Jリーグ初代チェアマン(代表理事)の川淵三郎氏(昭36商卒)と、今秋に開幕する日本初の女子プロサッカーリーグ、WEリーグ初代チェアの岡島喜久子氏(昭58商卒)の初代リーダー同士の対談が実現。商学部、そしてチェアの先輩となる川淵氏と、長年拠点を置いた米国での経験を持つ岡島氏。2人の描くWEリーグの意義、役割とは。
※この取材は8月13日に万全な感染対策のもとで行われたものです。
「五輪は大きな糧になったと思う」(川淵)
東京五輪を振り返る川淵氏
――東京五輪における男女サッカー代表の結果についてはどう評価していらっしゃいますか
川淵 男子は「少なくともメキシコ五輪の銅メダルを超えてほしい、決勝まで行ければいい」と思ってこの大会を迎えたんだよね。予選リーグはことのほか順調だったけど、ニュージーランド戦で思わぬ苦戦を強いられてPK戦まで行った。あそこで負けていれば身もふたもないという印象だったけど勝ち切って、スペイン戦で延長の末1点決められて負けた。あの時はPK戦まで行けば勝てるかもしれないと思ったけど、そうは問屋が卸さないよね(笑)。(スペイン戦で)久保(健英)選手は「負けても涙は出ない」って言った。それほど悔しかったんだろうけど、3位決定戦では違っていて、それほど勝ちたかったという切実な思いが見て取れた。自分が活躍して何とかしたかったって。悔しさが前面に出ていて、今後の彼の成長につながると思う。二十歳の選手があれだけの実力を出したわけだけど、ヨーロッパではまだ超一流の選手とは言えないんだよね。体幹の強さや1対1の強さに関しては、僕は物足りなさを感じた。もう一段、自分を高いレベルに押し上げてくれると思うので、そういう意味で今回の五輪は大きな糧になったと思う。
岡島 男子のスペイン戦を見て思ったのは、スペインには久保選手のレベルで背が高い選手が5人いた。日本がメダルを獲るためには、個々の力を伸ばしていくことが必要です。女子に関しては、(準々決勝で)スウェーデンに負けましたが、スウェーデンの試合のプレーが一番良かった。でも日常的にリーチが長い外国人選手と対戦していないというのがすごく出た試合だと思うんですよ。フェイントの幅が狭いというか、日本人選手なら抜ける幅が体に染みついちゃっている。スルーパスも、このパスなら(いつもは)通るというパスも、外国人選手だと足が届いてしまう。WEリーグとしては、もっと外国人選手を増やして、リーチがあって背が高くてスピードとジャンプ力がある選手と日常的に対戦するチャンスを作っていきたいですね。
川淵 国際経験がないと五輪では勝ち切れない。日本のなでしこリーグには外国人選手がいないから、普段から走力とかリーチとかを体感できなかったことが敗戦につながった。岡島チェアが全体のレベルアップを図ろうとしているから、これから先が楽しみですよ。
――コロナ禍という影響もあったのでしょうか
岡島 代表チームは他国との練習試合が思うようにできなかった。コロナ禍ながらウルグアイやパナマといった国が日本に来てくれ、なんとか試合を開催できました。しかし、いずれもFIFAランキングが日本よりも低い国でした。それはコロナの影響がネガティブに出ましたね。アメリカ代表はヨーロッパで合宿していて、五輪に出ないフランス代表などの強いチームと対戦できたのは違いでした。
川淵 アメリカ代表があっさり負けたのはびっくりだったけど、あれはどういうことなんだろう。
岡島 若い年代を入れられなかったことですね。カーリー・ロイドなんて39歳です。2得点しましたけど。昔はアメリカ一強でしたが、他の国のレベルが上がってきたんです。特にヨーロッパの各クラブがお金をすごく出していて、リーグのレベルが高まり、自国選手のレベルも上がってきた。世界全体のレベルが高くなっている感じです。日本は今プロリーグを作らなければ遅れてしまう。だからWEリーグは非常に大切になってきます。ヨーロッパやアメリカから一流の選手を呼んでプレーしてもらえるように、クラブに働きかけていきたいと思います。
「女性が女性をサポートする構図を作っていきたい」(岡島)
ジェンダー平等を訴える岡島チェア
――日本の女子サッカーの現状をどのように捉えていらっしゃいますか
