ア式蹴球部卒業記念特集 第2回 トレーナー江田祐基『初志貫徹』

ア式蹴球男子

『初志貫徹』

 「まわりに良い影響を与える人間になりたい。」江田祐基(スポ=東京・日大鶴ケ丘)はこの思いを胸にトレーナーとして早稲田ア式蹴球部の門を叩いた。選手のためにトレーナーとして自分は何ができるのか。考え抜き、行動し続けたその4年間に迫った。

 トレーナーを目指すことを決意したのは浪人時代だった。何をするために大学に行くのか自分自身と向き合った時、「高校2年でケガをした時お世話になったトレーナーの方の顔が頭に浮かんだ」という。そして辿り着いたのは「他の人に良い影響を与える人になりたい」という一つの志だった。幼稚園からサッカーを続けてきた江田がトレーナーという選択肢を取ることに迷いはなかった。「自分自身を色々と見つめ直す機会になった」2年の浪人生活を経て、早稲田大学ア式蹴球部に入部した。

 

 試合前の選手のアップを行う江田

 1年の時から関東リーグに帯同したが、「最初はどうして良いか分からなかった」という。試合中のアクシデントにはうまく対応できず、テーピングもうまく巻けない。考えすぎて精神的に追い込まれ、優柔不断さから選手の不信感を感じることもあった。

 しかし試合に帯同する回数を重ねる内にできることが増え、選手からの信頼も獲得していく。2年に上がるタイミングでスポーツ科学部への転部試験に合格し、よりトレーナーに必要な知識を深めていった。「自分ができないことは選手に対してはやっていけない」と考える江田は、学部で学んだことを実際に自分で実践。知識への貪欲さはア式蹴球部だけにとどまらない。鈴木郁也(令3社卒=FC東京U18)の紹介から横浜市スポーツ医科学センターでリハビリの見学をするようになった。「選手との関わり方やコミュニケーションの取り方、トレーナー以前の人としての姿勢に感心させられることが多かった。それに加えてどうやってリハビリを進めていくのか、見学を通して勉強させていただいた」と振り返るように経験や知識の追求は怠らなかった。

 

 トレーナーとしてチームに自身に向き合い続けた江田

 順調にトレーナーとしてのキャリアを積んでいった江田だったが、意識を大きく変える出来事があった。それはチームメイトの吉岡直輝(商=東京・早実)がハムストリングスの違和感を抱え、病院に帯同した時のこと。医者から江田に投げかけられたのは「なんでハムストリングスに違和感があった状態でやらせたのか。その選手の人生を背負う覚悟ができてその判断をしているのか」という言葉だった。本当に自分が伝えていることは選手にとって正しいのか。発する言葉一つ一つにより責任感を感じるようになった。

  その意識の変化は江田なりの選手との関わり方にも現れている。ケガ人の選手には毎日調子を聞くことは避け、タイミングを見計らって声をかけ、普段の練習で調子が良いと思った選手には練習後にコミュニケーションをとるようにした。意識したのは選手への気遣いだけではない。

 

 「チーム内での自分の立場や組織から求められていることに対してのニーズをどうやって自分が果たしていくのか。一言で言うと気遣い」これは3年時、トレーナーとしてデンソーカップに帯同した時に、江田が自分自身に足りないと感じた部分だ。江田の気遣いは選手に対してではなく組織に対しても向けられるようになった。

 

 練習を見つめる江田

 トレーナーとしての武器は思わぬところでも生まれた。4年生の4月、サッカーの授業中に相手のボールを取りに行こうとした拍子に右膝を痛めた。前十字靭帯(じんたい)と半月板を損傷してしまっていた江田はつらい手術やリハビリを経験した。「こんなにきついんだというのを身をもって体験できた。ケガのつらさはケガをした人にしか理解できない。その人の気持ちが全部理解できるわけではないが、少しでもトレーナーとして選手に寄り添い、親身になって共感できる」選手への共感力は自分自身のケガの経験から手に入れることができた。

 「まわりに良い影響を与える人間になりたい」。持ち続けてきたこの志と4年間を江田は振り返る。「見返りを求めてかたちとして評価してもらうよりかは、その姿勢を持ち続けて貢献したいという気持ちの方が強い。少しはそれに近づけるような4年間だった。どの選手に対してもトレーナーとして寄り添って真摯(しんし)に誠実に尽くす姿は4年間を通して貫き通すことができた」大事にしてきた選手への献身性や気遣い、共感力。そして当たり前のように話してくれたエピソードから感じられる彼の知識への貪欲さ、ストイックさ。これらはトレーナーとしての彼の強みであり続けるだろう。今後は大学院に進学しながら夜間の専門学校にも通い、より専門性を磨いていく。 「Jリーグのチームに所属してゆくゆくは日本代表トレーナーとしてワールドカップに帯同して日本の勝利に貢献したい」と、トレーナーの最高峰を目指す江田はこれからも自らの志を貫き続けるだろう。

(記事 渡辺詩乃、写真 水島梨花)

◆江田祐基(えだ・ゆうき)

東京・日大鶴ヶ丘高校出身。スポーツ科学部。浪人時代、息抜きにロシアワールドカップを見ていたという江田さん。その時に日本チームに帯同していたのがア式学生トレーナーのOBだったことも早稲田を目指した一つの理由となったそう。昨年開催されたカタールワールドカップでも「自分も頑張ってそこを目指したいと強く思った」と4年越しでも変わらない思いを語ってくださいました!