【連載】『ツナグ』 第6回 山本修平

駅伝


 第5回は昨年に続き天下の瞼(けん)に挑んだ山本修平(スポ2=愛知・時習館)。3位でタスキを受けると一時は首位に立ったが、最後はまさかの失速で日体大・服部翔大から2分半以上遅れてゴール。失速の理由、そして今季の目標を聞いた。

※この取材は1月26日に行われたものです

「出遅れても慌てることはなかった」

箱根で痛めた足も回復に向かい、練習も詰めてきているという

――先日の都道府県対抗駅伝はご覧になりましたか
見ました。元々出場するかどうかというところに絡んでいたのですが、出場できなくなって申し訳なかったです。それでも愛知県が健闘してくれたのはうれしかったです。

――東京都から出走した新主将の大迫傑選手(スポ3=長野・佐久長聖)は区間賞でしたね
貫録でしたね(笑)。区間賞は取ってくるかなと思っていましたが、タイムもなかなかの好走でしたので、やはり来年度も世界選手権を見据えているなと感じました。

――解散期間が明けて、新体制での練習が始まりましたがいかがですか
今回の箱根駅伝で層が薄いということを痛感させられましたので、Bチームの底上げというのを意識してこれからはチームを作っていくと思います。

――解散中はご実家に帰られたのですか
はい。地元で中学校や高校ではいろんな人に温かく迎えて頂いて、心のリフレッシュになりました。家族たちにはよく頑張ったねと言ってもらって、来年は優勝して喜ばせてあげたいと思いましたね。

――では、箱根についての話に入りたいと思います。ワセダは往路重視のオーダーだったと思いますが、理想としてはどういうレース展開を考えていらっしゃいましたか
1区で最悪でも上位に食らいついて、3区か4区あたりでトップに出て、5区で後ろとの差を広げて往路優勝。そこから流れに乗って、というのが理想でした。でもやはり、なかなかほかの大学が思い通りにさせてくれませんでしたね。

――当日はタスキが回ってくるまで、ワセダが出遅れたのをどう見ていましたか
出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)にしろ全日本(全日本大学駅伝対校選手権)にしろ1区での出遅れというのは経験していたので、慌てることもなく挽回するしかないなという気持ちで冷静だったと思います。

――その中で3区の大迫選手が9人抜きの快走を見せました
風も強くて難しい区間だったと思いますが、3位まで押し上げて悪い流れを変えてくれましたね。

――そして4区の佐々木寛文主将(スポ4=長野・佐久長聖)からタスキを受け取りました。佐々木主将からは何か声をかけられましたか
佐々木さんも最後の箱根駅伝で想いの詰まった走りをしてくださって、タスキリレーのときも必死な顔で頑張ってという声を頂きました。

――前とのタイム差はトップ東洋大と2分7秒、2位日体大と18秒差。この差はどのように考えていましたか
東洋さんに追いつけるかなというのは少し不安でした。前に日体大もいるというのは計算外でしたが沿道のワセダの選手がタイム差をたびたび教えてくれて、それが縮まっていたので自信を持ちながら走ることができました。

――また、後ろには昨年と同じく明大の大江啓貴選手がいましたが気になりましたか
最初は向かい風に苦戦して走っていたので、もしかしたら大江さんにすぐ追いつかれるのではないかと考えていました。ただ山中に入ってからは日体との差が縮まっていくのがわかったので、そこからは後ろは意識することなく前だけを見て行けました。

――箱根当日、自分自身の調子はいかがだったのですか
なかなかベストコンディションに近い状態でした。ただ、風に関してはちょっと誤算でしたね…。条件はみんな一緒なんですけどね。

――昨年は上りの練習はほとんどせず、他の選手と集中練習をこなしたとおっしゃっていましたがことしは
ことしも上りはほとんどしていませんね。こういう言い方をするのもあれですが、やはりワセダは箱根駅伝だけではなくてトラックも重視するという方針ですので、みんなと一緒に集中練習で仕上げて山に挑戦するという形でした。

――渡辺康幸駅伝監督(平8人卒=千葉・市船橋)からは何か指示がありましたか
2~4区で立て直してくれていましたので、東洋の定方(俊樹)選手との差だけ気にして、おそらく81分台くらいで走るだろうから追いついて往路優勝するぞという指示だけでした。

