『初心者歓迎』。早大相撲部はこの言葉通り、競技経験を問わず新入生獲得に向けて現在尽力している。初心者向けの相撲大会「早稲田杯」の開催やSNSの情報発信にも積極的。それもそのはず。団体戦メンバーの人数に部員数が満たず、部以外から助っ人を呼んで大会に出場することがあるためだ。しかし、そんな問題を抱えながらも団体、個人問わず、大会では好成績を収めている。その活躍はたびたびメディアでも取り上げられる。そんな早大相撲部の強さの秘訣を探るべく、今回は室伏渉監督(平7人卒=東京・明大中野)と前川晋作コーチ(平28社卒=東京・早実)による特別な指導の下、弊会記者の大貫潤太(政経1=東京・早大学院)が実際にまわしをつけて取材をさせていただいた。
稽古の時間になると、まずはそれぞれがまわしをつけ、土俵の周りに蹲踞(そんきょ)。手水(ちょうず)を切る動作、神棚への礼に始まり、黙想によって精神を落ち着かせることから稽古は始まる。念入りな準備体操を終えると、1年生の掛け声に合わせて四股を踏み始めた。その数100回。次第に太ももからでん部付近の筋肉が張っていくのが感じられた。「相撲は下半身が重要」なので、重点的に鍛えていくという。その後は背中を丸め、脇を固めた状態を作ってすり足で土俵を駆ける。今度は同じ状態で、約30㌔あるという土の袋を持ちながらのすり足の練習に入った。筆者はそれを持ち上げることすらままならないため、特別に調整していただいたダンベルを代用した。その際、足腰はもちろん、バランスを保つために普段使わない部分まで力がこもり、全身をトレーニングしているようだった。そして最後は選手同士が胸を出し合い、ぶつかり稽古を繰り返し行う。この練習が立ち合いの角度や相手を押す馬力の強化につながるのだ。ここまで、主に下半身を使う基礎練習に約1時間を費やした。部員数が少ない早大相撲部。けが人を出さず、大会でより良いパフォーマンスを出せるようにと考えられた練習メニューとなっているようだ。
重りを持ってすり足練習をする選手と筆者
実際に相撲を取る稽古が始まると、体がぶつかる衝撃音、監督の声、選手の荒い息遣いによって雰囲気は一変。稽古場の緊張感が高まっていくのが感じられた。相撲が取り終わるごとに監督、コーチがアドバイスをする。監督自身もまわしをつけているため、自らの体を使って選手に指導することもあった。監督自らがまわしをつけて稽古に参加するのは他ではなかなか見られない。選手はこうした指導で実際に気づくことも多いのだという。ここで、監督は多くを語らない。それは「選手たちに考えさせる」ためだ。「相撲で何が必要なのかを常に考えてやっています」と長谷川聖記(スポ3=愛知・愛工大名電)が語るように、選手たちは常に考えながら相撲を取っていた。ただ、1時間以上も基礎練習をしているので、考えながら取る余裕は筆者には残っていなかった。また、息を呑むほどの緊張感。文字通り、息することを忘れて無我夢中で相撲を取った結果、三番ほどで体力が尽き、稽古からは離脱。だが、その後も選手たちは四股を踏み続けたり、新たな稽古方法を模索したりするなど精力的に稽古を続けていた。そして、11時を回ったところで、再び蹲踞し、神棚や指導陣に礼をして稽古は終わったのであった。
監督自らまわしをつけて選手に指導する様子
早大相撲部の練習は午前9時に始まり、11時過ぎには終わる。2時間という短い時間設定には監督の二つの考えが反映されていた。一つは「監督が何か言えば指導という形にはなるけど、選手たちが自分で考えてそれを取り入れなければ意味がない。だから、考えられる集中力がつづく2時間しか練習はやらない」というもの。「自分たちには2時間しかない」と思わせることで、練習の質を上げているのだ。二つ目は、午前中に練習が終わることで、午後に自分たちの時間を確保するというもの。「早稲田にはいろんな人がいるし、多くの友達に出会ってほしい。そこで刺激を受ければ相撲にもきっと活かせる」という期待が込められていた。また、選手が望めば午後に自主練をすることもある。休み期間は週に五日こうした稽古を行う。
