秋季早慶戦直前特集『ラストゲーム』 最終回 髙橋広監督

野球

 いざ賜杯奪還の時だ。投打がかみ合わず5位に終わった春とは打って変わり、この秋は打線が好調をキープ。それまで全勝を誇っていた明大をも破り、勝ち点を奪う粘り強さを見せた。混戦模様の東京六大学秋季リーグ戦(秋季リーグ戦)、最終節の早慶戦を前に、髙橋広監督(昭52教卒=愛媛・西条)は何を思い、采配を振るうのか。その胸中に迫った。

※この取材は10月21日に行われたものです。

「『練習はうそをつかない』。良く打ってくれている」

今季のチームに手応えを感じている髙橋監督

――早慶戦まであと1週間ほどとなりました。現在はどのような練習をされているのですか

 まだ1週前なので、基本的に授業に出て、その間に通常通りの練習をしていますね。

――きのうのプロ野球ドラフト会議で石井一成主将(スポ4=栃木・作新学院)が北海道日本ハムファイターズから2位指名を受けました。監督も記者会見場にいらっしゃいましたが、どのようなお気持ちでしたか

 思ったより高い評価をいただいてね。石井自身も自信にもなったでしょうし、チームとしても明るい材料だったので、早慶戦前にはいい刺激になったんじゃないかなと思いますね。

――指名を受けるという情報などは入っていましたか

 いや、それはないですね。調査書は各球団から来ていて、ドラフトですから「取ります」と言ったってその通りにもいかないのでね。よそとの競合になったりするケースもありますから。日本ハムだけが一生懸命話をしてくれたというものでもないですし、どこから指名が来るなどの情報は特には。石井の場合は3、4巡目くらいには挙がるだろうと思っていましたけど、2位という高い評価で。ありがたかったですね。

――石井選手がプロで活躍するためのセールスポイントは何でしょうか

 守備力ですね、特に肩が強い。足もそこそこ速いですから、身体能力が高いですね。体も見かけは細身に見えますけど、非常に骨太でしっかりしていますしね。私は大学2年間しか見ていないですけど、故障もないですから。プロでは強い体を持っているということが一番なんですよね。毎日仕事で野球をするわけですから。なおかつ、それに出られるような練習をする強い体を持っているということが一番だと思いますね。守備や走塁では心配はないと思いますけど、やはり活躍するには彼の場合はバッティングだと思いますね。どれだけそこが伸びていくかによって、レギュラーになれるかどうかというところだと思いますね。

――教え子がプロに羽ばたくというのは監督からしても誇らしいことですね

 そうですね。1年から4年間見ているわけではないですけど、縁があって去年から2年間見て、そういうチームに主将が行ってくれて。プロ野球に行くことが全てではないんですけど、日本球界のランクで言ったら最高級なわけですから、そこに教え子が行ってくれるというのは非常に誇らしい気持ちになれますね。

――では今季のチーム状況についてお聞きします。やはり打撃好調が大きな印象としてあります

 春は打てなくて。リーグが終わってから、野手が昨年の倍以上バットを振ったと思うんですよね。6、7、8月で振り込んで、その量が『練習はうそをつかない』ということで良く打ってくれてね。この前の明大戦でも柳投手(裕也主将、4年)と星投手(知弥、4年)というドラフト1位・2位から点を取れて。特に第3戦は3点のビハインドを追い付いて逆転したということで、打線はなかなか値打ちがあるなと思いましたね。練習の成果だと思いますね。

――アンケートでも「夏の練習の効果が出た」とおっしゃっていましたが、夏はその振り込みをしていたということでしょうか

 そうですね。春打てなかったということが余計に発奮材料になって、野手も必死で取り組んでくれたと思いますね。

――象徴的な試合としてはやはり明大戦ですが、明大から勝ち点を取れたということはかなり大きかったのではないでしょうか

 大きいですね。そこまで6連勝していて独走だったわけですからね。1敗もしていなかったですから、ワセダはとりあえず1勝できて、そして2勝目で勝ち点も取れたというのはワセダにとっても大きいし、六大学を盛り上げる意味でも勝ちのある勝ち点1だったと思いますね。