岡島 2011年にW杯で優勝しましたが、その時から(女子サッカーの)普及が思うように進んでいません。「サッカーやりたい!」という女の子が爆発的に増えていかなかったので、その反省も踏まえながら普及に取り組んでいきたいです。そのためには中学生年代がポイントで、現在は中学校で(女子サッカーの)部活もクラブもない。小学校でサッカーを始めても、部活がなければバスケ部やバレー部に行ってしまう。上手い子は運動神経がいいですから、(別競技でも)上手くいっちゃう。その課題に対応するために、来年の国体から『少年女子』のカテゴリーを新設します。U16で中学3年生と高校1年生を中心にすることで、中学が女子サッカー部を作ろうとしてくれて、普及と質の向上につながると思います。プラスして、(女子サッカーに)興味を持ってもらうためにWEリーグが大きな役割を果たすと思っています。各地でサッカースクールをやったり、地元の中学校にプロ選手が行って講演したりすることで子供たちと触れ合う機会を大切にしたい。すると「今日来てくれたお姉さんが試合に出るから行ってみよう」となって、「楽しそうだからやってみよう」という流れができます。日本では競技人口が6万人弱で、アメリカが200万人弱。女子はサッカー人口を増やしていかなければならないですね。
川淵 2002年から2008年までサッカー協会の会長をしていたんだけど、その時の課題の一つが女子サッカーの活性化で、当時の競技人口は4万人弱だから、ほとんど伸びていないということなんだよね。小学校の時は男の子と一緒にプレーできるけれど、中学校からはそうはいかない。女子サッカー部がある学校も少なくて、グラウンドもなかったら中学校でやめてしまうよね。そこで女子サッカー部を作ったら協会から補助金を出すということを都道府県サッカー協会に提示したんだ。だけど、なかなか増えなかった。今もまだその延長線上だと言えるね。でもアメリカのスポーツ界も見てきた岡島チェアがどう日本の女子サッカーを活性化させるか、大いに期待していますよ。まずは10万人という目標設定をして、発展させていくことを心から願っています。
岡島 川淵さんが会長の時代からあまり競技人口は増えてないし、課題も一緒なんですよね。
――文化として根付いている男子サッカーやJリーグから、女子サッカー界が学べることは何でしょうか
岡島 Jリーグからは学ぶことばかりですよ。規約からコロナ対策まで、いろんなところを教えていただいています。あとは指導者養成ですね。約500人いるS級ライセンス取得者の中で女性は9人しかいないんです。女性の指導者が少ないことが普及につながらない一因でもあるので、もっと数を増やして道を作っていきたいですね。WEリーグでは、選手たちがJFAの指導者ライセンスのC級までを取得することになっています。そうすると引退しても1年から2年でB級やA級が取れて、指導者になれるというかたちです。
川淵 ライセンス制度が細かく整理されているのがサッカーなんだよね。指導者の教育制度がしっかりしているから、(プロのチームや選手を指導できる)S級を取るためにはA級で1年間の指導経験があり、国内での講習会を受け、さらにインターンシップに参加しなければならない。
岡島 今度A―Proというライセンスを時限的に作りました。これを持っていれば、試験を受けてS級の認定を受けることもできるし、WEリーグのコーチにもなれる。女性のコーチに特別な入り口を作ると、男性のコーチがないがしろにされているという声もあります。でもそういう意図ではありません。女性が学ぶ機会を増やして、とにかくサポートしたいと思っています。
――社会の潮流を変えるためにWEリーグが創設される意義、そこに対する思いを聞かせてください
岡島 日本はジェンダーギャップ指数で世界の120位。政治や経済の世界でも女性が活躍できていません。『Women Empowerment』の『WE』で、女性活躍社会を牽引するという社会的意義をもったリーグです。Jリーグが始まった時は、『スポーツを文化にする』意義を持っていました。私たちはジェンダー平等を掲げています。サッカーと社会的意義の両輪で進めていくかたちが必要だと思います。それにはパートナー企業など様々なところを巻き込んだ世論を作っていきたいです。そして、できたら女性が女性をサポートする構図を作っていきたい。カメラマンや記者、クラブスタッフなど、女性が活躍している姿が会場に来ている子供たちや男性ファンにも見えるようにしたいですね。ちなみに、大坂なおみさんはアメリカのプロチームにかなりの金額を投資しています。チェルシー・クリントン、クリントン元大統領のお嬢さんもワシントンスピリットに投資をしていて、ジェナ・ブッシュ、ジョージ・W・ブッシュ大統領のお嬢さんもですね。アメリカでは女性が女性のスポーツに投資するという文化ができ始めてきています。WEリーグではそういう構図を作って、いろんなところで女性が活躍している姿を見せられるようにしたいです。