「下りに入ってから切り替えられなかった」

――振り返って序盤はどういう感覚でしたか
自分としては最初の2、3キロを突っ込んでいったつもりだったのですが、タイムがあまり速くなくて思ったより疲れてしまい、そこからは抑えていきました。タイム見ると遅かったのですが、それでも前との差が縮まっていったので良いペースで走っているのだと感じながら走っていました。

――昨年は断った1回目の給水を受け取った意図はなんですか
(昨年は)脚がつったりだとか、後半、体にすごい負荷がかかったのはあそこで給水を取らなかったからではないかなと考えたからです。あとは教授の方々や先生方からやはり給水は取った方がいいとアドバイスを頂いたので、ことしは取りました。

――まず、宮ノ下で日体大をとらえました。そのときの頭の中は何を考えていましたか
日体は段々と近付いてこれは絶対とらえられると思っていました。ただ日体との差を気にしながらまずは東洋に追いつくことを考えていましたので、すぐ抜いて東洋にいこうと考えていました。

――では本来並走するつもりはなく、追い抜くつもりだったのでしょうか
そうですね。本当は日体をすぐ抜いていくつもりだったのですが、一旦抜いてから自分のリズムが崩れてしまいました。あとは宮ノ下の後は急な坂があって、そこで疲れてしまったというのもありました。

――その後2キロほど並走して、小涌園前でついに東洋大をとらえました
やっと追いついたなと思ったのですが、勝負はここからだなという風に切り替えて、そこで一回仕掛けようとしました。ただやはり服部選手も強くて、なかなか離すことができなくて、僕の脚に(疲労が)来てしまいまして力尽きてしまいました。

――追いついた直後には沿道の声に応える仕草もありましたね
あれはOBさんですね。いつもグラウンドに来て応援してくださる方です。少し余裕もありましたし、よしここからいくぞ、という気持ちで気合を入れていこうとしたのですが、期待に応えられなくて申し訳なかったなという悔しさがあります。

――すぐに東洋大が遅れ、しばらくはまた日体大との並走でした
東洋を離すことを考えていたので、まずは二人で交互に出て離そう、という感じで走っていましたね。そのあとは最後のスパート勝負と考えていました。

――しかし、その前に17キロ手前で遅れてしまいました。原因はなんだったのですか
足首の故障、というか痛みが出てしまいました。踏ん張ることができなくて、またそれに合わせて向かい風による痙攣がでてしまって中々進むことができなくなってしまったという感じですね。下りに入ってから切り替えられなかったことが残念です。

――前半突っ込み過ぎたのが響いた、ということでしょうか
前半、向かい風がある中で強引に押していったので、そのダメージはあったかと思います。

――下りで切り替えられなかったのはスタミナが切れたというより足の影響ですか
足の影響が大きかった、というと言い訳になってしまいますが、踏ん張りきることができなくて、力を出し切ることができなかったかなというのはあります。

――見ている側からもフォームがおかしいのは感じることができました
後で映像を確認しても足を引きずっているような状態でしたので、あれではさすがに日体の選手も勝たせてくれないなと感じました。

――最終的には日体大から2分36秒遅れてゴールしました
2分30秒も開かれているとは思っていなくて、自分が情けなかったです。

――それでも区間順位は3位でしたがいかがですか
正直、途中で走り切れるかわからないくらい体に(ダメージが)来ていましたので、自分としては最後に精一杯ゴールすることに必死でした。やはり日体の選手が強かったということだと思います。

――目標としてきた区間賞を取れなかったことについてはいかがですか
自分自身ことしは何も結果を残せていなくて、最後のチャンスでもまた区間賞取り逃がしてしまって反省するべき点ではあると思います。でももう終わったことですので、次に切り替えてまたしっかり結果を残していきたいです。

――渡辺駅伝監督からは何かレース後にお話はありましたか
特にはなかったのですが、5区に関してやれることはやってはベストに仕上げてあったから、風の影響ということで仕方ないとおっしゃっていました。今度はしっかり風の対策をしなければならないと感じています。

――自分の走りを映像でチェックして感じたことはありますか
前半は悪い走りではなかったなと思いましたし、調子も悪くなかったなと感じました。ただ後半は苦しい走りで、精一杯だったなと感じました。

――区間賞に向けて、足りないことはなんだと自分自身で感じますか
区間賞を取る区間賞を取る、という気持ちだけではだめだなと思いました。コースの起伏であったりとか、そういうところをしっかり把握していかないと(区間賞は)なかなか取れないのかなと思います。コンディションに関してはベストの状態で臨めていると思うので、あとはやはりさらに力を付けて、より良い状態で持っていくかだなと感じました。