――1戦目で攻略できなかった柳投手を、3戦目で低めのボールを見極めて攻略したというのも打線の成長でしょうか

 第1戦の時も1-1で、三振を20も取られても延長戦で、そのまま再試合というところまではいけたんですけどね。それをベンチから見ていると、ほとんど捕手が地面すれすれで受けるカットボールをみんな空振りしているんですよね。確かに打者が打ちにいった時はストライクゾーンぎりぎりまで来てそこから下がっていきますけど、それはもう打てないからと。そういうボールを打っていけという監督もいますけど、私は打てないボールをいくらやっても打てないから、それなら見逃しでもいいから低めは打つなということで入ったんですけどね。その方が選手も気分的には楽だったと思いますし、その分良く高めを打ってくれたのでね。柳投手の調子が悪かったといいながらも、よく攻略できたと思いますね。

――低めの変化球は打者からすると手が出てしまうものなのでしょうか

 自分がタイミングを取って打ちにいく時は絶対ストライクゾーンに来ているんですよ。ストレートと同じ軌道で来ていて、ハッと入った瞬間にスッと変化していくからこそ値打ちがあるんですよね。それを見逃すのは難しいから、ベルトから下を打つなと言っていました。高めから来るカーブを狙ったからこそ打てたと思いますね。

――ことしのチームは4年生、3年生を中心に、そこに下級生も加わってバランスが取れているという印象です

 意識しているわけではないんですけど、ポジション的にそういうふうになっているんでしょうね。逆に言うと、ほとんど4年生だった去年と比べると下級生で使える選手も出てきたということでしょうね。

――ことしの4年生はどのようにご覧になっていますか

 春5位だったんですけど、5位は5位の力だったと思うんですよね。去年のレギュラーが抜けた後ですから。それをよく頑張って立て直してくれて、他力ながらも今秋次第では最終節まで優勝が懸かるというところまで持ってきてくれましたね。

――打線についてはシーズン終盤につれて固定できてきたのではないでしょうか

 そうですね。1、3、5、7番がまあまあ好調ですよね。ちょうど飛び飛びだからいいのかなという。特に捕手の小藤(翼、スポ1=東京・日大三)あたりは1年生ですからね。もっと上に上げてもいいくらいの打率なので楽しみですね。

――1番の八木健太郎選手(スポ3=東京・早実)が今季好調ですね

 春も好調だったんですけど、リーグ戦の経験がないから序盤で調子を落としましたよね。特に最初が宮台(康平、東大3年)だったのでね。あれで調子が狂った選手が多いですよね、自信をなくしたというか。相手が悪かったですね。

――先ほども名前が挙がった小藤選手は、チームトップタイの8打点を挙げて大活躍ですが

 どちらかというと打撃は全然期待していなかったんですけどね。捕手としての能力はまあまあある方ですから、守りを中心で考えて使ったんですけど。打撃はうれしい誤算ですよね。

――捕手としてはどの点を評価されていますか

 やはり強肩で、捕手としての能力はキャッチング、リード面全てにおいて高いと思いますね。楽しみな選手ですね。

――途中からレギュラーに定着した佐藤晋甫選手(教3=広島・瀬戸内)も勝負強い打撃が光っています

 実力はレギュラークラスでしたし、それなりの活躍をしてくれていると思いますね。ヘッドスピードの速い、バットを振る能力のある選手でしたからね。

――今季の特徴として、途中出場の野手がいいところで活躍してくれているということが挙げられると思いますが

 そうですね。この間で言うと岡(大起、社3=東京・早実)とか宇都口(滉、人3=兵庫・滝川)とか、右打者が柳を攻略するようになりましたからね。大きかったですよね。

――いろいろな選手を起用できることは監督からしても頼もしいことではないでしょうか

 良いようにはそういうことですけど、逆に言えばレギュラーが去年ほどの安定感がなくて、レギュラーとそうでない選手の差が少ないということも言えるんですけどね。

――不調と言えば三倉進選手(スポ3=愛知・東邦)になかなか安打が出ませんが、いかがでしょうか

 現状ではそれにとって代わる選手がいないのでね。岡が打ちましたけど、本来外野手ではないのでね。宮台用に外野にはさせていましたけど、外野の守備は不安定なのでね。三倉と真鍋(健太、スポ4=東京・早実)が打率が悪いですよね。

竹内・小島の二本柱

――一方の投手陣は、現状を率直に評価するといかがでしょうか

 期待していた大竹(耕太郎、スポ3=熊本・済々黌)が全然ですからね。4年生になって竹内(諒、スポ4=三重・松阪)がまあまあ頑張ってくれているなというのと、小島(和哉、スポ2=埼玉・浦和学院)が去年よりは完投能力も出てきて。元々ありましたけど、大竹に代わって小島が主戦になっているかなという感じですね。