川淵 今までの女子サッカーは狭い範囲内でなんとかやろうとしていたけれど、岡島チェアはもっと広い視野で、社会的なうねりの中で女性活躍やジェンダー平等を大いにアピールしながら女子サッカーを発展させていこうとしている。今までの視点とまるで違う。そういう意味ではすごくいい人にチェアになってもらったな、WEリーグが成功しないわけがないと思っています。
――既存の社会と女性活躍社会が融合するにあたって、より全体の納得感を伴って女性が社会進出するためには、どうしたらいいとお考えですか
川淵 僕らの時代は男性優位で、女性がそれに従うという社会だったから、急に意識を変えるのは難しい部分がある。しかし今、日本だけじゃなくて世界が変わろうとしていて、それが当然の流れ。いち早くスポーツ界がそれを取り込んで、前面に打ち出しながらその競技を発展させることができれば、大きな成果が得られるんじゃないかな。WEリーグが日本の先端を走っているということで非常に期待しています。僕らは意見を出せる年代じゃないから黙って成り行きを見ているという感じです(笑)。
一同 (笑)。
岡島 非常に参考にさせてもらっています(笑)。
「興行として成り立たせることが目標なので、『違い』を出さなくちゃいけない」(岡島)
女子サッカー発展に向けて共闘を誓う川淵氏(右)と岡島チェア
――最後になりますが、1年後にどうなっていたらWEリーグは成功だと言えるか伺いたいです
岡島 コロナウイルスの状況でどうなるかわからないのですが、来年の3月に始まる後半戦では平均観客数5000人が目標です。観客が集まることで興味を持ってくださる方が多くなり、話題になる。そうするとパートナー企業が増え、各クラブが興行として成功できます。なでしこリーグの平均観客数は1300人で、30代から60代の男性が中心なんです。そのコアファンを大切にしながら新しい層を獲得しなければ5000人にはならない。子供がいるファミリー、選手と近い年代の女性、もっと上の世代の女性にアプローチする必要があります。例えば、90分の試合は子供にとっては長いので、サッカー以外のイベントやコンテンツを提供していきたいです。県境を越えられない今だからこそ、近場で遊べるWEリーグの試合に来てほしいんです。スタジアムのコンテンツが大事。それで平均5000人を目指します。
川淵 アイデアが面白いですよね。でも5000人入れたいからといって、無料招待券のお客さんばかりではプロとして成功しない。数をごまかしても何にもならない。年間の収支決算をオープンにできないと。はじめはそこ(無料招待に)陥りやすいから徹底して気を付けなければならない。プロとして黒字を出さないと一過性に終わってしまう。
岡島 興行として成り立たせることが目標なので、「違い」を出さなくちゃいけないですね。例えばフードトラックで、焼きそばとか唐揚げだけじゃなくて楽しいものがあれば観に行く楽しみがある。お手本は川崎フロンターレさんです。スイーツの有名店に「1年に1回出店してください」ってお願いをして、そういう努力でスタジアムでの滞留時間を長くしてもらっているそうです。WEリーグでもマイナビ仙台レディースがJAXAとタイアップして、ペットボトルを飛ばす実験をしたり、小学生以下はTシャツがもらえたり、全員にタオルを渡したりするそうです。そういう風に楽しい場を作っていきたいですね。
――ありがとうございました!
(取材、編集 早稲田スポーツ新聞会 手代木慶、橋口遼太郎)
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◆川淵三郎(かわぶち・さぶろう)(※写真右奥)
1936(昭11)年12月3日生まれ。昭36年第二商学部卒。1964年、日本代表として東京オリンピックに出場。以後サッカー日本代表監督などを歴任し、1991年にJリーグ初代チェアマンに就任すると、2002年より日本サッカー協会会長を務めた。2015年には日本バスケットボール協会会長に就任。2020東京オリンピック・パラリンピックでは選手村村長を務めるなど、サッカー界に限らずスポーツ界の発展に多大な功績を持つ。愛称は『キャプテン』。
◆岡島喜久子(おかじま・きくこ)
1958(昭33)年5月5日生まれ。昭58年商学部卒。中学年代よりサッカーを始め、72年にFCジンナンに入会。日本女子サッカーの黎明期に競技し、83年には日本代表に選出。大学卒業後は外資系銀行に就職し、結婚を期に渡米。以来、アメリカに拠点を置き活動している。20年、翌21年秋に開幕する日本初の女子プロサッカーリーグ、WEリーグの初代チェア(代表理事)に就任。