【連載】『令和4年度卒業記念特集』第58回 大塚達宣/男子バレーボール

男子バレーボール

充実

 スター揃いの早大で、1年時からスターティングメンバーとしてコートに立ってきた大塚達宣(スポ=京都・洛南)。大学外では日本代表として多くの国際試合に出場したほか、3年冬にはV1パナソニックパンサーズでプレーし、多くのMVPを獲得するなど、様々なカテゴリーで活躍した。「チームのみんなや周りの支えのおかげで、とても充実した環境で過ごせた」と周りへの感謝を口にする大塚の4年間を振り返る。

 前年にすでに全日本大学選手権(インカレ)優勝を果たしていた早大で、春季関東大学リーグ戦の初戦から試合に出場し、新人賞を獲得した大塚。責任を感じつつも、先輩に「思い切りやっていいよ」と声をかけられ、周りよりも一歩前に出る経験ができたことが大きかった。一方、試合に出つつ1年生としての仕事があった。両立は大変ではあったが、「同期のみんなもコートに立っている自分を応援してくれていたし、自分もみんなの分まで試合の時には頑張らないといけない。練習では自分ができることを率先してやらなければいけないという気持ちをずっと持って1年間やっていました」と振り返る。また、新鮮だったのはトレーニング。高校ではトップ校でもウェイトトレーニングをやっている学校は少ないという。洛南高からきた大塚も例外ではなく、様々な新しいトレーニングに挑戦するたび興味津々。達成感を感じながら体作りにも取り組んだ。

 そんな1年時の成果もあり日本代表に選ばれた。しかし、コロナウイルスの流行により緊急事態宣言が発令され、行われていた日本代表の合宿も解散。体育館でバレーができない時間が続いた。「あの時期は外に出ることさえ良くないという雰囲気があったので、ランニングとかも行きにくくて。家の中でできることで工夫するしかなかったので、今バレーができることが当たり前じゃないと感じます」。ただ、歯がゆい思いはしながらも、力を蓄える1年でもあった。「あの期間がなかったら、最終的な代表に選ばれなかった気がします。延期の1年があって自分の中で力がついて自信をもってやれたからこそ、2021年になって行けた部分もあると思います」。

 3年時は大塚にとって飛躍の年となった。日本代表として東京五輪に出場し、早大に戻ってくるとすぐに秋季関東大学リーグ戦(秋リーグ)で副将を務めた。そしてインカレを優勝で飾り、冬にはV1パナソニックパンサーズで初めて現役大学生としてプレー。様々なカテゴリーで活躍する自分の役割は、「還元すること」だと考え続けていた。

声掛けをする大塚

 そして迎えたラストイヤー。最上級生になって、ひとつひとつに感じる思い、こだわりがより一層芽生えた。大塚はチームから離れる期間が長かったが、常に早大の様子は気にしていた。多忙な上半期が終わり、日本代表の活動が終了してすぐ、秋リーグでは大塚の姿が。副将としての自分の役割を考えての判断だ。「やっと早稲田でプレーできる」と嬉しそうにチームへの愛を語っていた。

 ラストインカレの準決勝、勝ち上がった早稲田を待ち構えていたのは、高校のチームメイトの垂水優芽が率いる筑波大。別の山には東海大の山本龍もおり、関東へとやってきた洛南高の選手たちが4人とも、最後の舞台で準決勝に残り、各々チームを引っ張る存在になっていることに気づいた。改めて、そのメンバーで高校の時3年間過ごしたことの大きさを実感しながら、試合を楽しみにしていた。しかし、試合中のけがで、大塚は一時離脱しチームには動揺が走った。「代わりに入った選手も僕にはないものを持っている素晴らしい選手なので、信頼して任せていたのですが、僕がいきなり怪我抜けてチームに安定感が無くなったなというのが外から見ていて感じました」。1セット目を落とした時点で、コートに戻ろうと決意。100%のパフォーマンスは出せないとしても、コートに立って自分の存在でチームのみんなに安心感を与えたかった。自分のバレー人生は終わりではない、それでも今行くべきだと感じたからだった。

 最後の1点は結果的に大塚のスパイクで終わった。「勝負に行ってこそのミスだったが、託してもらったからこそ決めなければいけなかった」と、けがは理由にしない。これからこだわっていかなければと思わされた1点だった。この試合で、大塚の大学バレーは閉幕。入学当初は、学生の本分である勉強と部活をしっかり両立して4年間やり抜くということを目標にしていた。振り返ってみれば、自分が思い描いていたよりもずっと充実した4年間だった。

全日本大学選手権3位決定戦でスパイクを打つ大塚

 引退後、すでにパナソニックパンサーズに合流し、MVPも獲得している大塚。全く0からのスタートではなく、昨年をスタートラインにできていることで、早い段階でチームと円滑なコミュニケーションが取れている。今後はまず、チームとして目標に掲げている優勝に貢献できる選手になることを目指す。今年は昨年以上に実力が拮抗していることを実感している。1試合1試合負けられない試合が続き、インカレのように競った場面が増えてくる中で、チームとして勝ちきるためにも、個人として点の取り方が大事になる。それは、来年に控えたパリ五輪の代表に選ばれるためにも必要な成長なのだろう。「いろいろな経験をしてきた先輩が周りにいるので、たくさん話を聞きながら自分の力に変えて、さらにレベルアップしていきたいです」。

 野球選手になりたい、サッカー選手になりたい、バレーボール選手になりたい。そうした夢を持っていながらも、どこかで壁にぶつかり、終わってしまう人がほとんどなこの世界。「小さい頃から持っていた夢を実現し、選手としてできているのは本当にありがたい」。そういう気持ちを忘れずにいたい。バレーボールが大好きで始めたことなのだから。

(記事 五十嵐香音、写真 五十嵐香音、山田彩愛)