――東大戦でベンチを外れた大竹投手と吉野和也投手(社4=新潟・日本文理)は明大戦でも登録されませんでしたが、現状はいかがでしょうか

 悪くもなく良くもないんですけど、それなら入れ替えるきっかけにはならないですよね。良くなってきたなというところが見えると入れ替えることもありますけど、同じような状態じゃないですかね。大竹の方は特にね。吉野はまあましかなという感じはありますけどね。

――不調の原因などは監督からご覧になっていかがでしょうか

 どうでしょうね。精神的な要素が強いんじゃないのかなと思いますけどね。ここから上がってくるには本人次第ですね。

――明大戦では初登板の二山陽平投手(商3=東京・早実)が無失点に抑えて初勝利を挙げました

 そうですね。使いたかったんですけどなかなか試す機会がないというか、試せないんですよね、リーグ戦は1点を争うゲームだから。練習での調子は悪くはないんですけど、未経験というのは怖いですからね。でも良く投げてくれていましたよね。明大は左打線だから、左投手が有効なんですよね。

――前々から実力は評価されていたということでしょうか

 そうですね。ただワセダは大竹、竹内、小島と左が3枚いたのでね。4枚目というのはあまり考えなかったんですけど、大竹が調子悪くなってきたらそこに二山も力はありますのでね。

――髙橋監督は常々『一戦必勝』を掲げられていますが、そこにはどういった意図があるのでしょうか

 よく「リーグ戦だから2勝1敗でいい」という考え方がありますけど、それは駄目だと思うんですよね。1戦目落としても2、3で取ればいいと言いますけど、じゃあ2戦目は取れるのか、という。確率はないわけですから、トーナメントと一緒だと思うんですよ。たまたま明大戦は2、3と取れましたけど、そんなにうまくいくものでもないので。やはり1勝取ったら2戦目って楽じゃないですか、気分的にもね。そういうことから言っても、やはり一戦必勝じゃないと。1回負けてもいいという気持ちは油断やほころびが出てくると思いますから。

――そこにはこれまでの監督経験も反映されているということでしょうか

 もちろんそうですね。私は高校野球でやっていてずっとトーナメントで戦っていて、1回負ければ終わりですから。初戦を落としても2、3とはいけるんですけど、最初からその気持ちでやったらやはり駄目ですよね。1戦目で取るつもりでいって、負けたら切り替えないと仕方ないですけど。どっちみち、1戦目で負けて2戦目で絶対取らなきゃいけないという気持ちになるんだったら、最初からそういうつもりでやった方がいいということですね。

――早慶戦ということで、現役時代の早慶戦の思い出などはございますか

 私はベンチには入っていなかったので試合の思い出はあまりないですけど、雰囲気ですね。当時は観客動員が多かったですからね。立場上、試合前のノックなどはしていたので。去年の春は超満員くらいになりましたけど、当時に比べると最近はさみしいかなというところはありますよね。我々の時は常時あの状態でやっていたのでね。

――やはり超満員という状態が気持ち良かったのですね

 まあそれが普通だったものですからね。外野スタンドはスタンドじゃなくて芝生席で立ち見もあって、ばかみたいに入っていたわけですよね。今は座席があるからそこまではいかないけど、当時は4万何千ということでバックスクリーンの前にも人がいっぱい立ち見していたのでね。今より1万人くらい多かったと思いますね。

――観客の学生野球離れが進んでいる状態ということでしょうか

 そうですね。結構今の人はトレンディな部分に行くじゃないですか。最近だとラグビーとかでね。でもそのラグビーも入らなくなっていますよね。話題性があると人が集まるという風潮はありますのでね。ちょっとさみしいところがあるかも分かりませんね。かと言って、高校野球とかはずっと超満員ですからね。

「使命としてとにかく勝つ」

――明立戦次第ではありますが、まだ優勝の可能性は残っています。それについてはいかがですか

 でも優勝うんぬんよりはやはり対校戦ですからね。さっきも選手には言いましたけど、ワセダにとっては早慶戦に勝つということが宿命であり使命ですから。春も5位だったけど、早慶戦で勝ったからまあよくやったよと周りの方々も言われますからね。5位は駄目だけど5位のチームがよく早慶戦に勝ったよというのもありますし、それと同時にケイオーに勝つということが使命ですからね。そこに優勝が懸かってきたらまた意気込みも違いますけど、今の選手たちは去年の経験もありますし、優勝が懸かってもそこまでプレッシャーを感じたり、萎縮することもないと思いますね。

