【連載】『箱根路への挑戦状』『指揮官の眼識』 第3回 東洋大・酒井俊幸監督

駅伝

 各大学の監督に指導論やワセダの印象をお伺いした本特集。第3回目は『山の神』柏原竜二(富士通)を擁し、ここ5年で3回もの東京箱根間往復大学駅伝(箱根)の総合優勝を果たしている強豪・東洋大の酒井俊幸監督である。柏原の卒業後も層の厚さと、本番に動じない走りで常に優勝争いを演じている東洋大の強さの秘密。そしてワセダへの思いを伺った。

※この取材は10月30日に行ったものです。

目指すのは「自ら考え行動できるチーム」

――今季は設楽選手(啓太、悠太、東洋大)が27分台を出されるなどの活躍がありましたが、全体的に振り返っていかがですか

今季は、設楽もそうですけど1万メートルでのタイムを昨年のチームよりも作っていこうということで、春先はしっかりトラックの大会に出場してきました。設楽は27分台が出ましたけど、それは記録を出すためではなくて、日本選手権とか世界選手権とか上を狙ったからこその27分台でしたし、通過点だと考えていました。ワセダの大迫くん(傑、スポ4=長野・佐久長聖)が学生記録を更新して世界選手権に出ましたが、そういった目標とする選手やライバルがいたからこそ27分台が出たのかなと思います。

――東洋大を率いるにあたり、酒井監督はどのような指導論をお持ちですか

学生なんで実業団とはまた違いますね。競技的には部の目標は『世界への挑戦』で、長距離は『学生三大駅伝優勝』です。もう一つ大事なことは競技を通じての人格形成です。やはり陸上だけやっていればいいというわけではないので、選手には競技を通じて、また集団生活を通じて成長して欲しいですね。せっかく大学にきたわけですから、勉学もして、そして仲間を大事にして欲しいなと思っています。競技だけでなく他の部分の教育というものをしっかりしたいという指導論を持っています。

――生活態度などを厳しく指導されているそうですが、その点についてはいかがですか

生活規律がしっかりしてないチームはなかなか練習の継続ができませんし、チーム力というのも上がっていきません。ただ、それは当たり前にすれば苦しいものではないです。競技者として、また一流の選手を目指そうとするならば、その土台というものを養うのはこの時期なので、そういうことをきちんと教えています。これは陸上だけでなくて他のスポーツもそうですね。上を目指そう、高いパフォーマンスを出そう、箱根駅伝で総合優勝を目指そうと思えば、それに伴った練習、練習があったらそれに向けての準備が必要です。食事もそうですね。自分の体を形成するにはどういうものを食べなくてはいけないのか、ウエイトコントロールもそうですし、血液の状態もそうですね。自分の能力を発揮するためにはまず己を知るというのが大事です。つまり己を知り、己に打ち勝つこれが強い選手の条件だと思い、生活規律とか集団生活のルールを守ることを私が来た時にもう一度徹底しました。

――以前は高校での指導をなさっていましたが、大学と比べて指導の違いはありますか

高校は、学校によって進学コースなどがあったりもしますが、だいたいは放課後って一緒ですよね。でも大学はカリキュラムとか学部とか学科によってバラバラなので、まず全員が集まって一緒に練習することができないんです。そうなると自分で練習をやる時間を作ったり、自分の感性を磨いていかないといけません。絶対に調子の悪い時やケガをする時はあるわけですから、そういう時に自分でどれだけしっかりやれるかどうかです。高校の部活動だと全員始まる時間、終わる時間が同じですからね。そこが大きな違いです。

――酒井監督が目指すチームはどのようなものですか

自ら考え行動できるチームです。

――大学の監督の方々は選手の自主性を重んじられる方が多いですが、自主性を高めるために具体的に酒井監督が行われていることはありますか

自主性と言っても捉え方はいくつもあります。私がこれだけはしないようにとしているのは、自主性という名の放任です。でも管理という言葉は好きではありません。自主性というのは楽をすれば楽ができるという捉え方ではなくて、そこで差が出るんだよ、自主性の部分でどういった取り組みをしていくのかというのが大切だよ、と伝えています。走り方もそうですし、姿勢や筋力の動きもそうです。また、昼寝しているのかとか遊んでいるのかとか、もちろんストレス発散も大事ですが、空いた時間の使い方もそうですね。もうこっちが毎日、練習を見ているというのは限界がありますから。でも生真面目が良いというわけではないですよ。真面目すぎると本番に弱い子なんかもいるので。

――今まで見てきた選手の中そこがしっかりできていた選手は

柏原ですね。彼は時間がきっちりしていました。だいたい何かやろうと伝えた時間の前に来て、体を動かしたりしていました。ただ、設楽は真逆ですね。彼らはギリギリに行動します。でも本番は動じません。兄弟揃ってですね(笑)。でもお兄ちゃん(啓太)の方がまだ早いかな(笑)。

