね。

――将来的には2区を走りたいというお気持ちはありますか

やはり2区を任されるような選手を目指したいですね。

――部内では1年生の中で唯一安井選手が起用されましたが、どのような点が評価されたとお考えですか

やはり上りが強いと言うのが一番だと思います。渡辺さんもおっしゃっていたのですが、山を上れるのは僕か山本さん(修平駅伝主将、スポ4=愛知・時習館)か高橋広夢さん(スポ4=東京・東大付)かくらいしかいないということで、「8区はお前しか考えていない」(渡辺監督から)と言われました。

――来年は山本選手の後任として5区を走りたいお気持ちはありますか

やっぱり修平さんという山の大エースが抜けてしまって、次に誰が走るのかとなったときに誰もいないといいますか、渡辺さんからも相楽さんからもお前に上ってほしいと言われているので、5区への意欲はあります。

――5区を意識して、1年間を通して具体的に何か取り組みたいことはありますか

5区のために何かを練習をするということはしないようにしたいです。トラックの関東学生対校選手権(関カレ)や日本学生対校選手権とかで結果を出せばきっと(5区を走った時の結果にも)つながってくるのかなと思っています。ただ体幹や補強は多めにやっていきたいと思っています。

「人間として強くなれた」

――箱根駅伝の前哨戦でもある全日本では出走メンバーに選ばれませんでしたが、選ばれなかったからこそ気持ちに芽生えた思いはありましたか

はい。やっぱり大学三大駅伝を走るチャンスがあったのにも関わらず、出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)も全日本もどっちも補欠という形になってしまって本当に悔しかったので、「何としてでも箱根は走るぞ」という思いを持ちながら練習をしました。

――入学当時、同学年の光延誠選手(スポ1=佐賀・鳥栖工)や藤原滋記選手(スポ1=兵庫・西脇工)に対してどのような印象を持っていましたか

高校1年生の頃から仲が良くて、常に3人でバトルしている感じでまさか3人そろってワセダに来れるとは思わなかったので、自分たちが4年生になったときには3大エースと言われるように頑張ろうという気持ちでした。

――実際に1年間同じ環境で過ごしてきていかがでしたか

相変わらず仲良くやっていて、なおかつ2人ともレベルが高いので練習でも負けたくないなという感じで、いい意味で仲間でもあり、ライバルでもありますね。

――プライベートでも一緒に過ごされることは多いのでしょうか

そうですね。光延ともよく飯とか一緒に行きますし、滋記とも結構遊びにいきます。

――大学1年生を通して成し遂げられたことを教えてください

今までよりも強くなれたかなっていうのはあります。陸上だけでなく、勉強としても大学は自分でやらなければならないことが多くて、それをこなしていくうちに人間として強くなれたかなとは思います。

――逆に、大学生活で苦労していることはありますか

スポーツ科学部に所属しているので、スポーツの勉強が多くて、高校のときみたいな古典とかがないので(笑)。勉強に関しては楽しいです。ただテスト勉強は苦労しますね(笑)。

――箱根を経験して得たことや、芽生えた変化はありますか

やっぱり以前より注目されるようになったと言いますか、周りの目が変わったと言いますか、自分で言うのもなんなんですけど期待される存在になったというのは実感していて、お母さんとか知り合いも「来年は区間賞ね」みたいな感じ言われるようになったので、その期待に応えられるようにしたいなと思います。

――プレッシャーには強いですか、弱いですか

どちらかと言えば弱いです。いつも保険をかけています。「ちょっと調子悪いから」みたいな感じで(笑)。

新たなワセダでさらなる強さを

ルーキーで唯一の出走となった

――先日の千葉国際クロスカントリー(千葉クロカン)では地盤が緩む中で、39分00秒の15位という結果でしたが、率直な感想をお願いします

田んぼの中で走っている感じですごく楽しかったです。

――レース中にも笑顔が印象的でした

箱根が終わってから、今までの競技人生にないくらいの不調に陥ってしまって、思うような練習が全くできなかったのですけど、その中で今回の千葉クロカンに出場したので、立川ハーフ(日本学生ハーフマラソン選手権)に向けて気持ちを切り替えようと思って楽しんで走りました。

――あのようなコンディションの中でも後半は粘りのある走りが見受けられました。その点は評価できるのではないでしょうか

そうですね。地元でのレースだったというのもありますし、たくさん応援していただいて、ことしのワセダの新しいテーマとして「泥臭く」というのを掲げているので、泥臭くこのまま粘ってやろうという思いで走りました。

――箱根が終わってから不調が続いたとのことでしたが、千葉クロカンも終え、今の調子はいかがですか

千葉クロカンが良いきっかけになったと言いますか、久しぶりに楽しく走れて、千葉クロカンまではちょっと暗い感じだったんですけど、今はすごく元気です。

――立川ハーフに向けてはいかがですか

立川ハーフはまずは他大の1年生に負けないというのが第一目標で、その次に62分30秒を目指したいというのはあります。

――トラックシーズンに向けて目標はありますか

昨年は1年間を通して課題が残ってしまったのはトラックだったので、ことしはトラックでしっかり結果を残して駅伝シーズンにつなげていけたらと思います。

――昨年の関カレでは1500メートルに出場されましたが、ことしはどの種目に出場したいですか

1500メートルには中距離の強い選手がいますし、ことしは長距離の選手として5000メートルや1万メートルに出場したいという気持ちはあります。

――来季の駅伝シーズンに向けて意気込みをお願いします

2年生になるのでことしとは違う強さを見せたいと思います。最終的に箱根は優勝したいと思っていますが、6月にある全日本の予選会でから駅伝シーズンは始まっていると思っているので、まずはここでトップ通過をすることが必要だと思います。

――最後に、応援してくれるファンの皆さんに一言メッセージをお願いします

ことしのワセダは、監督も変わりますしまた新しいワセダをお見せできると思うので、どうぞ応援よろしくお願いします!

――ありがとうございました!

(取材・編集 井上莉沙)

◆安井雄一(やすい・ゆういち)

1995(平7)年5月19日生まれのO型。170センチ、56キロ。千葉・市船橋高出身。スポーツ科学部1年。自己記録:5000メートル14分09秒39。ハーフマラソン1時間3分30秒。2015年箱根駅伝8区1時間06分05秒(区間7位)。