――復路はチーム全体で苦しい走りとなり、総合5位でした。この結果についてはどうお考えですか
往路からなるべく有利な態勢を作って、復路の選手に託すという風にしたかったのですが、往路で思うような展開に出来なかったことで復路の選手の負担が大きくなってしまいました。それでもなんとか復路の選手は走ってくれたなかなと思います。チームとしては課題が残りましたね。

――復路の中では同級生でアンカーの田口大貴選手(スポ2=秋田)が区間4位とまずまずの走りでしたね
よく走ってくれたなとも思いますが、やはり田口に関してはもっと上を目指してほしいので区間4番で満足はしてほしくないですね。今後主要区間走ってほしい選手でもありますので、この経験をいかしてもっと頑張ってほしいです。

――今回の箱根を終えてこれからはどういったチーム作りが重要でしょうか
収穫としては復路を走った選手全員が来年も残りますし、往路の2人と(エントリーメンバーの)16人に入りつつ走れなかった選手もいます。そういった選手を中心にしてみんなで底上げをして戦っていかないといけないと思います。

――箱根を一区切りとして、この一年間はいかがでしたか
ことしに関しては一番の目標は自己ベスト更新だったので、それを達成できたのはよかったです。ただ、早稲田大学にいる以上は結果が全てで、その結果が出すことができなかったのは貢献できなかったということで、反省しなければならないと感じています。ですので、来年度は自分の目標もありますが、インカレ(日本学生対校選手権)であったり、駅伝であったり、ワセダとしての仕事でもしっかり結果を残したいです。

――箱根では来年も5区で走りたい気持ちがありますか
僕が5区を走るのは自分にとっては良いと思うのですが、チームの中で僕が5区走ってくれるとか、そういう甘えが出てしまうのは良くないと感じています。全員でやっていかなければいけないと思いますし、どの区間もどの選手も対応できるようにしていかなければならないと思います。

「世界選手権出場も視野に」

芦ノ湖にトップで帰ることは叶わず、顔を歪ませてゴールした

――現在の調子はいかがですか
箱根で足を痛めたので、少し休養していました。現在は痛みも治まって、来週の丸亀ハーフ(香川丸亀国際ハーフマラソン)に向けて練習は再開しました。

――丸亀ハーフでの目標を教えてください
足の影響で出遅れているところはありますが、もう治りましたしスタートラインに立てば関係ないことなので、まずは学生トップを狙っていきたいです。

――出走する狙いはなんでしょうか
きょねんも出てうまくトラックシーズンにつながったというのもありますし、やはり試合に出ないとだらけてしまうところもあるので気を引き締めるというという意味もあります。あとは次の立川ハーフ(日本学生ハーフマラソン選手権)ですとか、トラックのレースに切り替えていくためですね。

――丸亀ハーフ後はどういうレース予定ですか
福岡クロカン(福岡国際クロスカントリー)と立川ハーフにもおそらく出場する予定です。その後はリレーカーニバル(兵庫リレーカーニバル)だったりとか、トラックで記録を狙っていきたいです。

――トラックでの具体的に目標とするタイムはいかがですか
1万(メートル)で欲を言うと世界陸上のA標準くらいを狙っていきたいのですが、まずは現実を見て27分50切りならいけるんじゃないかと考えています。5000(メートル)に関しても13分30切りを目標にしています。

――世界選手権はあわよくば出場を狙う、ということですか
そうですね、一応視野には入れています。多分、大迫選手や他の大学生もそこを狙っていくと思いますし、ユニバーシアードもあるので世界選手権を一番に考えつつ勝負したいなと思います

――来季の目標を教えてください
来シーズンはインカレで個人3位以内、駅伝は優勝です。あとは世界選手権に照準を合わせて勝負していきたいなと思います。

――最後に読者の皆さんに一言お願いします
みなさん箱根駅伝応援ありがとうございました。来年度もまたよろしくお願いします。

――ありがとうございました!

(取材・編集 浜雄介) 

◆山本修平(やまもと・しゅうへい)
 1991年(平3)5月24日生まれのA型。168センチ、47キロ。愛知・時習館高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル13分42秒17。1万メートル28分14秒49。ハーフマラソン1時間2分14秒。2012年箱根駅伝5区1時間19分52秒(区間3位)、13年5区1時間22分52秒(区間3位)