――酒井監督は柏原選手の才能をいち早く見抜いたとお伺いしたのですが、どのような点に光るものを感じたのですか

タイム的な魅力というのは高校時代、目立ったものはありませんでした。伸びたのも夏以降でしたしね。貧血の傾向があって、よく過呼吸にもなっていました。彼の一番良いところは攻める気持ちです。全国高校総合体育大会(高校総体)に出場するには県大会や東北大会で6位に入らなくてはいけません。そうしたら普通は攻めるんではなくて、人の後ろについたりしますよね。でも彼は高校の先生に引っ張るなと言われたのに、それを無視して集団を引っ張っていました。結果的にはその後ズルズル落ちていったんですけどね。言うことを聞かず攻めるのは箱根の5区と同じです。攻める、挑戦する。そういうところに惹かれました。こういうなやつがやっぱり大記録を作りますよね。選手の勧誘はコーチの佐藤(尚)を中心にやっているんですけど、動きはもちろん見ます。でも走り方だけでなく、心、素直な気持ちなどが大事だと思っています。

箱根は特別な大会

ご自身の指導論について身振り手振りを交え方ってくださった酒井監督

――酒井監督にとって箱根とはどんな大会ですか

ことしで第90回を迎えますけど、歴史も伝統もあります。私も出させてもらったんですけど、それまで非常に憧れていました。そしてなにより、長距離選手の底辺をすごい底上げしていると思います。やはり注目を集める中で走るというのはいろんな人への恩返しにもなりますから。勧誘に行っても箱根を走りたいといいう子はたくさんいますしね。今や箱根は200人も出場していて遠い存在ではありません。でもうちの部員は約60人いますので、その中のほとんどが走れません。そういった時に何をやるのかとか、仲間を思う気持ちとか、これらは箱根特有です。学生にとっての箱根はやっぱり特別ですね。

――選手で出場した時と監督になって出場した時で、箱根の捉え方に違いはありますか

選手の時に気づかないところが指導者になって気づきますね。こんなに多くの人に支えられての大会ですし、改めて規模の大きさに非常に驚かされました。それに走らせることがこんなに難しい大会もそうないなと感じています。

――箱根はトラックで世界を目指すことを考えると妨げになるのではないかという意見もありますが、そについてはどうお考えですか

僕はそうは思いません。トラックで1万メートルを27分台や日本記録を出すには20キロを走れないとなかなか厳しいです。例えば、もし26分台をもっているエチオピアやケニアの選手が箱根を走ったときに、遅いかと言われたら違いますよね。モハメド・ファラー(英国)とかゲーレン・ラップ(米国)とかが箱根を走ったらすごそうですよね。だからそこは自分でカベをつくってはいけません。ただ、箱根にもっていく過程は駅伝用の練習、トラック用の練習とうまく両立させて自分にあった取り組みをする必要があります。

強力なライバルであり、目標でもある

東洋大の二枚看板である設楽ツインズの兄・設楽啓はワセダの大迫を強く意識しているという

――現在のワセダのチームをどのように見られていますか

ことしはやっぱりエース大迫君を中心として、主力選手では山本修平(スポ3=愛知・時習館)がいますね。あと一般生を含めた下級性が切磋琢磨(せっさたくま)していて怖いなと思います。一般生と推薦生がお互いに競い合ってレベルを上げている時のワセダさんは非常に怖いなというのを『三冠』の時に感じましたので。

――『三冠』の時の猪俣英希選手(平23スポ卒=福島・会津)のことは高校時代からご存知だったそうですが、台頭した時はどう感じられましたか

出雲の時に彼は走っていないんですけど、向こうの記録会(出雲市陸橋長距離記録会)で5千メートルを14分一桁で走ってたんですよね。その時に「お前が走ったら厄介だな」と本人に言いました(笑)。ああいう選手は駅伝でミスをしないですからね。それに出身が佐藤敦之(平13人卒=福島・会津)君とかと同じ会津ですからね、やっぱり粘り強いです。

――高校時代はどのような選手だったのでしょうか

まだまだでした。その時の会津高校はいいチームだったんですけど、全国高等学校駅伝や高校総体は行けないレベルでした。でも大学に入ってから文武両道で伸びて行きましたね。やっぱり勉強で頑張れる選手は進歩できます。自分の飲み込みが早いので、最後の追い込みはそういう選手の方ができますね。

――ワセダの強さはどこにあると感じていらっしゃいっますか

やっぱり、一般生と推薦生の融合ですね。あとは常に世界を見て戦っているところです。「ワセダのエースは世界と勝負しなくてはダメだ」とよく渡辺駅伝監督(康幸、平8人卒=千葉・市船橋)がおっしゃっていますし、それこそ渡辺監督をはじめとする大勢のOBが日の丸をつけて戦っています。それに常に優勝を狙ってくるじゃないですか、そういう姿勢には惹かれますし、強さだなと思います。

――では逆に弱いところは

弱さですか…。まあでもチームは常に学生じゃないですか、どうしても出入りがありますよね。育成する年と集大成の年がどうしても出てしまうので、そういう選手の入れ替えの時にどういう育成をするかが大事だと思います。

