ア式蹴球部卒業記念特集 第2回 GK公文翔『叩き上げGKの苦悩と躍進』

ア式蹴球男子

叩き上げGKの苦悩と躍進

 21シーズン、関東大学リーグ(リーグ戦)開幕戦。そのピッチにGK公文翔(スポ=東京・東農大一)は立っていた。一般入試を経てア式へ入部し、最下層からスタートして4年目にして初めてつかんだ舞台だった。そんな『叩き上げ』の歩みをたどる。

 

 筑波大戦で守備陣に指示を送る公文

 小学校に上がる頃には、サッカーボールを追いかけていた。東農大一中に入学してからは、本格的に競技に取り組むように。「試合に出たい」という思いを強め、ポジションをFWからGKへ転換した。これが奏功し、順調に数多くの試合へ出場。チームのまとまりも良く、サッカーの楽しさを体感した3年間となった。

 しかし、東農大一高校時代は苦渋を味わった。引き続き試合には出場できるものの、結果が出ない。文武両道の校風が裏目に出たのか、部員間で競技へ向き合う気持ちが揃っていなかったのだ。部長を務めていた公文は「それにイライラして、まとめ上げることができなかった」。チームは都大会レベルの実力を持っていたが、その都大会に出場することすら叶わず、終わりを迎えた。

 その後、一般入試で早大を含む複数の大学に合格した公文。ふと競技生活を振り返ったとき、「ここまで本気で頑張ってきたのに、あの結果で終わっていいのか」と胸がざわついた。視点を未来に移せば、「下から這い上がる経験をしておかないと、将来のためにならないだろう」。そうして渦巻く思いを晴らせる場所として選んだのが、早稲田大学ア式蹴球部だった。

 いざ飛び込んだ世界。目前には、トップレベルで戦ってきた選手たち。彼らに競技面で劣ることは重々承知していたが、「それ以外の面では自分が勝るものもあるだろうと思っていた」。しかし、それは大きな間違いだった。トップレベルで戦ってきたからこそ、彼らは人間力も兼ね備えている。その事実を思い知らされ、呆然とした。だが、公文は挫けなかった。グラウンドに最後まで残り、とにかく練習量を積んだ。少しでも上に追いつくため、そして『レベルの高い環境へ行って這い上がる』という自分の決断を正解にするために。

 

 21年リーグ開幕戦、真新しいグローブでピッチに立つ公文

 その鍛錬が実り、2年生になるとFC(※)のメンバーに登録されて試合への出場機会をつかんだ。その後も着実に力をつけ、後期にはついにAチームへ上がった。しかし3年目、新型コロナウイルスによる自粛期間を経て、Bチームに落ちてしまう。「Aチームにいるより、Bチームで公式戦の経験を積んだ方がいい」という説明だった。公文は納得し、FCで試合数を重ねるものの、どう頑張っても調子が上がらない。暗中模索するも、他の選手のミスを願うばかりで光は見えなかった。

 迎えた4年目、公文にチャンスが巡ってくる。まさにシーズンが始まろうとしていた時、同期の上川琢(スポ4=湘南ベルマーレU18)や高田侑真(スポ4=京都・東山)がケガ等により離脱し、正GKのイスが空いたのだ。リーグ戦開幕の数日前に監督から起用を知らされ、試合用のグローブも急いで調達。「やってきてよかった」。間もなくの夢舞台を控え、自然と気持ちは高ぶった。

 そして開幕戦当日、公文は見事に2本のシュートを止め、チームの勝利に大きく貢献。「あの時は何も考えられなかった。自分でもよく止めたなと思う」。反射的に出た動きは、3年間の積み上げの賜物だったのだろう。

 そうして前期の快進撃を支えた公文だったが、後期に入り、出場機会が減っていった。チームも敗戦が続き、苦しい時期を過ごすことになる。「俺を出せよ、と思っていた。でも監督には、その気持ちが強く出過ぎていてチームのためになっていないと指摘された」。自分本位の考え方が視野を狭め、組織で求められる役割を見失っていた。初心に帰り、行動を改めた公文。その姿は評価を得て、早慶クラシコ先発出場を手繰り寄せた。左腕にはキャプテンマーク。低学年時から広報や外部組織の仕事もこなしていた公文にとって、ピッチ内外の活動の集大成となった。

 

 早慶クラシコのピッチに立つ公文。応援を背に戦った

 「自分の未熟な部分をさらけ出された4年間だった」。レベルの高い環境に身を置いたからこそ見られた景色も、突きつけられた差もあった。しかし、そうして酸いも甘いも味わいながら、公文は入学時に掲げた『這い上がり』を実現してみせた。

 度々、『努力の人』と形容された公文。だが本人は「ただサッカーという大好きなスポーツに没頭しているだけ。そう言われることは嬉しいけれど、自分が努力と認識した瞬間には黄色信号を出すようにしていた」と語る。その謙虚な姿勢が、公文の成長の種なのだろう。

卒業後は教育に携わるという。次は子どもたちの成長の種を蒔き、育てる番だ。

(記事 大滝佐和、写真 橋口遼太郎、内海日和)

 

(※)FC…ア式蹴球部FC。東京都社会人リーグ1部所属。早大ではセカンドチームとして位置付けられる

◆公文翔(くもん・しょう)

2000(平12)年1月11日生まれ。173センチ、69キロ。東京・東農大一高出身。スポーツ科学部。『公文』という名字のルーツは高知県にあるそう。ピアノを習っていた影響から音楽が好きで、部員のみなさんとカラオケに行くことも。「ゴリ(加藤拓己選手、スポ=山梨学院)は歌が上手い」とも教えていただきました!

関連記事

3年ぶりの優勝を目指すリーグ戦がついに開幕。開始早々の得点を守り切り白星発進