第5回に登場するのは、前回に引き続き佐々木則夫大宮アルディージャVENTUS総監督と外池大亮ア式蹴球部監督です。いよいよ9月12日に開幕するWEリーグ、日本女子サッカー界の新たな挑戦ともいえる今大会の仕組みや魅力、より発展するために求められることとは何か伺いました。
※この取材は8月18日にオンラインで行われたものです。
「やはり質ですよね。サッカーの質もですが選手の質」(外池)
競技を通じた人間力向上の必要性を熱弁する外池監督
――WEリーグはJリーグと違って欧州と同じ9月の開幕になります。佐々木さんはどのように捉えていますか
佐々木 事務局の中で検討をしましたね。やはり真夏に試合をやるのは厳しいということ、ヨーロッパとシーズンを合わせることで交流を図れること、いろいろな大会もあるので(秋春制は)理想的だという考えでした。男子も将来的には秋春制に移行したいというビジョンがあるのですが、女子サッカーから(やろう)ということですね。学生たちは3月に卒業なので、タイミングが(大学生の卒業と)合わないところもあるのですが、サッカー界としてWEリーグでチャレンジしていこうかと。アマチュアリーグともスタートがズレているところもあり、うまくハマらないところもあるのですが、WEリーグで実質的にはどうなのか実施してみたいです。「無理じゃない?」とか様々な意見があり、検討されるとやめてしまう傾向があるのですが、男子サッカー界においても(秋春制導入は)影響があるでしょうし、WEリーグでチャレンジしようと考えています。
――今回WEリーグが今までの女子サッカーの概念などをかなり変化させるようなきっかけとなるリーグになるかと思います。外池さんのWEリーグ設立に対する率直なご感想をお聞かせください
外池 枠組みやレギュレーションを含めて、いろいろなチャレンジをしていると感じます。既存のなでしこリーグが残ったまま、このWEリーグができることが世の中でどう評価されていくのか。そこに負荷があっても突き進もうと判断したことが、すごく評価できるし、意味があると思っています。男子の方は固まり過ぎてしまっていてもう変えられない空気感が強い中で、男女を分けるのではなくサッカー界全体として考えたり、感じたり、変えていかなければならないと思います。また、そうした場面が来たときに意識を持てるかが問われる社会になるとも思います。サッカーこそ透明性や公平性があるスポーツだと認識していますし、社会の中で認知されていくことが社会全体を豊かにしていくと思うので。ポジティブなことをポジティブに捉えつつ、リスクや難しさをしっかり認識できるような事に大学は取り組めているので、それを共有していく場面を新たに作っていきたいです。
――初年度は11チームで行われます。試合数が少ないという懸念もあるかと思うのですが、どう考えていますか
佐々木 11チームということで、偶数ではないという懸念ではありました。しかしいずれにしても11チーム集まってくれて、振興していくことはポジティブに考えています。試合数よりもまずスタートすることが大切です。あまり(試合を)詰め込みすぎるとトーナメントの試合にも関わってくるので、そういう意味では時期をずらした(秋春制)ということも含めてチャレンジだったので、まずやってみるということだと思います。またチーム数は毎年少し増やして規模を広げていくという事も踏まえれば、現状では妥当かなと。また、このコロナ禍で(リーグ戦を)やるという意味では、あまりネガティブには考えていないです。
――JリーグではJ1からJ3までたくさんのチームがあります。これから女子サッカーのクラブ数や参加チームを増やしていくためにはどのようなことが必要になりますか
佐々木 まだアマチュアリーグでやっているチームが多いので、基盤作りが大事だと思います。なでしこ1部、2部のチームに地域の女子サッカーチームを興していただいている経緯もあります。それを大事に育てながら、今後WEリーグへのチャレンジが増えれば、全体的な質も上がると思います。選手の登録数を考えるとJリーグほど(参加チームが)多くなるとは考えにくいですが。ただ、増やすよりもリーグのレベルが重要かなと思います。パスミスやコントロールミスばかりしているのを「プロでございます」と見ていただくのは難しいので、バランスですね。今、日本では多種多彩なスポーツをやるじゃないですか。世界でも稀に見る事ですし、質も高いです。世界から見たらこの人口でこれほどいろいろなスポーツをやっていて、これだけの成果を上げている国はないと思います。
――外池監督はこれだけ日本全国にサッカーが広まった要因はどこにあるとお考えですか
外池 まさに公共性と公平性が競技として評価されているのかなと思います。ただ(参加チームが)増えればいいのではないというか。佐々木さんもおっしゃっていたように、やはり質ですよね。サッカーの質もですが選手の質。技術や能力だけではなくて1人の担い手としての人間力。キャリアや生涯スポーツとして捉える力がないと。ただ頂点を目指す、でもそこから漏れたら終わるというプロチームの在り方も問われてきます。夢を追うだけではなく、文化として根付くには基盤を作らないと形骸化してしまいます。昔はJリーグを目指すことでいろいろ犠牲にしてきたチームや地域もあったと思いますが、そこを見直す時期に来ています。あとは今58クラブあるものをもう少ししっかりとカテゴリー分けをして30クラブくらいでやるとか。日本全体の産業や経済を考えたときに、どれがふさわしいのかという視点からプロスポーツを考えなければならないと思います。改めて、大学の環境、ステージが果たせる役割、アマチュアスポーツとしての役割も確実にあります。人を育てるとか、キャリアを作っていくという部分をどう落とし込むかという点も大事になってくると思うので、そういう認識を改めて持っていきたいです。
「とにかく誠実に、フェアに戦う姿勢を見せていく」(佐々木)
ファンに愛される未来を目指すと語る佐々木氏