――それでも駒大や東洋大は一定の力を常に維持されています

うちは、柏原がいてそれに頼りたくないっていう同級生が奮起して、それを見た下級性、特に設楽がいたんで上手くいきました。駒大さんも毎年、柱になるような選手がたまたま、うまく勧誘できたりしているので力が常にあるんだと思います。でもうちもまた柱を作らなくてはいけないのでこれから正念場です。

――東洋大の強さは層の厚さにあると思いますが、日頃から多くの選手に声をかけられているのですか

下級生の時っていうのはどうしても荒削りだし、高校で練習をしてきた環境もさまざまです。早熟型の選手もいれば大学に入って徐々に成長する選手もいるので、ことし戦力にならなくても来年、再来年の戦力になる可能生は十分にあります。ホップ・ステップ・ジャンプだったら、ホップのところがしっかりしていないと高い飛躍は出来ません。また、選手を預かる立場としてしっかりとした練習や充実した4年間を送って欲しいので、そういうヒントやチャンスは平等に与えています。ですから公平性を持って、学びたい意欲のある子にはどんどん指導しています。

――ワセダの顔である大迫選手については、どのような印象をお持ちですか

彼は強い信念を表に見えるようにもっていて、飽くなき向上心を持っています。ライバル校の選手ですけど応援したくなる。そんな選手です。はっきりしてるじゃないですか、僕は世界で戦いたいんだというのが。またそれを認めている渡辺監督もスケールが大きくてすごいなと思っています。大迫君なんかは語学ができなくても自ら海外に行きますよね。でも海外だとトラブルがあったら一人で対応しなくてはいけない。そういった部分も本当に色んな意味でのレベルアップになります。海外だと監督も試合の時にセキュリティゾーンから中に入れないですし、日本ほど競技環境が整っていません。だから自分で考えて行動できないと海外の試合で走れないんですよね。だから大迫君は本当にすごいと思います。さらにエースの大迫君がチームを離れている時でも、他の上級生がしっかりまとめていますよね。そういう雰囲気は僕は素晴らしいなと思います。エースがいないとダメ、監督がいないとダメではレベルが低いじゃないですか。

――設楽選手などはそういった面はいかがですか

うちの設楽にできるかとなると、まだそういうことはできないですね。大迫君は高いモチベーションでやっていますし、考えて動きますよね。高校の先輩の佐藤悠基くん(日清食品グループ)に負けて、そこから勝ちたい、世界選手権に行きたい、じゃあどんなことが必要かと考えて動きましたよね。また渡辺監督は僕が現役の時はスーパースターでした。でも実業団ではケガがあって、出場権を取ったけどオリンピックは走っていないですし、その後は故障続きであれだけの逸材が世界で勝負できなかった。そういう自分の中の気持ちを教え子に託しているところもすごいと思います。

――大迫選手の才能は柏原選手や設楽選手とはまた違ったものですよね

タイプが全然違います。柏原と設楽も本当に違いますし、設楽も双子で全然違います。トレーニングも同じことはできないです。柏原と設楽がいた時は最後、練習が合わなかったですしね。

――具体的には

柏原は脚筋力が強くて、設楽はバネで走ります。さらに設楽は大迫君と同じでかかとをつけないで走ります。ワセダの選手はそういった軽やかな選手が多いですよね。最初にジョグを見たときびっくりしました。カエルみたいにぴょんぴょん跳ねるんで(笑)。佐々木くん(寛文、平25スポ卒=長野・佐久長聖)とか平賀くん(翔太、平25基理卒=長野・佐久長聖)とかもそうでしょ。逆に柏原はすごい踏み込みます。トラックであいつが後ろからきたらすごい音がするのですぐに分かりますよ。

――それでは最後に、ワセダに一言お願いします。

東洋大がいまこんなふうにやってやろうと思ったのはワセダがあってのことです。ワセダは強力なライバルとして、日々倒したいと思っています。そして、じゃあそのためには我々はどんな努力をしなくてはいけないのかを考えています。常に目標ですね。指導者として渡辺監督という選手時代からの憧れの存在がいて、発想なんかもお話を聞いているのですが、やっぱりスケールがでかいです。常にヒントをもらえるし、感謝しています。相楽長距離コーチ(平15人卒=福島・安積)も同郷で身近ですしね。でも競技会になればライバルですよ。選手には、いつもワセダに勝つには3倍、4倍の努力をしないと勝てないよと言っています。彼らがやらない時間をどう過ごすのか、どういう気配りをするのか。いまのうちからそういうふうにやらなかったら、競技でも社会に出ても厳しいよと。東洋大は駒大と入ってくる選手像や練習が同じですが、ワセダとは違います。だからワセダは本当に我々が目標とするところにいます。ワセダが『三冠』達成したときは頭をトンカチで叩かれたと思いました。これは何か意識改革しないとダメだと。でもそれが翌年の大会新記録につながりました。もしワセダに勝っていたらあの記録は出せませんでした。ワセダに負けたからこそ、悔しいと思ったからこそ取り組み方を変えられましたし、勝ちたいと思い続けられました。

――ありがとうございました。

(取材・編集 石丸諒、野宮瑞希)