ところが、相撲は体を動かすだけが稽古ではない。ちゃんこを食べて体を大きくすることも稽古の一環だ。そのため、筆者もちゃんこをいただくことに。しかし、さすがは相撲部。5名の部員に監督などを含めた数人で、一食に消費するお米は2升だという。それほどまでご飯がすすむのにはやはり、ちゃんこの美味しさがあった。実は部員が練習し始めて間もないころ、吉村千華マネジャー(法1=東京・東京学芸大付)が調理支度をすでに始めていた。そのかいもあって、具材の中まで味がしみ込んだ美味しいちゃんこに。ちゃんこは長い時間をかけ、伝統の味付け方法によって手間暇かけて作られている。早大相撲部の活躍には、人数の問題を克服する練習メニュー、そしてマネジャーの献身的な支えがあった。
(記事 大貫潤太、写真 樋本岳)
選手に振舞われるマネジャー特製のちゃんこ
コメント
室伏渉監督(平7人卒=東京・明大中野)
――早大相撲部の稽古で重視しているところはどのようなところですか
基礎。稽古の最初は砂を持って練習したり色々なことやっています。大相撲の世界では四股踏んで、すり足やって相撲を取る練習に入っていくと思うけど、やっぱり基礎をやらないと上位では勝てないから、うちでは基礎からしっかりやっています。人数が少ないからけがをしたら終わりなんです。とくにうちは。そこを考えないといけないので、相撲の番数を減らしてでも、基礎で体つくりをまずはさせる、近年はそのような練習に変えました。人数が少ないから、その中でいかに良いパフォーマンスをできるかが特に重要で、稽古のための稽古にならないように注意しています。そこで、良いパフォーマンスにつながる稽古とは何かをみんなで考えた。その結果、最初に追い込んで、疲れた状態から相撲を取らせることにたどり着いた。緊張感が加わって相撲の大会では1試合ごとにものすごい疲労感がたまっていく。だから、疲れている状況で取る練習をしていれば大会で活きると考えたんです。1時間くらい基礎をみっちりとやらせてから相撲を取る、それが今の特徴になってきているのかもしれないです。相撲中心の練習ではないのは他の大学とは違うかもしれないです。本当はもっと相撲を取らせてあげたいけど、練習でけがをしたら本末転倒になってしまうので。その点でうちは特に細心の注意を払う必要があります。
――「部員数が少ないのは不利にもなるけど、強みにもなる」と選手の皆さんはよく口にされますが、稽古でも同じことが言えるのでしょうか
人数が少ないから考える力はとてもつくと思います。本当に強くなるためには目標をもって考えていかなければならないです。「僕が注意して強くなるんだったらいくらでも注意してやるよ」と選手にはいつも言ってるんだけど、実際はそうはいかないです。だから自分たちで考えられるように理論を説明してる感じです。だから本人たちは考える。監督が何か言えば指導という形にはなるけど、選手たちが自分で考えてそれを取り入れなければ意味がない。だから、考えられる集中力がつづく2時間しか練習はやらない。それ以上やったら、何か違うものになってくるし、だから「自分たちには2時間しかない」という状況でしっかりやりなさいよという状況を作っています。それだったら学生生活を謳歌できるでしょう。勉強もしっかりやらないと早稲田には入れないから、やっぱり学生生活も楽しんでやってほしいです。早稲田にはいろんな人がいるし、多くの友達に出会ってほしい。そこで刺激を受ければ相撲にもきっと活かせると思っています。
――今後、新歓シーズンが始まっていきますが、どのような新入生がこの相撲部に向いていると思いますか。また、相撲部が欲しい人物像というのはありますか
相撲が好きでやりたいのであれば、同好会の感じできてくれて構わないです。相撲を見てみたい、やりたいのであればとりあえず来てほしいです。絶対いると思うんだよね、君(筆者)みたいに相撲を取ってみたい生徒が。入ったからと言っていきなり厳しい練習をさせるのではなくて、段階を踏んで鍛えていけばいいと思っています。学生相撲のうちは体重別で65㌔未満級のような軽量級もあるから、チャンスはいくらだってあります。人数も少ないから、来てくれた子は大切にする。ちゃんこも一緒に食べさせるし、おいしいと思ってくれたらまた来てねって言うんです。
――次は長谷川主将の新体制になりますが、まずは団体戦についてどのような期待をされていますか
団体戦は橋本侑京(スポ4=東京・足立新田)、佐藤太一(社2=大分・楊志館)が抜けたのは非常に大きいです。その空いた穴をどのように埋めるのかを考えながらやってて、今は必死です。でも、新入生が来てくれることにはなっていて、彼らも実力がある。だからと言って彼らに頼っていいかと言われれば、チームの底上げにつながりません。そこはみんなも考えている部分があると思います。やっぱりAクラスで定着したいです。この人数でAクラスにいるのは大変なことだけど、そこを目標にみんなやってるし、日大にも勝ったことあるから、できないことではないと思っています。そんな先輩たちの経験があるから、どうやって自分たちに活かせるのか考えながら取ってもらいたいですね。