――WEリーグの収益化のためにはWEリーグならではの魅力をアピールする必要があると思うのですが、プロとして成り立たせていくためにはどのような工夫ができるとお考えですか
佐々木 WEリーグの試合のみならず、地域の方々になにができるのか考えています。WEリーグの特徴を生かしながら女性の活躍のディスカッションをするとか、ピンクリボンの啓蒙活動をするとか。そういった発信基地になるのが一番の理想です。例えば大宮アルディージャVENTUSとして大宮という地域との触れ合いはもちろんなのですが、女性だからこそのプラスアルファを考案しています。また、今シーズンは奇数チームとなるので、WEリーグの理念を体現する活動を行う日になります。試合がない節は「WE ACTION DAY」になります。先ほど外池監督も言われていたように、選手自体も社会や自分がプロリーグのチームでやっているという要素の中で発信をしていく。そういった重要性も感じて成長してもらいたいと思います。各クラブで練習が終わった後、プロ契約している選手は午後に時間があるので、いろいろな活動に参加したり。それによって(地域の方が)チームを愛してくれたり、選手の成長につながったりします。そういったことを少しずつ質を上げながら構築してどんどんやっていきたいです。『Woman Empowerment』ですから。他の世界の女性リーグの中で、そこを理念にしているリーグはなかなかないのではないかと思います。
――インスタグラム等もよく拝見しており、今までになかったようなかたちで新しいなと感じました。早稲田大学ア式蹴球部女子部でもいろいろな企画を考えて地域に発信していくという活動をしているのですが、より女子サッカーより地域に発信するアイデアはありますか
外池 シンプルに、男女合同企画を増やす。大宮アルディージャもそうだと思うのですが、男子チームと女子チームが一緒に何かをやっているというのは、広く共感を生んだりするのではないかと純粋に感じています。一緒に何か物事を考えるだとか、一緒にイベントを作るだとか、そういった活動をもっともっと増やすことが、お互いにとって良いと思います。大宮は特に佐々木さんがいらっしゃるので。どちらにも顔が効くという象徴たる方がいらっしゃるので、すごく強みを持っているなと思っています。
佐々木 まだ活かされてないかもな(笑)。
――最後に、これからの女子サッカーに必要なことはなにか改めてお聞かせください
佐々木 女子サッカーはとにかく誠実に、フェアに戦う姿勢を見せていくことだと思います。ピッチから出た後にも、プロリーグのクラブの代表者としてファンの方々が共感を持てるような行動ができるかが大切です。サッカーではよくありますが、「ファールしちゃった」というときに手を差し伸べる。五輪だと、陸上で手を差し伸べて一緒にゴールする。スポーツって、プレーももちろん重要ですが、そういったフェアな対応というのは、観る者に対してすごく豊かさを感じさせます。そういったところをWEリーグでは大切にして欲しいなと感じます。ピッチから出たときに、みなさんに応援していただくことで私たちは成り立っているということを強く感じていれば、しっかりとした行動ができると思います。初年度はまずそういったことを意識したいです。多くのものは望めませんが、その点だけは特にお願いしたいなと思っています。コロナ禍でもあるので、WEリーグがいきなりかつてのJリーグのようにはならない。だからこそ地道に長く続くリーグにしていくことを考えています。
外池 また娘の話にはなってしまいますが、中学校に入学するときに、その中学校に女子サッカーをやる場がなくて、最初はバレーボール部に入ったんです。だけどサッカーやりたい、ということでクラブチームに入るという流れがありました。そのときクラブチームに途中から入ったのですが、みんながすごく受け入れてくれました。女子部を見ていても、チームで動くというバランス感覚がとても強いなと感じます。男子部は「俺が俺が」みたいな空気を感じる場面も多く、女子部はチームや仲間としてやるという雰囲気をより感じますし、僕はそれもすごく好きです。娘の試合を見にいったときに、勝った試合で皆で泣いていたり、(感情表現が)共感を生み出すひとつの姿かなと思います。そういう意味では、もちろんプロなので自分たちの良さや強みをしっかりと自分たちで認識して、その上で表現していくという部分をぜひ示していただきたいです。また既存のかたちから新しい空気がサッカー界にも生まれて、社会の豊かさにつながると思うので。(WEリーグが)きっかけになってもらいたいなと思いますし、改めて我々も、男女が同じア式蹴球部という部の中にある、ア式蹴球部男子部女子部がある、ということに意味を改めて感じるきっかけになるのだろうなと思います。とても期待しています。
――ありがとうございました!
(取材、編集 早稲田スポーツ新聞会 橋口遼太郎、前田篤宏)
(ア式蹴球部女子部 三谷和華奈)
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◆佐々木則夫(ささき・のりお)(※写真右)
現大宮アルディージャVENTUS総監督。電電公社(現NTT東日本)に入社後、NTT関東サッカー部(現大宮アルディージャ)に所属しプレー。現役引退後、大宮で強化育成、ユース監督を務める。2006年に退社し、なでしこジャパンコーチ、監督に歴任。2011年ドイツ女子W杯では、監督として日本初の優勝に導き、アジア人初となるFIFA女子世界年間最優秀監督賞を受賞。2012年ロンドン五輪銀メダル、2015年カナダW杯準優勝を獲得。
◆外池大亮(とのいけ・だいすけ)
1997(平9)年社会科学部卒業。1997年にベルマーレ平塚(当時、現湘南ベルマーレ)に入団。その後横浜F・マリノス、大宮アルディージャ、ヴァンフォーレ甲府など、計6クラブを渡り歩いた。現役引退後は電通に入社。その後スカパーに転職し、現在もスカパーに所属しながらア式蹴球部監督を務める。J通算183試合出場、29得点。