――リーグ戦を超えて意味があるということで

 そうですね。基本的には対校戦から来ているものですから。明大に勝ったということにも意義がありますよね。

――4年生にとってはこれが最後のリーグ戦となります

 卒業するにあたって、秋の早慶戦を勝って出ていくのと勝たないというのでは、人生において違うと思うんですよ。秋の早慶戦に勝つというのは大事だと思います。

――ことしの慶大の印象については

 やはり加藤くん(拓也、慶大4年)が良くなってきて、広島東洋カープにドラフト1位で挙がって。ボールの力もありますし、去年より良くなっていると思います。第1戦では点が取れないと思うので、こちらも点をやらないようにしないと。どことやっても一緒ですけど、3点以内のロースコアでの1点勝負だと思いますね。

――加藤拓投手はどのあたりが良くなっているのでしょうか

 制球が良くなりましたね。変化球の制球も良くなってきたので、ノーヒットノーランもやっていますし。元々球威があって、そういう点は安定してそれがプロのドラフト1位という評価につながっていると思いますね。

――慶大の打線については

 安定してよく打っていますよね。春よりも打線は良くなっていますね。明大の投手は打てなかったけど、他からは打っていますしね。打率も上位にいますよね。今シーズンは特にいいと思います。

――郡司裕也選手(慶大1年)が1年生ながら捕手の定位置にいますが、郡司選手についてはいかがですか

 小藤と良いライバル同士になるんじゃないですかね。1年生で、早慶両校とも1年生からレギュラーになっていてね。

――そんな中で、ワセダの加藤拓投手攻略法としてはどのようなものがありますか

 やはり速いボールに振り負けないことでしょうね。ストレートの力強さにね。変化球も来るでしょうけど、基本彼の場合は変化球にタイミングを合わせるとストレートに全く手が出ないでしょうから。

――ワセダの打線の中では誰がキーマンになってくるでしょうか

 さっき言った不調の二人(真鍋、三倉)をどうするかですよね。そこを外すのか、そのままいくのかということで。週末あたりで見極めようかなと思いますね。

――投手では竹内投手、小島投手にまずは頑張ってもらうということで

 そうですね。任せるしかないですね。

――監督ご自身も就任2年目の集大成ですね

 よく頑張ってくれているのでね。本当は立大戦の第1戦で勝っていたら、勝ち点4で首位にいる立場ですからね。継投のミスで今は他力本願になっていますけど、もし優勝が懸かってくれば早稲田にとっては振って湧いたような、去年の秋と一緒で。この秋もそうなってくれればまた優勝したいと思いますね。石井にも言ったんですけど、作新学院高が甲子園で優勝したということは、石井にも大きな流れがあって。OBとして刺激を受けてね。開幕前にも石井に言ったんですよ。「作新学院高が優勝した段階で、石井は活躍してプロに上がるよ、そしてワセダは優勝するよ」という筋書きになっているんですけどね(笑)。大きい世の中の流れとしたらそうなっているんですけどね(笑)。そうなってくれればいいなと思いますね。

――最後に早慶戦に向けて意気込みをお願いします

 使命としてとにかく勝つということで。就任して以来勝ち点は落としていないので、ぜひ勝ち点を挙げたいと思いますね。

――ありがとうございました!

(取材・編集 中丸卓己)

両校の意地を懸けた早慶戦。必ず勝って4年生を送り出したい

◆髙橋広(たかはし・ひろし)

1955年(昭30)2月4日生まれ。愛媛・西条高出身。1977年(昭52)教育学部卒業。早大野球部第19代監督。髙橋監督流の験担ぎについてお聞きすると、「昔人間なので勝った時のユニホームは洗濯しない」と教えてくださいました。選手と違いユニホームがあまり汚れない監督にとって、勝利した時の運気をそのまま持っていくためにはもってこいの験担ぎかもしれません。明大戦で養った運気を、ぜひ早慶戦でも発揮してほしいところですね! ちなみに負けた際はすぐに洗濯するそうです。