――個人戦についてはどうでしょう
もちろん長谷川には期待してます。チャンピオンになれれば本当に良いと思っています。実際、それくらいの実力があると思いますし。出稽古に行っても、社会人クラスで強い会社のレギュラーメンバーに勝ってたりする。非常に期待できます。ただ、うちは稽古できる人数が少ない。だから、そこは本当に工夫が必要になってくるし、課題です。ただでさえコロナウイルスの影響で出稽古が難しい状況になっているので、いかに自分を追い込めるのか考えなきゃいけないです。
長谷川聖記(スポ3=愛知・愛工大名電)
――どのようなことを意識して日ごろの稽古に臨んでいますか
相撲では何が必要なのかを常に考えてやっています。特に相撲は下半身が重要なので、下半身を重点的に鍛える練習をしていますね。練習時間が短いので、質をどれだけあげられるのかを意識しています。
――練習中は声を積極的に出されていましたね
主将になったからというのもありますし、自分が下(級生)だった時に先輩たちが引っ張ってきた姿を見てきたので、自分が先頭に立ってやっていかないといけないんだという自覚はありますね。
――今後、主将としてどのような練習環境を築き上げていきたいと考えていますか
まずは声を出していくことですね。人数も少ないので、チーム力をさらに高めていくためにも声出しは必要です。また、練習の質を一人一人が意識できる、させられるような環境づくりをしていきたいですね。自分がその先頭に立てるように意識しているところです。
――次期主将に決まった経緯は
1月初めくらいのミーティングで監督に言われて決まりました。
――主将に選ばれた時の心境はいかがでしたか
次の年は4年生が2人で、自分は試合にも結構出ていたので主将になるという自覚は前から持ってはいました。改めて、これからしっかりとやっていこうという気持ちでした。
――団体戦では勝利の要として、個人戦でも結果が期待される存在になっていくと思われますが、それぞれの目標や抱負があれば教えてください
団体戦で言えば2人の主力が抜けてしまっていますよね。その分底上げが必要だと思っているので、今取り組んでいますが、まだまだな部分が多いです。(新体制として)初めての試合の東日本(学生選手権)でベスト8に入って一部に上がるというのは絶対達成しないといけないと思っています。個人としては、最終学年になるので、優勝したいという気持ちが強く、優勝できるように頑張っていきたいと思っています。
吉村千華マネジャー(法1=東京・東京学芸大付)
――マネジャーの仕事は主にどのようなことですか
普段の仕事は、土日にご飯を作ることです。大会の時は、記録やビデオをとります。冊子に勝敗や決まり手を書いています。
――早稲田伝統のちゃんこ鍋の作り方はありますか
先輩に教わった作り方があります。隠し味は愛情です(笑)。簡単には、野菜をいれて、肉をいれて、味付けをします。基本、だしは、昆布、かつお節と鶏がらです。
――週にどれほど道場に来られますか
私は週に2回、土曜日と日曜日に来ています。
――マネジャーをやっていて、一番楽しいことはどういったことですか
大会に一緒に行けることですかね。それと、この前は、みんなの出稽古に一緒に行き、それを見学できたことが楽しかったです。普段、相撲にそれほど関われていない分、こういった機会では、相撲に関われるので、とても楽しかったです。
――では、逆に一番大変だったことは
イベントでの、ちゃんこ鍋の準備が一番大変でしたね。スポーツフェスタでは、600人前を作りました。一番大きな鍋を六杯分ですね。前日からの準備で、大変でした。
――マネジャーにはどんな学生が向いていますか
私は相撲が好きで入ったので、少しでもお相撲が興味ある子に入ってもらえたら、うれしいです。とてもフレンドリーで、アットホームな部活なので、どんな人でも、みんなと仲良くできると思います。
――新入生に向けて一言お願いします
練習のオンオフの切り替えが、しっかりできる部活で、みんなとっても優しいです。相撲部のマネジャーには、特別な経験が待っています。大学生活で、これをしたと答えられるマネジャーを一緒にやりましょう!